天使の怒り
細木一翔は応接間のソファーに座り両腕を組んで悩んでいた。
『しばらくの間、お前が結城大輔の面倒を見なさい』
伊奈の言葉を思い出して頭を抱える細木……。 向かいのソファーには包帯姿の大輔がチョコンと座っており、遠慮がちに細木の様子を見つめていた。
篠木希海は鬼になりかけていた『立山小百合』を救い出し、小百合が父親に復讐をする協力をしていた。
お陰で小百合は復讐を遂げ、彼女は細木の仲間となった。
細木は小百合を一目見て衝撃を受けた。
(……まるで“アイツ”が生まれ変わったようだ)
細木は小百合に恋人の面影を見た。 自分のせいで辱めを受け、惨殺された恋人の面影を。
細木は小百合の事が気になって仕方無かった。 だが、小百合は一日の殆どを希海と一緒に過ごしている。 伊奈からは「希海に大輔の事を気付かれないようにしなさい」と命令されていたので、大輔の“お守り”をしながら小百合に近づく訳には行かなかった。
「あ、あの……」
向かいに畏まる大輔が口を開いた。
「……ん? ああ、すまん、すまん。 ちょっと考え事をしていてな」
大輔の声に細木は姿勢を崩すと、まず大輔に“自己紹介”するように求めた。
大輔は細木の要求に応じてツラツラと自分の経歴を語り出した。
冒頭、大輔の父の名が『光』という事を聞いた細木は「へぇ、榊原さんと同じ名前じゃねーか……」と目を丸くした。
ところが、細木を驚かせたのはそれだけではなかった。
大輔は空手を習い始めたきっかけに話しを移した。
「――ボクは『大杉翔太』選手に憧れて、空手を習い始めたんです――」
細木は驚きのあまり言葉を失い動揺した様子を見せた。
大輔が不意に放った大杉翔太というキックボクサーの名。 その名は細木が忌まわしい過去と共に置いていった自分の名。
細木一翔の本名であった。
――
(弟……。 そう、弟はもう死んでいる。 俺の身代わりとなってアイツは死んだ。
ここにいる少年は俺の弟ではない。
だが、俺に向って憧れの選手の名を語るその瞳。 その眩い瞳が俺に弟を思い出させる。
……参ったぜ。
『立山小百合』と言い『結城大輔』と言い、まるで俺の愛した者達が生まれ変わったような錯覚を抱かせる。
これは“お嬢様”の呪術のせいか? いや、単に二人の姿を俺が勝手に『似ている』と思っているだけかもしれない……)
細木は大輔と話しをした後、自室に戻って考え事をしていた。 大輔は細木の部屋に同居する事になり、その準備の為に伊奈と一緒に買い物へ行っていた。
大輔は希海が帰ってくると、細木の部屋へ籠もる。 彼女の麗しい声に聞き耳を立てながら。
細木はそんな大輔の行動に歯がゆさを感じていたが、希海に会いたくない理由を聞くとそれこそ弟の事を思い出し、大輔に何も言う事が出来なくなった。
(お嬢様の言う通り、アイツの思い通りにさせてやろう。 いずれ希海に紹介する時が来るはずだから。
まずはアイツの“復讐”を成就させる事。 その後にどうするか考えれば良いか)
腕を組んでテーブルの上に座っていた細木は目を開くと、伊奈と交わした言葉を思い出した。
――
細木は大輔と応接間で会話する前、伊奈と廊下で立ち話をしていた。
「細木、今回はアタシも大輔の復讐に同行するわ」
細木は伊奈の発言に目を丸くした。
「えっ!? だってお嬢様……復讐は自分の力でやりなさいって……」
細木が伊奈に疑問を投げると、伊奈は頭を振って細木の言葉を遮った。
「今回は例外よ。 あまりにも殺す者の数が多い。 あの時のようにね」
伊奈の言葉に細木は言葉に窮した。 伊奈は口を噤んだ細木の様子に目を窄めると、細木に歩み寄って細木の肩に手を乗せた。
「教団本部には三万人の信者がいる。
今回はその全ての信者を“皆殺し”にするわ」
細木は伊奈の言葉を聞くとにわかに緊張し、息を呑んだ。 伊奈は細木の様子を気に留めず、話しを続ける。
「――もちろん、信者を愛する全ての者も皆殺しにする。 愛する者達はアタシの“呪言葉”で殺害するからお前と大輔の手を汚すことは無い。 安心しなさい」
細木は当然伊奈の命令に疑問を呈した。 大輔が復讐の対象とする者は父を殺した二人の信者と、父を裏切った母のみである。 教団の信者を皆殺しにする理由など無いはずだ。
ところが、伊奈は細木の疑問に赤い目を窄めながら吐き捨てるように答えた。
「ヤツ等が病院を襲撃した目的がアタシにあったから。 アタシに急な仕事が舞い込まなければ、事件があった当日にアタシは病院へ慰問に訪れる予定だったでしょ?
アイツらはアタシが病院にいるものだと思い、ガソリンを用いて病院を襲撃したのよ。
アタシを襲おうとした目的は……どうせ、アタシが患者達の面倒を見ている事への逆恨みでしょ。
……まあ、目的なんてどうでも良い。 ヤツ等はこのアタシに牙を剥き、あまつさえ、アタシの可愛い患者達、ロボット達を破壊した。
それだけで万死に値する」
『――復讐は自分でやりなさい――』
「分かる? アタシはアタシの為に教団を壊滅させるの。 この身体を蝕んだ憎悪を消滅させる為に。
アタシは人間の神でもなければ仏でも無い。 全ての人間の罪を赦し、慈しみ、無償の愛を与える女神では無い。
アタシの目的はこの世界から憎悪を無くすこと。
すなわち、憎悪を糧に蘇らんとする“混沌の女王”を消滅させること。
そのアタシに憎悪を抱かせるなど言語道断。
アタシを殺そうとした黒幕が誰だか分からないけど、久しぶりにアタシの力を見せてあげましょう。
憎悪と共に全ての信者達を焼き尽くしましょう。
愚かな行為の“見せしめ”の為に――」
伊奈がここまで怒ることは初めてだった。 細木は伊奈の身体から発する殺気に言葉を失った。
怯懦で身動きが出来ない程の凄まじい力を内包する伊奈の姿は、細木にとって人知を超えた天使の姿に見えた。
しかし、その姿は人間に愛をもたらす慈悲深い天使ではない。
人間に死をもたらす『破壊の天使』の姿であった。




