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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
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生贄

 

 伊奈(いな)がまだテレビに出演している頃、希海はすでに廃工場(はいこうじょう)へ到着していた。

 あの(むご)たらしい処刑の場面を目撃した希海は、自分の家族が『木佐貫蒼汰(きさぬきそうた)』によって惨殺(ざんさつ)された酸鼻(さんび)を極める光景を思い出してしまった。

 全身が燃えるように熱くなり目の前が真っ赤になった瞬間、希海の意識は途切(とぎ)れてしまった。 そして、気が付くと彼女はイグニス達が潜伏する廃工場の前へ来ていたのであった。


 「こ、ここは……? 私、何でこんな所に……」


 まだ新しい鉄筋コンクリートの頑丈な工場は、宗教団体『神光人(みかりびと)』が毒ガス製造工場として最近まで使用していた忌まわしい工場であった。

 神光人が壊滅した後、警察のガサ入れが行なわれて工場は空となり、大きな門扉(もんぴ)には『関係者以外立ち入り禁止』という看板がチェーンに繋がれて掛っていた。

 ところが、看板が掛っている門扉は開け放たれていた。 敷地内には軍用のトラックや四輪駆動車、バイクが停まっており、辺りは不気味なほど深閑(しんかん)としていた。

 

 「何でこんなに空が赤いの? それに、この雨……まるで血のような……」


 真っ赤な空から鮮血(せんけつ)のような小雨が降っている。 希海の身体にその雨が当たると、不思議な事に雨は彼女の身体を濡らさずに飛沫(しぶき)を上げて弾かれた。

 

 希海はこの異常な現象が、自分によって引き起こされた事だとは気が付いていなかった。


 「と、とにかく! 一人でも多く助けなきゃ!」


 重そうな扉を開けて工場の中へ入る希海。 中は吐き気がする程に残酷(ざんこく)な血のニオイが充満していた。


 「……こ、これは……もう……」


 希海はその瞬間、動画に映っていた者達を助ける事を諦めた。


 (おぞ)ましい血の匂い。


 (かす)かに聞こえる痛ましい慟哭(どうこく)


 痛みに(あえ)苦悶(くもん)(うめ)き。


 母を呼ぶ子供達の嘆き。


 全ての声がすでに生を断ち切られた亡者達の無念であったからだ。

 

 薄暗い工場の中を進み続ける希海。 無念の叫びが聞こえてくるにも(かか)わらず、動画に映っていた死体は見る影もない。

 中央に敷かれている赤い絨毯(じゅうたん)血痕(けっこん)が残っているだけで、アム・セグラ人達ですら、何処(どこ)かへ消えてしまっていた。


 「一体何が起きたの……?」


 息を呑んで絨毯の前に立ち尽くした希海。


 ――すると――


 「な、何!?」


 希海が赤い絨毯から目を外そうとしたその時だった。 絨毯がみるみる血のような液体へ変わり、コンクリートの床に血の池を創り出した!


「――キャッ――!!」


 慌てて後ろへのけぞる希海。 すると、血が噴水(ふんすい)のように湧上がり、徐々に人の形を成した。

 流れ落ちる血飛沫(ちしぶき)のなかで姿を現したのは、抗議活動のチラシに掲載されていたアム・セグラ人――家族を日本人に惨殺された『イグニス・イブン・サウード』であった。



――



 「ハ、ハハハ……。 皆、死んじまった……」


 気が触れているのか目の焦点(しょうてん)が合っていないイグニス。 一体この場所で何が起きたというのか?


 「アータが……イグニス……?」


 血に塗れたアム・セグラ人に恐る恐る聞く希海。 だが、イグニスは希海の声が聞こえていないのか、ブツブツと譫言(うわごと)を続けた。


 「……影……恐ろしい影が仲間達を……オヤジを……」


 「はっ? 影……?」


 どうやら、拘置所で見たあの影の姿をしたバケモノがこの工場内でも出現したようだ。 希海には何の事か分からず、ただ呆然(ぼうぜん)とイグニスの様子を見つめていた。


 アム・セグラ人によって処刑された日本人達から生まれた怨念(おんねん)の影。 その影はイグニスだけでなくヒゲ親父と数百人の同胞達に襲いかかり、あっという間に彼等を闇に取り込んだ。

 

 工場内の至る所から、不気味な(ささや)きが聞こえて来る。


 『クスクス……フフフ……』


 その小さな声は希海に耳元で囁いているように聞こえ、思わず希海は後ろを振り返る。 すると、イグニスが血の池に身を委ねながら狂ったように笑い出し、希海は慌てて前を向き直した。


 「――ヒャァ! ハァアハハハ! 俺のせいだ! 俺が仲間達に復讐をしてくれるように頼んだから!


 ……独りじゃ何にも出来ないから。


 俺は卑怯(ひきょう)だ! 裏切り者だ! もう、俺を助けてくれる奴なんか誰もいない。


 ……誰も……


 俺は……もう……独りなんだ……」


 彼はすでに鬼となっていた。 “虚無(きょむ)”の烙印を刻まれて憎悪に抱かれたイグニスは“鬼”となったのだ。 仲間を殺された絶望、仲間を裏切った空しさがイグニスの心に巣くう憎悪を餌にして、彼を鬼にしたのである。


 全身から血を(したた)らせてフラフラと立ち尽くすイグニス。 瞳はすでに輝きを無くし、顔にはボンヤリと(もや)がかかっていた。 表情を確認出来ないが、恐らくその顔は苦悶に歪んでいる事だろう。


 (……私が殺さなくちゃ)


 希海はすでに鬼となったイグニスを殺害しようと決心し、両拳に力を込めた。 なるべく苦しまぬよう、渾身(こんしん)の力でその異形の頭を砕き割ろうと。


 すると、希海の殺気に工場内がザワついた。 彼女は耳元を(かす)めた不快なノイズに動きを止めた。


 『……ジ……ジ……ジ……』


 まるでラジオのようなノイズ音。 音がする度に視界が(ゆが)むように思え、希海はイグニスから目を離す。 その瞬間、薄暗い工場内に何者かが蠢いた。



 ――



 「な、何かいる!?」


 工場内の天井を()漆黒(しっこく)の影。 その影は闇よりも深く、まるで光を喰らうアメーバのようだ。

 呆気に取られる希海の前で、影は蜘蛛の巣のように広がった。 そして、天井と床を侵食しながらイグニスが立ち尽くす血溜(ちだ)まりへと迫った。


 (……こ、コレは生き物なの?)


 血溜まりを暗黒に変えた闇は、深紅(しんく)の血を浴びた鬼を漆黒へ変えて行く。 その様子はまるで影のような獰猛(どうもう)な生き物が、捉えた獲物を捕食(ほしょく)するようにに見えた。


 (に、逃げなきゃ……)


 希海の本能がこの場から逃げるように警告する。 確かにイグニスは鬼となった。 だが、イグニスの身体を侵食しているあの影は鬼では無い。 もっと禍々(まがまが)しい“得体の知れない何か”……。


 希海は身を捩り、工場の扉に向かって駆け出そうとした。


 (――!? う、動かない!?)


 しかし、希海の身体は金縛りに遭ったかのように硬直し、逃げる事が出来ない!


 先ほどまでイグニスの姿をしていた鬼は、もはやただの黒い塊と化している。 そして、そのドロドロした黒い塊が溶け始め暗黒の床に吸い込まれると、闇の中から骨となった女の腕が現れた。


 「……あっ……あっ……」


 口を動かす事も、目を背ける事も出来ない希海。 ただ、床に広がった闇の海から這い出てくる“首の無い女”を凝視(ぎょうし)するしかなかった。

 身体は腐敗し、所々細い骨が見えている。 腕は一本の骨と化していた。 まだ肉のついた胴体に枝のように細い白骨の腕がくっ付いている様は慄然(りつぜん)とするほど醜悪(しゅうあく)であった。

 

 (――誰か、助けて――!)


 希海はその女を一目見て戦意を失った。 女は細い腕で、首から下が骨となった男の子を抱いていたからだ。


 金髪の男の子を……。


 それは、希海の弟『剛史(たけし)』の変わり果てた姿であった。


 「ウ……ゥゥ……ヴ……」


 言葉も出せず、身動きも取れない希海。 全身が腐り果てた弟の姿に目を背けるも出来ず、まるで地獄の責め苦を味わっているかのように苦悶で顔を歪ませる。

 女は希海の母であろうか? 首が無いので良く分からないが、その声は母の声ではない。


 (な、何で歌声が……?)


 そう、女は首が無いにも拘わらず、剛史の姿をした遺体を胸に抱き、子守歌を歌っていたのだ。



 Di faygele iz geshtorbn. Di faygele iz geshtorbn. 

 (小鳥さんが死んだ。 小鳥さんが死んだ)


 A vogn hot zi derdrikt, di faygele iz geshtorbn.

 (馬車に轢かれて小鳥さんが死んだ)


 Der ferd hot geveynt. Der ferd hot geveynt.

 (お馬さんは泣いた。 お馬さんは泣いた)


 Er hot zikh etsev gemacht vegn der faygele vos er hot derdrikt.

 (小鳥さんを轢いてしまった事を悲しんだ)


 Der ferd hot gegesn. Der ferd hot gegesn.

 (お馬さんは食べた。 お馬さんは食べた)


 Dem driver vos hot im geshlagn, hot er gegesn.

 (鞭を打った御者を食べた)


 Der ferd hot gegesn. Der ferd hot gegesn.

 (お馬さんは食べた。 お馬さんは食べた)


 Di faygele hot er gegesn.

 (小鳥さんを食べた)


 Geshmak hot er gegesn.

 (美味しそうに食べた)

 


 気味の悪い子守歌を、(いと)おしそうに歌う首の無い女。 空気を震わす不気味な歌声を奏でながら、剛史の遺体を抱えて希海の前へヒタヒタと近づいてくる。


 (いや、止めて! 来ないで!)


 痛ましい弟の遺体が迫ってくる。 歯を食いしばっても、力を込めても身動きが取れず、希海の瞳は恐怖に歪む。


 『本当は、貴方が犠牲になるはずだった』


 耳元で囁きかける不気味な声……。 その声に希海は『ギョッ』として目を見開いた。 心臓が破裂する程に胸を叩き、苦痛で気を失いそうになる。

 希海の耳元で囁く声は母『亜希子(あきこ)』の声であった。 いや、母を騙る悪魔の声に違いない。

しかし、希海の消える事の無い心の傷を抉る無慈悲な声は、悪魔の(たばか)りから逃れようとする希海の力を失わせた。


 「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」


 息が詰まる。 心が壊れる。 頭が破裂しそうな程痛く、目の前の光景にノイズが走る。


 『お姉ぇ、何で助けてくれなかったの?』


 弟が訴える。 骨となった身体にくっ付いた腐乱した顔を姉に向けて……。


 (あぁ……剛史……ゴメンなさい……。


 お姉ちゃんは……生きちゃいけないんだ……。


 パパ、ママ……ゴメンなさい。 私は剛史を護れなかった)


 

 「だから、もう……もう……どうでも良いや……」



 絶望の烙印(らくいん)(きざ)まれる希海。 彼女の銀色の瞳は灰色に濁り、首のない女の差し出す手が彼女の痛ましい泣き顔に触れようとする……。



 『孤独の穴へ()ち……絶望の海に抱かれなさい。


 “終わりの月”を迎えるその日まで……』



 ――恐怖に歪んだ希海の顔に首の無い影が触れようとしたその瞬間――


 

 「――ニャァ――」



 突然、猫の鳴き声が希海の耳に飛び込んで来た!


 「ミイナ!?」


 希海の身体が急に軽くなり、忌まわしい束縛(そくばく)が解かれた! 


 「か、身体が――!」


 希海は急いで後ろへ飛び退こうとするが、もう間に合わない!


 「――伊奈様! 助けて!」


 希海は思わず伊奈の顔を思い浮かべ、彼女に助けを求めた。


 「――!!


 ……?


 ……伊奈様……?」


 希海は助かった。 彼女は気が付くと何者かの腕に抱かれていた。


 その腕は温かく力強い。


 「だ……誰……?」


 だが、彼女を抱いているのは伊奈では無かった。


 全身包帯を巻いた奇妙な姿をした少年。 彼は真っ直ぐな瞳を希海に向けると、愛おしそうな微笑(ほほえ)みを彼女に見せた。


 そしてすぐに怒りを滾らせた逞しい瞳を、眼前に蠢く怪物へ突き刺した。



 「――希海さんは、ボクが護る――!」



 本作品をご覧になっていただき有り難うございます。

 

 作中に出てくる子守歌ですが、ローマ字表記になっており何を言っているのか分からないと思います。

 カタカナ表記にしようと迷いましたが、声に出して読まれると困るのであえてローマ字表記にしました。


 ただ、気になる方もいると思うので以下、カタカナ表記にした歌を載せておきます。 


 ※ご覧になる方は決して声を出して読まないでください。



 ディ ファイゲレ イズ ゲシュトルブン.  ディ ファイゲレ イズ ゲシュトルブン.


 ア ヴォーゲン ホット ズィ デアドリクト, ディ ファイゲレ イズ ゲシュトルブン.


 デァ フェルド ホット ゲヴェイント.  デァ フェルド ホット ゲヴェイント.


 エァ ホット ズィフ エツェヴ ゲマハト ヴェーゲン デァ ファイゲレ ヴォス エァ ホット デアドリクト.


 デァ フェルド ホット ゲゲスン.  デァ フェルド ホット ゲゲスン.


 デム ドライヴァー ヴォス ホット イム ゲシュラグン, ホット エァ ゲゲスン.


 デァ フェルド ホット ゲゲスン.  デァ フェルド ホット ゲゲスン.


 ディ ファイゲレ ホット エァ ゲゲスン.


 ゲシュマク ホット エァ ゲゲスン.



 「ああ、こんな感じなんだなぁ……」程度で流し読みされるのが良いかと存じます。


 間違っても子守歌としてお子様に歌ってあげないようにしてください。


 何も起きないかもしれませんが、何か起きるかもしれません。


 「メロディ知らねぇのに歌える訳ねぇだろ」と怒られるかも知れませんが、今、貴方が頭の中に思い浮かべたメロディがこの歌のメロディです。


 繰り返し申し上げますが、不正の言葉を声に出すと何が起きるか分かりません。 声に出す事はくれぐれも避けてください。


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