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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
心の声

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ある看護婦の記憶

 

 『――お姉さん、くれぐれも気を付けて――』


 結城大輔(ゆうきだいすけ)の死を看取(みと)った看護婦『小日向陽夏(こひなたようか)』は元気だった大輔を最後に見た“あの()まわしい一日”を思い出していた。

 

 あの時、陽夏は病院の五階で大輔と立ち話をした後、一階へ降りた。

 混雑している病院のロビーを抜けて入口前の受付を向かっていると、ちょうど白衣を着た女が台車を引きながら病院へ入って来た様子が見えた。 台車には二つの鉄製のハコが並べて置かれており、ハコはこれ見よがしに“医療用”と書かれているシールが貼られていた。

 見た事の無い看護婦の姿に陽夏は少し違和感を覚えたが、病院は職員が多かったので気に留める事はなかった。


 陽夏が受付へ行くとロボットがやって来た。 彼女に『受付を手伝ってほしい』と頼んできたロボットだ。 ツルツル頭の小型ロボットは顔に二つの目のようなライトを点灯させながら、自分勝手な事を言って陽夏を唖然(あぜん)とさせた。


 「ヤッパリ、手伝ッテクレナクテイイヤ。 私ト一緒ニ病院カラ逃ゲ出シタ患者ヲ探シテ!」


 「はぁ!?」 (そんな事、他の人に頼めば良いじゃない……)


 内心不貞腐(ふてくさ)れた陽夏であったが、秋も深まった肌寒い季節の中、敷地内を逃げ回っている患者の事も心配だったので、不承不承ながら患者を探す手伝いをする事になった。


 「まあ、この頃運動不足だったから、少し身体動かすのにも丁度良いか……」


 夜勤の多い看護婦になると、知らず知らずに夜食だのオヤツだのと誘惑が増え、不摂生な生活になりがちである。

 ご多分に漏れず陽夏も少しだけ頬がふっくらして来た事を気にしていたので、コレを機にダイエットをしようと考えていた。


 「それで、患者さんはどの方角へ行ったの?」


 「ミナミ」


 ロボットのぶっきらぼうな返事に不満げに(ほお)(ふく)らませる陽夏。 南には来院者の為の公園があった。 逃げ出した患者はもしかしたら公園にいるかも知れない。


 「“あの子”、もしかしたら公園で遊びたかったのかも知れないわね」


 逃げ出した患者は幼い男の子だった。 難治性の貧血を患っていた男の子は滅多に外出する事が出来なかったので、外で遊びたくて仕方無かったのかもしれない。

 陽夏はそう思うと少し可哀想な気がしたが、男の子が風邪でも引いたら大変だ。 すぐに連れ戻そうとロボットと共に受付を後にした。

 

 病院の自動ドアの前に行くと、先ほど台車を運んでいた看護婦がドアの前に(たたず)んでいた。

 どうやら誰か来るのを待っているようだ。 腕を組んでソワソワと外を見ている。

 

 「……あの人、何処(どこ)かで見た事あるような……?」


 不審そうに看護婦を見つめる陽夏。 看護婦は陽夏の視線に気付いて彼女を一瞥(いちべつ)すると、慌てて顔を()らした。

 陽夏に付き添っていたロボットはすでに病院の外へ出ており「ヨウカ! 早ク来テ!」と陽夏を急かす。


 「うるさいなぁ、今行くから!」


 陽夏は女の顔に見覚えのある気がしたが、ロボットに催促(さいそく)されたので訝しみながらも外へ出て公園へ向かって行った。



 ――



 病院を抜け出した男の子は案の定公園にいた。 広大な公園の敷地内には時々“キツネ”が出没するという噂があった。 陽夏はまだキツネを見た事がなかったが、火のように赤い毛をしたキツネだそうだ。

 キツネは体内に寄生虫を宿している可能性がある。 保護した男の子は「キツネには会わなかった」と言っていたが、子供は良かれ悪しかれ大人に嘘を付いたりする。

 陽夏は男の子の言葉を真に受けず、病院へ戻って検査しようと男の子を抱き上げようと下を向いた。


 「ヨウカ、病院カラ煙ガ出テイル!」


 「えっ――!?」


 ロボットの声で驚いて顔を上げ、病院の方へ視線を向ける陽夏。

 すると、信じられない光景が陽夏の目に飛び込んで来た。


 「……なっ……なに、あれ?」


 少し上り坂になっている病院への道程(どうてい)。 その先に見える病院がまるで山火事のように燃えさかる炎に包まれている光景に陽夏は目を疑った。

 

 「あっ……あっ……」


 陽夏は言葉を失った。 公園にいた一般客も病院が火に包まれている様子を見て騒然となった。


 「――火事だ――!」


 「消防車を呼べ!」


 敷地内の人々は大混乱に陥った。

 逃げ惑う人、助けに行く人、助けを呼ぶ人が慌ただしく駆け回り、すぐ構内に火災発生を知らせる不気味なサイレンが響き渡った。


 「――大輔君――!」


 陽夏が抱いた男の子は周囲の緊迫(きんぱく)した様子に怖がり泣きじゃくっている。 陽夏は男の子を抱きながら大輔の事を心配し、栗色のポニーテール揺らしながら必死に病院まで駆けて行く。

 陽夏の背後ではロボットが『ピョコ、ピョコ』と短い足を動かしながら一生懸命陽夏に付いて来ていた。


 病院の入口へ戻ってきた陽夏は慄然(りつぜん)と立ち尽くした。


 「そ、そんな……」


 入口はもはや火の海になっていた。 到底中へ入ることなど出来やしない。 黒い煙がもうもうと立ち上り、真っ赤な炎が生き物のように(うごめ)いている。

 さらに陽夏を駭然(がいぜん)とさせた(むご)たらしい光景……。 病院内から命懸けで逃げてきたであろう火傷を負った人々の悲惨な姿。 真っ赤に腫れ上がった皮膚を引き()り、水を求めて助けを求める姿は、まるで戦時中の日本にタイムスリップしたかのような目を覆う凄惨(せいさん)な光景であった。

 

 (子供にはこんな光景を見せられない)


 陽夏は胸に抱いている男の子を両腕で優しく包み、自分の胸に顔を埋めさせた。

 ロボットは火傷を負った患者に駆け寄って、看護婦や医師達と共に救護活動をし始めた。


 「だ、大輔君はまだ中に……?」


 燃えさかる病院を見上げる陽夏。 四階の窓からは紅蓮(ぐれん)の炎が飛び出して来ている。 大輔の父がいる五階にはまだ炎は到達していないようだ。

 四階から燃え上がる炎は数多(あまた)の人の顔のようだった。 まるで焼け死んだ人間の魂が天に向って藻掻(もが)き苦しむかのようにモクモクと黒煙を立ち上らせていた。

 陽夏はその恐ろしい火炎に身震いすると、大輔と彼の父親の無事を強く願った。 そして、大輔の母にこの恐るべき事故を知らせなければならない事を思い出した。


 「そ、そういえば……!?」


 この時、陽夏はある事実に気が付いた。


 「……い、いえ。 まさか……そんな事は……」


 (そんな事、あり得ない)


 陽夏は動揺した。 自分が今考えた想像は恥ずべき事、不謹慎(ふきんしん)な事だと頭を振った。

 

 「で、でも……」


 陽夏は男の子を抱きながら、呆然(ぼうぜん)と佇んでる。 すると、数台の消防車と救急車がけたたましいサイレンの音が響かせながらやって来た。

 

 「ヨウカ、救急車ガ来タ。 ワタシ達モ救急車ニ乗ッテ逃ゲヨウ!」


 救急車が目の前に到着すると、ロボットはとんでもない事を口走り、陽夏の目を三角にさせた。


 「何言ってるの! この子を預けて私達は救護活動を手伝うのよ!」


 陽夏はそう言ってロボットを(しか)りつけると、駆け付けた救急隊員に男の子を託した。


 「もう、大丈夫よ」


 陽夏は泣き喚く男の子を(なだ)めると、救急隊員に目配せをしてすぐに負傷者の介抱を始めた。


 「ふぅ……」


 男の子を抱いて救急車へ向う救急隊員の背中を見て安堵(あんど)する陽夏。


 ――その瞬間、耳を劈く悍ましい銃声が鳴り響いた――


 複数の銃声が陽夏の耳を(かす)めると、男の子を抱いていた救急隊員が膝から(くず)れ落ちていった。


 「キャァァー!!」


 周囲の者達は恐ろしい銃声に恐怖し、混乱した様子で身体を伏せる。


 「病院ノ屋上カラ銃ガ放タレタ! ヨウカ、逃ゲヨウ!」


 ロボットは直立したまま陽夏に逃げるよう(うなが)す。 ところが、陽夏は一目散に倒れ伏した救急隊員の許へ駆けつけた。

 

 「ヨウカ、危ナイ!」


 ロボットは陽夏の行動に泡を食ったように叫ぶが、陽夏の耳にロボットの声は届かなかった。

 屋上から再び銃声が響き、陽夏の身体を銃弾が掠める。 白衣が少し破け、腕からは血が滴り落ちた。


 「ど、どうして……?」


 地面に広がる(おびただ)しい血と倒れたまま動かない救急隊員。 彼が抱いていた男の子も救急隊員の身体に押し潰されたまま、泣き声一つ上げていない。

 

 陽夏はもう気付いていた。 救急隊員だけでなく、男の子も死亡しているという事に……。

 

 それでも、陽夏は男の子を助けようとした。 先ほどまで胸に抱いていた男の子を再びこの手で抱き寄せる為に。


 「――伏せろ――!」


 陽夏の耳元で誰かが叫ぶ。 若い男の叫び声。 その声が聞こえた瞬間、炎に包まれた病院の屋上から再び銃声が鳴り響いた。


 『――バン、バン、バン――』


 「――キャァ――!!」


 恐ろしい銃声の音に思わず目を閉じた陽夏。 すると、陽夏の身体がフッと軽くなり、頭の中が回転するような不思議な感覚に襲われた。


 「……あ……貴方は……?」


 目を開けた陽夏は戸惑いを隠せなかった。


 陽夏はいつの間にか男に抱きかかえられていた。 背の高い筋肉質の大男。 金色に染め上げた髪は大輔のように逆立っている。

 屋上を睨み付ける男の顔は凜々(りり)しかった。 一見すると両耳に付けたピアスと日焼けした肌から軽薄な男のように思えるが、その柳のような鋭い眼光から放たれる光は名状しがたい意志の強さを感じた。


 「……あの男の子はもう死んだ。 君は自分を護る為に逃げるんだ」


 男の口から放たれた絶望的な言葉。


 「……し、死んだ……?」


 ……分かっていた。 分かってはいたが、遠くに見える救急隊員と男の子の変わり果てた姿に陽夏は堰を切ったように取り乱した。


 「――ウワァァァ――!!」


 陽夏は男の胸で泣きじゃくった。 見ず知らずの男の胸で。

 男はそんな陽夏の背中を優しく(さす)ると、すぐに現実を直視するよう陽夏に促した。


 「泣きたいのなら、君が助かってからにしろ。

 君は看護婦だ。 皆を救わなければならない看護婦なんだ。


 だから、君は自分を護らなければならん。


 誰かを救うためには、まず自分が生きなければならないんだ」


 陽夏の心に男の声が響く。


 (――私は一体何の為に看護婦になったのか――?)


 陽夏の目の前に亡き父と母、そして弟の面影(おもかげ)が浮かび上がった。


 『病気で苦しむ人達を少しでも元気付けてあげたい!』


 彼女は家族の仏壇の前で決意した言葉を思い出すと、男の背中にしがみ付いていた両腕に力を込めた。


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