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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
心の声

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ためらい


 深閑(しんかん)とした部屋は心電図の音と大輔の呼吸しか聞こえない。

 伊奈(いな)はその美しく輝く赤い瞳で包帯を巻いた結城大輔(ゆうきだいすけ)の顔を見つめていた。


 「……不思議な子」


 伊奈はボソッと呟いた。 その声は先ほどのアイドル然とした明瞭(めいりょう)な声とは違い、聞き辛い鼻声であった。


 「この子が憎悪に(おか)されている事は間違い無い。 でも、父親を殺されたにもかかわらず、この子には孤独が無い。 絶望が無い。


 母親がまだ生きているから?


 ……いえ、たぶん別の理由があるはずだわ」


 伊奈は再び大輔の(ひたい)に手の平を乗せた。


 「“坊や”の過去、(のぞ)かせて(もら)うわ」


 伊奈はそう言葉を続けると、ゆっくり(まぶた)を閉じた。


 伊奈は目を(つぶ)っている間、一筋の涙を流した。

 目の前で父が焼け死んで行く惨状。 全身が炎に包まれた時の痛み。 大輔が経験した耐え難い悲しみと苦痛に、伊奈は(あわ)れみの涙を流した。


 さらに大輔の過去を(さかのぼ)って行く伊奈……。

 すると突然、伊奈は目を見開いて動揺した。


 「なっ!? の、希海(のぞみ)――!?」


 伊奈は困惑した様子で大輔の様子を確認すると、再び目を閉じた。 そして、改めて大輔の過去を辿(さかのぼ)っていくと、彼女の艶やかな唇から笑みが漏れた。


 「……フフフ♡ そういう事ね」


 伊奈は目を開いた。 包帯姿の大輔の顔に目を細めると、大輔の額に乗せていた手をゆっくりと頭の方へ移動させ、頭を()で始めた。


 「希海を想うアナタの心。 その純粋な心が絶望に打ち勝ち、孤独を()()けていたのね」


 神光人(みかりびと)の信者達を殺害し、炎に巻かれていた大輔を救った者は伊奈であった。

 その時、大輔の心臓は止まりかけていた。 伊奈は不思議な術を使用して大輔に応急処置を(ほどこ)し、大輔の命を救ったのである。


 とはいえ、今の伊奈の力では大輔を少しの間延命させる事は出来ても、救う事など到底出来なかった。


 ――ただ一つの方法を除いて――


 ただ一つの方法――それは言わずもがな、伊奈が大輔に“力”を与える方法であった。

 伊奈は復讐を希望する者に力を貸した。 「復讐は自分でやりなさい」と。

 だが、誰にでも力を貸すわけではない。 彼女が力を貸す者は、孤独と絶望――すなわち“虚無(きょむ)”――の心に支配されている者達だけである。 彼等が“鬼”となる前に伊奈が力を与え、虚無を(おさ)え込むのだ。

 伊奈の力を授かった者は、人知を超越する圧倒的な力で復讐を遂げる事が出来る。 しかし、いくら復讐を成就(じょうじゅ)したとしてもその心は(むな)しいままである。 虚無は完全に(ぬぐ)い去る事は出来無いのだ。


 ところが、大輔はそもそも虚無に(とら)われてはいなかった。

 大輔の身に(くすぶ)る憎悪の黒煙と苦悶(くもん)(あえ)いだ痛ましい瞳。 それは一見すると、彼が強烈な恨みを抱いている姿に思える。 しかし、(くすぶ)る炎は脆弱(ぜいじゃく)で、瞳はまだ灰色に(にご)っていない。

 つまり、父親を焼き殺され、(みずか)らも炎に巻かれた恨みは持っているものの、大輔は“鬼”になってはいなかったのだ。 ()まわしい漆黒(しっこく)の炎を(まと)い、灰色の瞳で全てを呪い殺す絶望と孤独に支配されていなかったのだ。

 

 その事実に伊奈は戸惑(とまど)った。 大輔が恨みと憎しみを抱いていた事は間違い無かったが、虚無に支配されていなければ“鬼”になる事は無い。

 鬼になる事が無ければ、大輔に力を与える必要は無い。 大輔が孤独と絶望さえ無ければ、いずれ時と共に憎しみは消え去るからだ。


 それゆえに、伊奈は大輔に力を与えるつもりは無かった。 医師の治療で回復出来ればその方が良いと考えた。

 ところが、大輔は医師の懸命な治療にもかかわらず、もう間もなく死んでしまう……。


 そんな中、伊奈は大輔が虚無に囚われていない理由が『篠木希海(しのきのぞみ)』の存在であったと突き止めた。

 

 「いくら今のアタシの力が“脆弱”だとはいえ、アタシの力に(あらが)う事が出来るほど強い希海への想い……。


 やはり、アナタをこのまま死なしてしまうのは惜しいわ」


 伊奈は希海を(した)う大輔の想いに可能性を感じた。 世間から希海の存在を消し去ったにもかかわらず、希海の存在を片時(かたとき)も忘れなかった大輔の力に期待した。


 伊奈は大輔の顔を覆う包帯に触れると、大輔の痛ましい唇だけ露出させた。

 紫色の生気のない唇は悲痛な血が(にじ)み、岩のように堅く、冷たかった。


 「結城大輔……。 アナタは人として死に、“人ならざる者”としてアタシと共に生きなければならない。

 

 アナタは護らなければならない。 アナタを祝福した(いと)おしい“月の子”を。 アタシが授ける“(うつわ)”が壊れるまで。


 そして、アタシと共に憎悪を振りまく女王を消滅させるまで、アナタは生き続け無ければならない」


 伊奈は不可解な事を呟くと、(くれない)(うるわ)しい唇を少年の悲痛な唇に重ねた。


 ――翌日――


 朝のニュースでは『テロ被害に遭った少年が昨夜未明に死亡した』という悲しい知らせを報じていた。

 

 少年は大好きな森中伊奈と彼女のマネージャー、そして看護婦達と医師に看取(みと)られながら眠るように息を引き取ったとの事であった。



 ――



 結城大輔の死に立ち会った看護婦の一人『小日向陽夏(こひなたようか)』――今年23歳になる彼女にはかつて弟がいた。 陽夏の弟は彼女が中学生のころ難病を(わずら)い、夭折(ようせつ)した。

 もし、陽夏の弟が存命であったなら、弟は大輔と同じ中学生になっていたはずだ。 大輔と同じく正義感に(あふ)れた優しい少年になっていたに違いない。 彼女はずっと大輔に弟の面影を見ていたのである。

 

 陽夏は大輔の死後、仕事を辞めた。

 陽夏が勤めていた『兵藤(ひょうどう)記念病院』は本棟の(ほとん)どが焼失し閉鎖されたので、彼女は大輔が救急搬送された隣町の病院で再雇用される事になっていた。 ところが陽夏は再雇用の申し出を固辞して家に引き()もった。

 

 陽夏はもう看護婦を辞めようと思っていた。 弟のように可愛(かわい)がっていた大輔が非業(ひごう)の死を遂げた事で彼女の心にはヒビが入ってしまった。

 買物に行っても、家にいてもふと大輔の事を思い出すと涙が(あふ)れて来てしまう。


 (もし、あの時、私と一緒に病院の外にいたら……)


 そう思うと、自分が大輔と別れたあの時の瞬間を後悔し、涙が止まらなくなるのだ。


 それだけでは無い。 陽夏はこの恐ろしいテロ事件に関して、ある忌まわしい事実を知っていた。 その事実は彼女が逃げ出した患者を追って病院の外へ出ようとした時に偶然分かった事であった。

 陽夏の知った事実はすでに警察に伝えていた。 警察は陽夏の情報からこの忌まわしいテロ事件が“神光人(みかりびと)”が引き起こしたものだと断定した。


 彼女は自分が知った事実に落胆(らくたん)した。 それと同時に激しい憎しみを抱いた。 大輔を殺した者に対しての強い恨みを。

 一方で、心の中で燃え上がる憎しみに戸惑いを感じていた。


 『このまま病院で働いていては自分のココロが壊れてしまう』


 陽夏は憎しみに身を焦がされ、気が変になりそうだった。 その苦しみから逃げるため彼女は仕事を休み、ベッドの中で悄然(しょうぜん)とした日々を過ごしていた。



 ――



 陽夏の住むアパートは都心から少し離れた郊外にあった。

 普段は病院で寝泊まりすることが多い陽夏が数日も続けて自宅に籠もるのは何年ぶりだろうか。 自宅に籠もるようになって初めて自宅が寂寞(せきばく)とした孤独な空間である事に気が付いた。

 

 「私は今まで何の為に頑張ってきたんだろう……」


 陽夏の心は荒涼(こうりょう)とした(むな)しさが(ただよ)っていた。 ベッドの向かいに位置する壁際には、両親と弟の遺影が置かれている仏壇(ぶつだん)が見守っている。

 彼女の両親は弟が亡くなってすぐ、後を追うように病気で亡くなった。 弟の病気と同じ、原因不明の難病であった。


 『――小日向家は呪われている――』


 近所は心ないウワサを流し、陽夏を避けた。 学校では『病気が移るから』と言われ、陽夏の周りには誰一人近寄らなかった。

 高校生の陽夏は孤独であった。 家に帰っても誰も陽夏を迎えてくれる家族はいない。 「ただいま」と(つぶや)く陽夏の声は、ひっそりとした家に寂しくこだまするだけであった。

 

 だが、それでも彼女は孤独から逃げなかった。 高校を卒業してアルバイトをしながら看護学校へ通い、看護師の資格を取った。 故郷を離れ、誰も自分を知ることの無い東京へ上京した。

 

 看護婦として病院に勤務するようになってから、彼女は持ち前の明るさを取り戻した。

 “篤志家(とくしか)”と名乗る者が病院に寄贈(きぞう)した看護ロボットは、口は悪いが陽夏に(なつ)いてくれて可愛かった。

 陽夏はようやく自分が輝ける場所を見つけたのである。

 

 しかし、そんな彼女の居場所が大輔の母『結城沖菜(ゆうきおきな)』によって奪われた。 過去を乗り越えて輝きを放っていた陽夏の心は再び色あせ、くすんでしまった。


 沖菜(おきな)は時々夫の様子を見に来院した。 常に眉間にシワを寄せ、陽夏が声を掛けてもまるで返事をしない“感じの悪い女”だった。

 陽夏はそんな沖菜の事が大嫌いだった。

 

 (別にあの女が私に挨拶しないからじゃない。 患者さん達をまるで……まるで人間じゃないかのように(さげす)んだ目で見るあの姿が許せないの……)


 陽夏は沖菜を見る度に、かつて自分に向けられていた近所の連中の目を思い出した。

 

 『まるで“害虫”を見るかのような侮蔑の瞳』


 深い悲しみに打ちひしがれ、耐え難い苦難を乗り越えようと努力する患者を笑い、見下したような冷然とした態度。 まるで血の通っていない“鬼”のような姿に陽夏は強い嫌悪感を覚えたのである。


 「私はあの女を許せない……」


 全身を包帯で巻かれた痛ましい姿の大輔が目の前で息を引き取った。

 焼け崩れた病院の中からは、大輔の父の遺体が見つかった。 近くには少女の遺体も寄り添っていた。 ようやく回復の兆しが見えてきた少女はナイフが刺さった状態で黒焦(くろこ)げになっていた。

 誰もが目を背け、嗚咽(おえつ)を禁じ得ない悲惨な状況であった。

 多くの同僚や患者達が猛火に包まれ亡くなった。 生き残った者達も、火傷による深刻な後遺症に苦しんでいる。


 その全ての惨劇は、結城沖菜が病院内へガソリンを持ち込んだことから引き起こされたのである。



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