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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
茶の間のアイドル

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 ――東京、永畑町(ながはたちょう)――都心の中枢(ちゅうすう)に位置するこの場所に、立法府の最高機関である国会議事堂がある。

 国会議事堂に隣接するビルは『自由国民党』という政党の本部であり、この政党は戦後から現在に至るまで第一党の与党として日本の政治を牛耳っていた。

 その党本部の壮大なビルの最上階には豪華絢爛(ごうかけんらん)執務室(しつむしつ)があった。 執務室の贅沢(ぜいたく)なイスにふんぞり返る白い顎髭(あごひげ)をたくわえた一人の老人……。 この老人こそ、木佐貫蒼汰(きさぬきそうた)の妻と娘を殺害した犯人の実父(じっぷ)東郷左ノ吉(とうごうさのきち)』であった。


 御年91歳の左ノ吉は「若者にはまだ負けん!」と年甲斐もなく飲み歩き、高級レストランへ通い、ホステス達を(はべ)らす毎日であった。 金座(きんざ)と呼ばれる歓楽街では左ノ吉の姿を見ない日はなかった。

 左ノ吉は若い頃、アメリカの映画俳優に憧れていた。 まるでゴッドファーザーのように今でも中折れ帽子にストライプのスーツという出で立ちで仲間を引き連れて町を闊歩(かっぽ)する姿は、せめて20歳若ければサマになっていたかも知れない……。 今ではヨボヨボと杖をつき、黒服の若い男に支えながら町をフラフラと徘徊(はいかい)している。 本人は「イケてる」と思っているのかも知れないが、町を歩く紳士、淑女(しゅくじょ)から(あわ)れみの視線を送られている事に彼の取り巻きがどれ程恥ずかしい思いをしているのか分かっていないようであった。


 そんな哀れな老人が何者かに拉致(らち)されたのは、昨夜未明の事であった。


 いつもの高級クラブで“はしたない遊び”に興じていた左ノ吉は、すでに21時頃には眠りこけてしまっていた。 彼の部下達は老いぼれたボスなどそっちのけで、女の子達に夢中であった。

 浴びるほどの酒がつぎ込まれ、狂乱の(うたげ)が行われている店内……。 そんな中、突然『ドーン!』という耳を(つんざ)く破壊音が店内に響き渡り、突き破られた鉄製の扉から一人の男がのっそりと店内へ侵入してきた。

 入口を護っていたボディーガード達は男に張り倒されて、夢の中で星を見ている。 店内のホステスと客は呆然(ぼうぜん)と出入り口を見つめているだけで、男がソファーで眠りこけている左ノ吉に近づいて来ても、誰も止める者などいなかった。


 泰然(たいぜん)とした様子の男はソファーで眠っている左ノ吉の後ろ(えり)を、まるで汚物でも(つか)むように二本の指でつまみ上げた。 襟を掴まれて首が絞まったお陰でようやく目が覚めた左ノ吉。 すると、狡猾(こうかつ)で保守的であり利己的(りこてき)な性質の左ノ吉は、自分の置かれた状況を瞬時に理解した。 彼は呆気(あっけ)に取られる部下達に向かって必死に助けを求めた。

 しかし、相手は屈強なボディーガード達をあっという間に打ち倒し、重々しい鉄製の扉を腕一本で破壊する怪物である。 もしかしたら、左ノ吉に恨みを抱く反社会的勢力が差し向けた殺し屋かも知れない……。 そんな怯懦(きょうだ)が左ノ吉の部下達を金縛りにさせた。 左ノ吉の必死の叫びも(むな)しく、彼は男が乗り付けた軽自動車の後部座席へ、まるでゴミでも捨てられるかのようにポイッと放り投げられた。


 自由国民党党首『東郷左ノ吉』誘拐(ゆうかい)事件の発生であった……。



 ――



 「キ、キサマ! ワシが誰だか分かっておるのか!?」


 「キサマなんぞに一銭もカネをやるものか! ワシの部下に(はち)の巣にされたくなければ、とっとと車から降ろさんか!」


 「……い、今ならキサマの命だけは助けてやる……。 悪いことは言わん! ワシを車から降ろせ」


 「……(いく)ら欲しいんだ? 10億か? 100億か? カネなら出す! だから、ワシを車から降ろしてくれんか?」


 蒼汰(そうた)が運転する車内では左ノ吉の一方通行の会話だけが響いていた……。 蒼汰は小汚いブタの耳障りな鳴き声を無視し、そのまま車を走らせていた。


 蒼汰が向かう先は(ぼう)県にある交通刑務所であった。 交通刑務所には左ノ吉の息子『(つかさ)』が収監(しゅうかん)されていた。

 蒼汰は司を拉致するべく、交通刑務所へ向かっていたのである。 左ノ吉の賄賂(わいろ)によって飼い慣らされた刑務官(けいむかん)達によって、刑務所内で悠々自適(ゆうゆうじてき)な生活を満喫(まんきつ)していたひき逃げ犯に天誅(てんちゅう)を下すべく……。


 交通刑務所に到着した蒼汰は、左ノ吉の両手足を釣り糸で拘束(こうそく)した。 そして5メートルに及ぶ刑務所の壁をヒョイと飛び越えるとそのまま中へ入っていった。

 

 蒼汰は五分経たずに戻って来た。 背中に気を失っている司を背負って……。


 ボサボサのクセ毛の髪に熊のような体毛を(まと)う司の風貌(ふうぼう)は、金持ちのお坊ちゃんには到底見えなかった。 シャツからはみ出ただらしない太鼓腹(たいこばら)(さら)し、舌を出して気絶している様は自堕落(じだらく)酒浸(さけびた)りの中年男性そのものであった。


 思いもよらずに最愛のドラ息子との再会を果たした左ノ吉。 彼は蒼汰の事を何者なのかまだ分かっていなかった。 だが、彼の(いや)しい性根(しょうね)(けもの)のような感性が「このまま無事では済まないだろう」という絶望を予感させた。


 親子を乗せた軽自動車は某所(ぼうしょ)にある物流団地へと入って行った。 広大な敷地に多くの物流倉庫が(ひし)めいており、殆どの倉庫がすでに使われていない廃倉庫であった。

 広大な平屋の倉庫がある敷地内への入口は、巨大な鉄製の重々しい門扉(もんぴ)(へだ)てられ、太いチェーンで厳重に封鎖(ふうさ)されていた。

 車を降りた蒼汰が強引に扉を開ける。 すると、物々しいチェーンはまるで糸のようにブチブチと音を鳴らして千切(ちぎ)れ、錆果(さびは)てた鉄扉が『ギギ……ゴゴゴ……』と不気味な音を立てて開かれた。 それは、まるで地獄の門が開かれたときの亡者(もうじゃ)(うめ)き声のようであった。


 敷地内に侵入し、一棟の巨大な倉庫の前に立った蒼汰。 入口を封鎖しているシャッターを無言で引き裂くと、再び車へ乗り込んだ。

 真っ暗な倉庫内に車のライトが照らされる。 蒼汰は車ごと倉庫内に侵入し、車を止めた。 倉庫内には大量の段ボールやコンパネ、コンテナが無造作に転がっており、天井はむき出しになった鉄骨の(はり)が見えていた。


 蒼汰はようやく車から東郷親子を降ろし、コンクリートの床に二人を転がした。



 ――



 蒼汰は二人を車から降ろした後、何を思ったのか司だけ拘束(こうそく)を解いた。 司は拘束が解かれた事で元気を取り戻したのか「テメェ、俺が誰だか分かってんのか!?」と蒼汰を(にら)み付けながら(すご)んだ。 先ほどまで刑務所にいた者とは思えない態度である。


 そんな司の様子を見て、蒼汰は思わず「ふっ、ふっ、ふっ……」と笑みを漏らした。


 「お前が本物のクズで良かった……。 これで心置きなく復讐(ふくしゅう)が出来る」


 「はぁ、復讐だぁ? アホが、何言ってやがるんだ!」


 この馬鹿は自分が犯した罪を反省しないばかりか、もはやそれ自体忘れてしまっていた。 刑務所に入ったのも「警察にハメられた」だけで、自分はただゴミみたいな底辺の人間を二人()き殺したに過ぎないと思っていたのだ……。

 こんな男が復讐という言葉を聞いても、蒼汰の正体に気が付かないのは無理からぬ事である。 司はそのでっぷりした太鼓腹を『ポン、ポン』と叩き、あからさまな不満を表明すると、人を見下したように目を(すぼ)めながら嘲笑(ちょうしょう)を始めた。

 

 「アホが……。 格闘技をやっているこの俺様に喧嘩(けんか)を売るとは……」


 司の下膨(しもぶく)れた顔は自信に満ちていた。 


 『自分の目の前に立つ男はガリガリに痩せ細り、頬はこけ、その瞳にも光はない。 ボサボサの頭にヨレヨレのシャツを着た明らかな底辺(クズ)。 しかも、武器を持っている訳でもなく、ただ丸腰で(たたず)んでいるだけのマヌケな弱者(カス)


 そんな蒼汰の様子を見た司が「俺の方が強い」と自信を深めるのも当然であった。


 しかし、父親の左ノ吉は司のような馬鹿者ではなかった。 (まばた)きもしない蒼汰の瞳に身震いがする程の恐怖を感じていた左ノ吉は、蒼汰の口から復讐という言葉を聞いた時、蒼汰の正体に気付いたのだ。


 (ま、間違いない……。 ヤツは“あの時”死んだオンナとガキの旦那(だんな)。 だとしたら、ヤツはワシと司を……)


 左ノ吉は裁判所やテレビのニュース映像で、蒼汰の顔を何度も見た。 そして、その都度「可愛い息子を不幸に(おとし)めようとする貧乏人」である蒼汰に対して理不尽な怒りを感じていた。


 だが、その怒りは今や恐怖に変わっていた……。


 (息子が……殺される……)


 裏社会も知り尽くす大物政治家である左ノ吉。 欲望や恨みを持った多くの人間を見てきた経験豊富な第六感が、愛息(あいそく)の身に危険が(せま)っている事を告げていた。


 (この男はどんな手段を使っても息子を殺すつもりだ……。 たとえ、自分の命を捨てでも……)


 「つ、司! 逃げるんじゃ!」


 ニタリとした意地悪い笑みを浮かべてファイティングポーズを取るドラ息子には、父親の悲痛な叫びは届かない。


 「ワシらが悪かった! 息子を許してやってくれ、頼む――!!」


 コンクリートの床に()いつくばる左ノ吉は、必死に蒼汰へ許しを懇願(こんがん)する。 蒼汰はそんな左ノ吉の叫びを、恐ろしい笑みを持って受け流した。

 

 「ふふふ……。 さあ、宴をはじめようか」


 車のライトに反射して薄ら映し出される蒼汰の笑み。 左ノ吉とってその笑い顔は復讐に狂った鬼の顔そのものであった。

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