変化を望む行動
マスコミは『アム・セグラ人達が同胞の家族を殺した日本人達に復讐しようと、彼等の親族を皆殺しにした』という衝撃的な事件を連日こぞって報道していた。
日本人に妻と子を殺されたイグニス・イブン・サウードは今回の殺人事件の首謀者とされた。 警察によるとイグニスは殺人現場となった“神光人”の毒ガス工場跡地で、火災に巻き込まれて焼死したとの事であった。
ところが実際はイグニスを含めたアム・セグラ人達の遺体は骨一本見つからなかった。 そればかりか被害者である日本人達の遺体すら見当らなかったのである。 そこで仕方無く警察は動画で記録が残っている通り『アム・セグラ人が“逆恨み”によって日本人家族を虐殺した』とみなし『彼等は工場に火を放って集団自殺を遂げた』という不可解な説明で強引に事件の幕引きを図ったのであった。
「拘置所上空の空が真っ赤に変わっていた現象は、一体何だったんでしょうか?」
警察による記者会見の時、記者の一人が警官に問い詰めた。
(そんな事知るかよ……)
質問を受けた警官はそう言いたげな顔を見せると「えー、恐らく神光人が開発した“兵器”の影響でしょう。 はい」と適当な返事をした。
「……はぁ? そりゃ、一体どんな兵器なんですか?」
別の記者が警官に向かって訝しむと、警官は「えー、通信妨害を目的とする兵器です。 はい」とゴニョゴニョ回答し、早口で言葉を続けた。
「あー、神光人の間では“シュテルン粒子”と呼ばれているそうで、肉眼では見えない極小の粒子を空中へ飛散させ、通信を妨害するのです。 はい」
「うーん……。 そりゃ、人体に影響を及ぼすモノなんですか?」
記者が首を傾げながら再び質問をすると、警官はダルそうに首を回した。
「んあー、詳細は調査中です。 でえー、ともかくアム・セグラ人達は神光人と密接な関係があり、選民思想に基づいた教義の下、今回の“テロ”を計画したのだと推測されます。 うん」
警察は全ての責任をアム・セグラ人達に押しつけようとしていた。 世間もまたアム・セグラ人に同情する者は皆無であった。 世間は日本の“保守派”連中が平和的な抗議活動を実施したアム・セグラ人達を虐殺した忌まわしい事実にはそっぽを向き、イグニス達が罪の無い日本人達を“処刑”したという事実だけをあげつらった。
折角、“正義の抗議”によって世界中にアム・セグラ人に対する同情が集まって来ていたにもかかわらず、“ヒゲ親父”によるあの凄惨な動画の公開によって彼等の血は無駄になってしまったのである。
イグニスとヒゲ親父の蛮行は、日本で平和に暮らすアム・セグラ人にとっては迷惑どころの話しではなかった。 彼等のせいで再び日本人による差別に晒される事となり、アム・セグラ人の自殺者まで出たのである。
「ふぅ……。 あれだけ血を流したというのに、まだ気付かないのね。 民族主義を排除するにはまだ時間がかかりそうだわ」
そんな世間の状況を自室のテレビで見ていた伊奈は、残念そうに呟いた。
全国のアム・セグラ人達は“対岸の火事”を眺めていたら「お前らが火事を起こした張本人だ」と突然詰られた事に対して怒っていた。 彼等は「同胞が放火した火事を責められるのはお門違いであり、同胞による悪事に何故責任を負わなければならないのだ」と憤った。
そして「そもそも、日本人だって正義の抗議を行なおうとした我々同胞を虐殺したではないか」と批難したのである。
「私達は同胞にも裏切られ、日本人にも差別されている被害者だ!」
彼等は声を大にしてそう訴えた。
ところが、彼等は自分達の訴えが“ダブル・スタンダード”である事に未だ気付いていなかった。
同胞による悪事は個人の責任であると突き放し、同胞の正義は我々の正義だと言って寄ってくる。 つまり、都合が悪い時は集団から離れ、都合が良い時は集団となる。
とどのつまり、自分勝手である事に気付いていなかったのだ。
だが、それはアム・セグラ人に限った事では無い。 日本人も同様であり、世界中の人種もまた同様であった。
『都合が良い時には集団の権利を主張して利益を貪ろうとし、都合が悪くなれば集団から遁走して責任から逃れようとする』
人種、性別、立場を問わず、それが人間の“サガ”である。
伊奈ももちろんそんな人間の本性を理解していた。 一方ではそんな本性を理性によって克服しようという人間もいる事も理解していた。
人間だって悪しき本性を理性によって変えようと努力しているのだ。 伊奈はそんな人間の可能性に期待をしていた。 そして、その期待を裏切る民族主義という毒を嫌い、その毒で世界を浸食する為に創られたアム・セグラ人達の行く末を憂えた。
「もし、アム・セグラ人がこのまま“ヤツ等”に操られているようなら……ヤツ等と一緒に滅ぼす必要があるわ。
……すると、また『コウ』にやって貰うことになるのかしら? それよりも、私自身で……。 ……いや、その前にアム・セグラ人が変わる事に期待をするか?」
伊奈は過去の凄惨な殺戮を思い出して眉を顰めた。
「ヤツ等を皆殺しにする事は造作も無い事……。 でも、出来るならアム・セグラ人達は滅ぼしたくない……多様性の為にも。 彼等が悪しき選民思想から脱却してくれる事を祈っているわ。
私はもう人間を滅ぼしたくないから」
――
「結局、なーんも変わってないのよね、ウチ等」
藤川咲亜矢はテーブルの上に置いてあるアイスレモンティーをストローで啜りながら大きな溜息を吐いた。
向かいの席には赤ん坊を抱いた小百合が困った様子で咲亜矢に顔を向けていた。
小百合は駅前の喫茶店で友人の咲亜矢と会い、町のアム・セグラ人達の状況を彼女から聞いていた。
アム・セグラ人達による“今世紀最大の聖戦”は失敗に終わった。 しかも、その理由が同胞の裏切りであった事に彼等は意気消沈し、項垂れていた。 ところが、そんな仲間達を尻目に咲亜矢は公然と仲間達への苦言を小百合に言い放った。
「ウチはイグニスとヒゲジジイにはちっとも同情してないヨ。 アイツらのせいでウチも死ぬところだったんだし。
ウチ等はもっと仲間達に厳しくするべきなんヨ。 日本人にばっかり文句言ってないでさぁ」
アム・セグラの民はイグニスとヒゲ親父のせいで自分達が非難の矢面に立たされた。 ……にも拘らず、咲亜矢の言う通りアム・セグラ人の殆どがイグニスとヒゲ親父を悪く言うことは無く、今は亡き同胞達を庇った。 そればかりか、彼等は逆に『同胞を凶行に走らせたのは日本の司法のせいであり、このような悲劇を防ぐ為に日本人がアム・セグラ人にもっと協力するべきだ』と訴えた。
当然、世間はそんなアム・セグラ人達の戯れ言などに耳を貸さず、彼等を痛烈に批判した。
「まあそうは言っても、日本人も丸腰で抗議したアム・セグラ人達を殺した事に対して『知らぬ、存ぜぬ』だからねぇ。 どっちも似たようなもんだわ」
小百合は咲亜矢の苦言にそう言葉を返しアム・セグラ人に同情すると、テーブルに置いてあるコーヒーカップを手に取った。
「そんな事じゃいつまで経っても解決しないよね。 仲間が悪い事したら、仲間達がソイツを何とかしなきゃ」
小百合はそう言ってコーヒーを一口飲むと、胸に抱いている赤ん坊に注意を払いながらコーヒーカップをテーブルに置いた。
小百合は口だけでなく、しばしばアム・セグラ人に対してヘイトスピーチを展開する日本人を懲らしめていた。 そしてその都度「外国人のワルを断罪する前に、まずは日本人のワルを断罪する方こそ説得力が有る」と伝えていたのだが、小百合の言う事を素直に受け止める者など皆無であった。
「まあ、小百合がウチ等を庇ってくれるのは有り難いけど、どっちかって言うと変わるべきなのはウチ等の方じゃないかな?」
咲亜矢は幼い頃から『日本が少子化対策の一環として外国人を積極的に受け入れ、アム・セグラ人は日本に協力する為に連れて来られたのだ』と教育を受けていた。
ところが生みの親が亡くなって孤児となった後、その話しが全くのデタラメであった事を知ったのである。
「世界中から迫害されていたウチ等を難民として受け入れてくれたにもかかわらず、そんな事なんて“忘れたフリ”して自分達の事ばっかり……。 ましてや『強制連行されて来た』なんてウソまで付くようになってさ。
そりゃ、日本人じゃなくても怒るヨ。 そもそも、その図々しい性格をウチ等が変えないと、日本人と仲良くなろうなんてムリなんだよね」
咲亜矢はそう言うと、近くを通りかかったウェイトレスに声を掛けた。
「アイスレモンティー! なる早で!」
しかめっ面で咲亜矢の注文を受けるウェイトレスを一瞥した小百合。 彼女は穏やかに眠る赤ん坊の背中をさすりながら咲亜矢の話しに頷くと、言葉を継いだ。
「……“お嬢様”は『SOON』を壊滅させれば、きっとアム・セグラ人達も変わって行くと言ってたわ」
咲亜矢は目の前の空になったアイスレモンティーをストローで『ズズズ……』と吸いながら、小百合の言葉に首を傾げた。
「あー、あの『Sanctified Order Of Nations(聖別された国家の秩序)』とかいう胡散臭いヤツ等ね。 ……まあ、確かにアイツ等がウチ等を勘違いさせている原因っちゃ、原因なんだろうけど……あんなモンどうやって壊滅させるのよ?」
『SOON』という団体は『人種、性別に依らず神の下に人類は平等である』という理念を掲げている国際組織である。 一見するとグローバリズムやジェンダー思想と結びついた平等主義のように思えるが実態は真逆であり『“聖別”された人類のみ存在するべきである』という究極の選民思想を持った“悪意を持った選別”を実践する如何わしい組織であった。
小百合は咲亜矢の疑問に突拍子も無い事を口走り、咲亜矢を驚かせた。
「すぐには壊滅出来ないわ。 まずは私がSOONへ潜入して情報収集するの。
だから貴方も手伝って」




