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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
心の声

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最後の願い

  

 『いつか白馬の王子様がやって来て、私を暗闇から救ってくれるんだ』


 13歳の『尾花未央(おばなみお)』は病院のベッドの上で天井を見つめながら願っていた。

 カーテンに囲まれたベッドに横たわる未央。 一見すると彼女の瞳は生気が無く、ただ無気力に天井を見つめているだけのように見える。

 しかし、彼女は生きる気力を失っている訳では無かった。 その呆然(ぼうぜん)とした瞳でひたすら王子様を待ち続けていた。



 ――



 かつて、未央は現実から忘れ去られた存在であった。 幼い頃から言葉を話すことが出来ず、表情も希薄(きはく)であった未央は両親から見捨てられた。 学校へも通わせてもらえず、ゴキブリやネズミが這い回るゴミ屋敷に閉じ込められていた。

 未央は脳に先天的な障害を負っていた。 両親は薬物中毒であったので、胎児にその()まわしい影響が出たのかもしれない。


 未央が三歳の頃、両親が警察に逮捕され、凄惨(せいさん)な育児ネグレクトが明らかになった。

 未央はそのまま民間の児童養護施設に引き取られ、一時は幸福な生活を送っていた。 彼女はその時、当時の施設長から『白雪姫』の物語を聞かされた。

 言葉が話せなくても、施設長の優しい声とその声から(つむ)ぎ出される物語の美しさに彼女は心()かれた。 そして、言葉には出せなくとも「いつか、私にも“白馬の王子様”が迎えに来てくれる」と期待し、辛い現実を耐える事が出来た。


 ところが、施設長が亡くなった後養護施設が“外国人”に経営譲渡されると、彼女の身に災難が降りかかった。

 未央のように言葉も話すことが出来ず、脳に障害を負った子供達を外国から来た職員達は容赦なく虐待した。


 いや、虐待ではない――それは、目を覆いたくなる“虐殺”であった。


 「“知恵遅れ”のガキは“商品”にならない」


 彼等は障害を持つ多くの子供達を無慈悲に殺害したのである。


 闇に(おび)える未央は毎日祈った。


 『白馬の王子様! どうか、私の事を忘れないで!』


 外国人に乗っ取られた養護施設はすぐに“人身売買”が明るみになり、警察の強制捜査が入った。 経営者はあっという間に母国へ逃亡したが、逃亡先で何者かに殺害された。 ほんの(わず)かな間に多くの子供達が殺害され、外国へ連れ去られた。

 未央はそんな悪魔達にも忘れられた存在であった。 彼女は養護施設に警官隊が突入したとき、地下倉庫で遺体に(まぎ)れて隠れていた所を発見されたのであった。

 地下水を飲み、ゴミを食べて飢えを(しの)いでいた未央。 彼女を発見した警察官達は、その衰弱(すいじゃく)しきった(あわ)れな姿に涙を禁じ得なかったそうだ。


 その後、未央は“兵藤記念病院”という精神病院に引き取られた。

 病院は優しかった施設長がいた頃の養護施設を未央に思い出させた。 しかし、長年に亘って大人達に虐待された未央は対人恐怖症になっており、誰も彼女の心に触れる事が出来なかった。

 ところが、未央は病院で利用している人型ロボットに対しては怖がらなかった。 医師は未央がロボットを恐れない事を知ると、彼女の介護をロボットにさせるようになった。

 そのお陰で未央は(つたな)い言葉と目の動きでロボットと会話をする事が出来るまで回復した。


 未央はよくロボットに話しかけていた。


 『いつか、白馬の王子様が私を迎えに来てくれるんだ。 私の事、ずっと忘れないで覚えていてくれているのよ♪』


 言葉を話せない未央は感情を目で訴えた。 ロボットは「ソレハ良カッタデス」と分かったような分かっていないような返事をし、彼女の(つや)やかな黒髪を丁寧に(くしけず)った。



 ――



 そんな平和な時が流れていた病院に再び別の悪魔がやって来た。

 病院は苦痛に(あえ)ぐ絶望の声や、悲しみに震える(ふる)び泣き、恐怖に(おび)える絶叫がこだまする地獄へと変わってしまった。


 『私を……私を置いていかないで! 王子様、私を忘れないで!』


 病室へ(ただよ)ってくる人間の焼けた匂い。 あの酷たらしい養護施設の中で嗅いだ痛ましい匂いを未央に思い出させた。

 

 未央は息を潜めた。 あの悪鬼のような外国人達が棒を持って自分を捜し歩いていた時と同じように。

 地下に捨てられた子供達の遺体の下で身を隠していたあの時のように、毛布の中で震えながら祈った。

 

 『――私を忘れないで――!』


 未央は忘れられていた方が良かったのかも知れない。 障害者を人間として見ないような“畜生”には彼女の存在はあまりにも(まぶ)しすぎた。

 

 毛布を()がされた未央の目に映ったのは、奇妙な格好をした二人の男の姿であった。 もちろん、王子様ではない。 彼等は人を(かた)る悪魔そのものであった。

 

 「ダ……ダ……ゲ……デ」


 (助けてくれる、きっと――! 王子様が助けてくれる!)


 ――王子様は私を覚えていてくれる――


 彼女は目を閉じて幻想の王子を思い浮かべた。


 「――アッ!」


 だが、彼女の幻想は胸に突き刺さったナイフと共にガラスのように砕け散る。


 「――ギャァァァ――!!」


 言葉にならない痛みと絶望が未央を混乱させた。 未央は胸から吹き出す鮮血を抑えながら苦しみのあまり身を(よじ)る。

 その拍子に彼女はベッドから転がり落ちた。


 白馬に乗った王子様は未央に背を向けて走り去って行く……。


 『お願い……私を忘れないで。 私を迎えに来て――』



 ――お願い――!



 薄れていく意識の中で、再び王子様が引き返して来る様子が見えた。


 キリッとした奥二重の瞳に悲しみを宿(やど)した逆毛の少年。 その凜々(りり)しい姿を目にすると未央は確信した。


 『やっと、来てくれた……。 私の“王子様”』



 ――神様――



 『――最期のお願い、聞いてくれてありがとう――』



 未央は知っていた。 自分が天使と共に旅立つ事を……。


 だが、旅立つ最期の瞬間に、神は願いを叶えてくれた。


 彼女は自分の願いを叶えてくれた神に感謝し、そして永遠の眠りについた。



 ――



 大輔(だいすけ)は頭の中が真っ白になり、心の奥から黒い渦が螺旋状(らせんじょう)に湧上がって来た事を感じた。


 「――殺してやる――!!」


 全身を包む漆黒(しっこく)の炎は憎悪の(やいば)となり、二人の男達に襲いかかった。


 大輔は狼狽する二人の男達に駆け寄ると問答無用で攻撃した。

 まず、背の低い手前の小男をハイキックの一閃(いっせん)で浴びせ倒した大輔は、間髪入れずに細身の男を殴りかかる。

 ところが、細身の男は冷静に身を翻し大輔の拳を(かわ)した。 そして、血の池に()ねる蛇のように一瞬で大輔の腕に両足を(から)みつかせると、大輔を床へ転がした。


 「クッ――!! (柔術!?)」


 男の動きは明らかに格闘技を習得している者の動きであった。 それも、長年訓練している者の熟練した動き。

 大輔は腕を取られた瞬間にこの事実に戦慄(せんりつ)し、慌てて腕を抜こうとした。


 『バキッ――!!』


 しかし、もう遅かった。

 酷たらしい音が大輔の右腕から鳴り響き、大輔は鋭い痛みに「ギャッ!」と声を上げた。


 (うっ、腕が! ……でも、これで抜け出せる!)


 折れた右腕などもう(かば)う必要は無い。 大輔は自ら右肩も外して男を驚かせると、男の側頭部(そくとうぶ)へ強烈な蹴りを喰らわして束縛を脱した。


 「ギェェェ――!!」


 まるで“キョン”のような気味悪い叫び声を上げてベッドをなぎ倒しながら転がった細身の男。 その拍子(ひょうし)に背中に担いでいたボンベのような機械も一緒に吹き飛んだ。


 『ガラガラ――! ガシャンッ!!』


 ベッドを巻き込みながら男は壁に激突した。

 大輔は男の事などどうでも良かった。 その隙に血塗(ちまみ)れになった少女を抱き寄せると、彼女に必死に声を掛けた。


 「お願いだ! 目を開けてくれっ!」


 しかし、少女は目を閉じたままだった。

 大輔の腕に少女の温かい血と……冷たくなった身体の感触が伝わって来ると、大輔は背後に立ち上がる背の低い小男の気配に怨嗟(えんさ)咆吼(ほうこう)を上げた。


 「――ウォォォ――!!」


 大輔の強烈な蹴りを頭に食らった小男は、生まれたての仔牛(こうし)のようにフラフラ起き上がりながら手に持ったノズルを大輔に向けようとする。 ところが、大輔は目の前に向けられたノズルを瞬時に蹴り上げ、小男に尻餅(しりもち)をつかせた。

 

 「な、何者なんだ? このガキ――!?」


 幼い顔をした目の前の少年が、小男の肋骨(ろっこつ)(きし)ませる程の凄まじい蹴りを繰り出す。

 

 「グヘェ! オェェェ!」


 防火服に身を包んだ小男は脇腹(わきばら)を押さえて膝をつき、苦痛に喘いだ。


 血塗れになって息絶えた一人の少女。 少女の魂の慟哭(どうこく)が大輔の胸に突き刺さる。

 大輔は少女を助ける事が出来なかった。


 (もし少女がベッドに上にいる事にもっと早く気が付いていれば、もしかしたら彼女は助かったかもしれない)


 『ギリ……ギリ……』


 後悔と怒りで歯ぎしりをする大輔。 口から血が(したた)る程に歯を食いしばる。

 目の前にいるのは防火服を着た醜悪(しゅうあく)な小男。 怪しげな紋章(もんしょう)を額に点けた三角頭巾(さんかくずきん)で顔を隠し、(いま)だに脇腹を押さえて(あえ)いでいる。

 どうやら小男は大輔の蹴りで肋骨が折れたようだ。 息が出来ずに頭巾を脱ぎ、角刈りの四角い顔を(さら)すと「カヒュー、カヒュー」とか細い息を吐きながら大輔の姿を見上げた。

 小男の目に立ちはだかる者はもはや少年ではない。 憤怒(ふんぬ)形相(ぎょうそう)で小男を(にら)み付ける姿はまるで仁王のようだ。


 大輔は鞭のように足をしならせ、小男の頭を砕かんと蹴りを繰り出した。 憤激(ふんげき)の蹴りは外道(げどう)天誅(てんちゅう)(くだ)す大剣となり、風を切り裂いて(うな)りを上げる。


 「ヒィ――!」


 避けきれる事が出来ないと(さと)った小男は思わず目を(つぶ)り、神へ祈った。 もちろん、神が悪党の願いなど叶えるはずも無い。


 ところが、あろうことか悪魔が小男の祈りに応えた。


 『――パン、パン――!!』


 背後から銃声が鳴り響くと同時に、大輔が放った蹴りは小男の頭頂部を(かす)めた!


 「グゥゥ――!?」


 細身の男が背後から銃を乱射したのだ。 その一発が大輔の左足を貫通(かんつう)し、大輔はバランスを崩して転倒した。


 「――ウワァァァ――!!」


 渾身(こんしん)の蹴りを外した大輔は叩きつけられるように床に転がり、絶叫を上げた。


 「バーカ! お前のようなガキに負ける訳ないでしょ!」


 だらりと垂らした左手に銃を持ち、額から血を流している細身の男。 男はそう虚勢(きょせい)を張ると、今度は大輔の頭へ銃口を向けた。


 「ク……クソッ!」 (銃弾を避ける事なんて無理だ!)


 絶望的な状況を前にして、大輔の脳裏(のうり)に父の姿が浮かび上がる。 


 (父さん!)


 大輔は心の中で父に向って叫んだ。



 「――大輔――!!」


 

 すると、突然細身の男の背後から響く(たくま)しい声が響いて来た! 大輔はその“(なつ)かしい声”に耳を疑い、男を羽交(はが)()めにした声の主を見て目を疑った。


 「と、父さん!?」


 絶句する大輔の前に、父は信じがたい力で男を押さえ付けながら叫んだ。


 「大輔、父さんに構わず逃げろ!」


 父は息子に向かって叫んだ。


 「生きろ、大輔!


 俺に構わず、生きる為に逃げるんだ!」


 それは自らの犠牲を(いと)わない魂の叫び。


 息子の幸せを願う父親の“最期の願い”であった。



 本作品をお読みいただいて有り難うございました。

 作中に登場する『尾花未央』。 彼女の名の由来は『ミオソティス』――忘れな草――です。

 自分の存在を忘れられていた未央は「忘れないで」と、いつも心の中で願いながら王子様を待ち続けていました。


 本作品の主人公である『篠木希海』もまた未央と同じく名前に意味を込めています。 もちろん『森中伊奈』も。

 適当に名前を付ける事も偶にありますが、概ね名前に意味を込めて作品を作っていますので、そんな裏設定も推測しながら作品をお読みになって頂くと、多少面白くなるかも知れません。


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