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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
悪意の選別

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女王の影

  

 「……ひ、(ひど)い……」


 スマホを取り出して動画を見た咲亜矢(さあや)。 一目見てスマホから顔を(そむ)けると、恐ろしさに動揺(どうよう)したのかスマホを落とし、フラフラと倒れかかった。


 「――サーヤ、どうしたの――!?」


 ――!?」


 気を失いそうになった咲亜矢を抱き止める小百合(さゆり)は、咲亜矢の手から零れ落ちたスマホの画面を見て慄然(りつぜん)とした。


 「……なっ……なにコレ……?」


 スマホの画面には無残にも首を()ねられた老人の姿と、子供の姿。 そして、首の無い子供に寄り添い泣き崩れる母親の姿があった……。


 「……イ、イグニスが……」


 咲亜矢は悲痛な顔を小百合に向けながら声を絞り出す。 画面には例のヒゲ親父とイグニスの姿、そしてアム・セグラの軍人達が男性の首を(つか)み何やら叫んでいた。


 「我々アム・セグラの民は、我々の神を冒涜(ぼうとく)し、我々の家族を惨殺(ざんさつ)した日本人を今ここで処刑した!


 この“正義”は始まりに過ぎない! 悪しき日本人を滅ぼし、この国を新たな理想郷へする為の聖なる戦いなのだ!」


 画面に向って朗々(ろうろう)と語るヒゲ親父の隣で神妙(しんみょう)な顔をしているイグニス。 彼の心には後悔と(むな)しさが渦巻(うずま)いており、彼の後ろにはいつの間にか数百人を超える軍人達がヒゲ親父の宣言に呼応(こおう)して気勢(きせい)を上げていた。


 「立ち上がれ! 我が民達よ! 日本人共を皆殺しにするのだ!」


 

 ――



 拘置所前で攻防を繰り広げていた警察、軍、そして日本人の保守派達は、この動画の存在に気づき、戦いを止めた。

 さらに、この国の平和を祈り日本人との共存を願っていたアム・セグラの民達も呆然(ぼうぜん)と自分の持っていたスマホを(なが)め、(つぶや)いた。


 「お……俺達は……仲間に(だま)されていたのか……?」


 腹を割かれ、首を刎ねられた遺体が無残に転がっている。 泣き叫ぶ母親は子供が殺された現実を受け入れられず「この子だけは――! この子だけは――!」と子供の腹から飛び出た内臓をかき集めていた……。


 ――騙された――


 世界中の人々は混乱した。 平和の訴えを無慈悲に蹴散(けち)らし『悪意の選別』を実行しようとしているのは日本人だったはずだ。 ところが、アム・セグラ人もまた日本人を排除し『悪意の選別』を行なおうとしていたのである。


 「……な、なんてヤツ等だ……」


 非人道的、残酷、酷たらしい……そんな言葉を世界中の人々が呟いた。 アム・セグラ人による凄惨(せいさん)粛正(しゅくせい)に言葉を失った。 犠牲となった日本人達に涙し、自分達を騙したアム・セグラ人に対して歯ぎしりをした。


 だが、誰もが分かっていたはずだ。 ナショナリズムなど所詮(しょせん)そんなものだという事を。 身内に甘く、他人に厳しい唾棄(だき)すべき思想だという事を。

 部外者の悪人ばかりに気を取られ、身内の悪人が部外者を傷つけた時、部外者に責任を(なす)姿勢(しせい)こそナショナリズムの本分(ほんぶん)である。


 身内の誰かがこの悪しき思想を(ただ)さない限り、悲劇は永遠に繰り返される。 平和を祈るアム・セグラ人達、同胞が殺された日本の民衆は、今こそ身内の悪に立ち向かわなければならないのである。



 ――



 希海(のぞみ)は銀色に輝く瞳を丸くして、立ち()くした。 警察や軍、そして保守派の連中すら呆然(ぼうぜん)として膝を折り、スマホの画面を注視している。


 「な、何が起きたの……?」


 後ろを振り返ると、血を流して倒れているアム・セグラ人の(そば)で小百合が咲亜矢を抱きかかえていた。 スマホを右手に持ちながら……。


 「小百合お姉ちゃん! 一体何が――?」


 希海は一瞬で小百合の(もと)へ近づくと、小百合のスマホ画面に映し出されていた忌まわしい動画を一瞥(いちべつ)した。



 「希海ちゃん、見ちゃダメ――!!」



 希海が近づいて来た事に気が付いた小百合は、スマホを隠そうとした。


 「な……何……これ……?」


 ……残念ながら、一歩遅かった。 希海は小百合が持っていたスマホを見ると、一瞬で彼女の手からスマホを奪い取った。


 動画を凝視(ぎょうし)した希海は息が止まった。


 スマホに映し出された凄惨な動画。 それは、腹を割かれて絶命した子供を抱きしめながら、神に祈る母親の姿であった。


 『神様! どうか、私の最期の願い、聞いて下さい!』


 『お願い!!』


 『この子を――


 ――この子を救って――!!』


 「あっ……あっ……」


 声を失い動画を見つめる希海。 祈りを叫ぶ母親の首が無慈悲な剣によって跳ね飛ばされた時、希海の眼前に恐ろしい光景が広がった。


 それは、あの日の忌まわしい過去の光景――色の無い世界で家族の死を見つめていたあの日の光景であった。



 「――――ウァァァァ――――!!」



 希海は絶叫した。


 スマホを地に落とし、両手で頭を抱えて天を(あお)いだ。


 空に映るのは父と母、そして弟の無残な死体。 三人は希海に助けを求めて(うご)いている。


 「お姉ぇ……タスケテ……」


 「希海……神に祈りなさい」


 「……希海……お母さんと剛史(たけし)を……」



 『――助けられなかった――』



 「私は……誰一人……復讐(ふくしゅう)から救う事が出来なかった……」


 「私は(みじ)め……」


 「私は孤独……」


 「私は……絶望……」



 「――!!」


 「――ちゃん――!」


 「――希海ちゃん――!!」


 恐怖に歪む希海の瞳に小百合の顔が映し出される。 必死に希海に呼びかける小百合の瞳には涙が(あふ)れている。

 

 「大丈夫、大丈夫だからっ!! 私がいる! 皆いるから落ち着いて――!!」


 しかし、小百合の懸命(けんめい)な呼びかけにも希海は(こた)えなかった。 彼女の美しかった銀色の瞳は灰色に(にご)り、その身体には瘴気(しょうき)のような黒い影が沸き立った。


 「……ハハハ……」


 「……アハ……アハハハハ……!!」



 ――



 乾いた少女の笑い声が空に響き渡った。


 「なっ……なんだ? ……この空の色……?」


 先ほどまで青空が広がっていたはずの空が、血のような真っ赤な空に変わっている……。

 流れる雲はまるで血溜(ちだ)まりのようである。 その雲からシトシトと赤い雨が降り注ぐと、雨は地に倒れたアム・セグラ人達の血の叫びに応えた。


 「――シネ――」


 ピタリと笑いを止めた希海の身体から真っ黒い影が放射状に広がって行く……。 そして、赤い雨に打たれたアム・セグラ人達の死体を(おお)うと、次々と彼等を現世に(よみがえ)らせた。


 小百合はその不気味な光景に息を呑んだ。


 「……こ、コイツら……鬼じゃない……?」


 (い、伊奈(いな)様に……伊奈様に助けを……)


 アム・セグラ人達の遺体は影のように黒くフラフラと(たたず)んでいる。 そして、真っ赤な空を見上げて怨念(おんねん)慈雨(じう)をその身に浴びると、不快な音を立てながら稲妻のような早さで動き回り、まるで踊るように周囲の者達に襲いかかった!


 「――キャァ!」


 咲亜矢の目の前に突然真っ黒い人影が現れた。 影が咲亜矢の首を目がけて手刀を振り上げようとしたその時、小百合が咲亜矢の間に入り、影を思い切り蹴り飛ばした。


 「サーヤ、私の背中に(つか)まって!」


 次々と襲いかかる影を異常な脚力で蹴り飛ばしていく小百合。 影は小百合に吹き飛ばされると、近くにいた保守派の一人の首を()ね、血しぶきが舞う身体と共に闇へ取り込んだ。



 「――バケモノだ――!!」



 拘置所周辺は大混乱に(おちい)った。 彼方(かなた)に見える空は澄み渡った青い空。 拘置所(こうちしょ)上空だけが真っ赤な血の空に染まっている。

 警察、軍、保守派、アム・セグラ人……。 彼等は次々と正体不明の影に首を刎ねられ、まるで重油のような真っ黒い血を吹き出して絶命し、ウネウネと奇妙な動きをする人型の影に取り込まれた。

 

 『グニャリ、グニャリ』と腰を折りながら、手を振りながら跳び回る(おぞ)ましい影の集団。 『ボタ、ボタ』と身体から黒い液体を垂れ流しながら、何やら聞き取れない小声をブツブツ(つぶや)いている。

 顔は細長く、輪郭の無いまるで“枝”のような姿をした怪物。 ドクドクと身体全体を鼓動(こどう)させる度に身体のあちこちが膨張(ぼうちょう)し『ボフ、ボフ』と破裂を繰り返し、醜悪な泥のような液体をバラ撒いた。


 「――希海ちゃんは――!?」


 襲いかかる影をいなしながら、小百合は希海を必死に探す。 小百合の背中には咲亜矢がしがみつき、顔を伏せて震えている。

 大地から次々と湧き出てくるボウフラのような影。 小百合が目の前の影に気を取られた隙に、影の一体が咲亜矢の背中に触れようとした。


 「咲亜矢――!?」


 影が咲亜矢の背中に触れようとした瞬間、何者かが影を殴り飛ばした。


 「――小百合、お前は希海を追え!」


 小百合の背後に現れたのは『細木一翔(ほそきかずと)』であった。


 「細木君、アリガト! 希海ちゃんは――!?」


 「希海は例のアム・セグラ人のいる場所へ行った! お嬢様もそこへ行くはずだ!」


 細木は湧き出る影を機関銃で散らしながら、小百合に向かって叫んだ。


 「――えっ!? でも、どこの場所か分からない……」


 困惑する小百合を尻目(しりめ)に細木は(うごめ)く影に回し蹴りを喰らわすと、小百合の背中にしがみ付く咲亜矢を引き離した。


 「さ、咲亜矢――!?」


 「心配するな! コイツは俺が守る! 意識を集中すればこの場所以外に違和感のある場所が何処(どこ)か分かるはずだ!

 

 希海はそこに向かっているはず!」


 「そ、そんな事言ったって……」


 小百合には細木のような能力は無かった。 それにこんな状況で意識を集中することなど、小百合には出来なかった。


 小百合が動揺して右往左往(うおうさおう)していると、何処(どこ)からともなく猫の鳴き声が聞こえてきた。


 「――ニャァ!」


 「えっ? ね、猫――!?」


 彼女の目の前に、いつの間にか黒猫が姿を見せていた。


 「アオーン!」


 唖然(あぜん)とする小百合の前で黒猫は一声叫ぶと、飛ぶように西へ向かって走り出した。 その様子は小百合に「付いて来て!」と言っているように思えた。


 「分かった! 細木君、咲亜矢を頼んだよ!」


 咲亜矢は細木に抱かれながら不安げな様子で小百合を見つめている。 小百合はそんな友人を安心させる為に「大丈夫! 彼はきっとサーヤを護ってくれるから!」と目配せをして細木に目を移した。


 「おう、心配するな! 俺が必ずコイツを護る! お嬢様が来るまでの間、希海を頼んだぞ!」


 小百合の無言の目配せに細木が答える。 小百合は彼の返事に頷くと後ろを振り向いた。 黒猫は立ち止まって小百合が来るのを待っているようだ。


 「今行くわ!」


 小百合は疾風(しっぷう)のように真っ黒い地を駆け出し、黒猫の許へ急いだ。


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