奸策
藤川咲亜矢の話では、この町のアム・セグラ人達がイグニスと共に拘置所を襲撃し、イグニスの家族を殺害した犯人達を拉致しようとしているとの事であった。
すでに町のアム・セグラ人達はキナ臭い動きをしていた。 彼等の保護区に指定されたエリアに建つ『アム・セグラ会館』の駐車場では物々しい軍用車が複数停車しており、アム・セグラ人達がいそいそと鉄の箱に入った“如何わしい何か”を積み込んでいた。
一部の住民は不穏な動きをしているアム・セグラ人達を警戒し始めていた。 一方、町の警官は咲亜矢からのタレコミで、住民より先んじてアム・セグラ人達の不審な動きを把握していた。
「住民が騒ぎ出すと面倒くせぇな……」
警官は住民達が騒ぎ出す前に、彼等のリーダーを自称する“ヒゲ親父”と呼ばれるアム・セグラ人に会い、コソコソ怪しげな動きをしている理由を問い質した。
――
警官はアム・セグラ会館へ出向き、駐車場に停車している数台の軍用車の車内を見せるようヒゲ親父に命じた。
「アム・セグラの誇りにかけて見せるわけにはいかん!」
そう豪語して車内を見せようとしないヒゲ親父。
『どうせ、車内に銃や鉄パイプでも積み込んでいるに違いない』
警官はヒゲ親父のあからさまな拒否反応からそう直感し、全ての車から荷物を外へ出すようヒゲ親父にお願いした。
穏やかな日差しが射し込む駐車場――スズメの楽しそうな歌声に混じって『ボスッ、ボスッ』と無慈悲な暴力の音が響き渡る。
「……」
「……こ、これで全部でやんす……」
涙目で警官に向かって呟くヒゲ親父。 自慢のターバンは破かれ、四角い顔はパンパンに腫れ上がっている。
「おい、まだ残ってんだろう、コノヤロウ。
早く出せ、コノヤロウ。
殺すぞ、コノヤロウ」
平然とした顔でヒゲ親父の尻を蹴り続ける暴力警官。 ヒゲ親父は「――ぃで、痛だぃぃ!」と言葉にならない悲鳴を上げながら、死に物狂いで車内の荷物を全部出した。
「……こ、これで全部でやんす……」
警官は最後にヒゲ親父の頭を『ペチン!』と引っ叩いて労をねぎらうと、外に出された荷物を一つ一つ確認をした。 ところが、意外な事に怪しげな鉄の箱には無線機やら拡声器しか入っておらず、他の箱を開けて調べてみても武器らしい物は見当らなかった。
ヒゲ親父の話では「拘置所の前で抗議活動を実施する予定でやんす」との事であり、警察署にも抗議活動を行なう旨を申告しているのだと言う。 確かに彼の言葉通り、鉄の箱の他に『アム・セグラ人への差別を無くせ!』という横断幕と『殺人犯は死刑に!』と書かれた大量のチラシも積まれていた……。
「……ふーん。 まあ、拘置所にカチコミ入れる訳ではねぇみてーだな。 しかし、いくら抗議なんかしたって人殺しをテメエらに引き渡す訳ねぇべよ」
警官は素っ気なくヒゲ親父にそう言うと、ヒゲ親父は「そりゃ、アッシだって分かってるでやんす、お巡りさん」と酷く怯えた様子で自慢の口ヒゲを元気無く垂らしながら警官に弁解した。
「アッシ等は殺人犯に復讐をしようだなんて思っちゃいませんよ! 殺人犯が日本人だからと言って減刑などしないで、アッシ等の“家族”を殺した犯人に対して正当な裁きをして欲しいと願っているだけでやんす!」
よっぽど警官が怖いのだろう。 同胞と話しをする時は虚勢を張って居丈高な話し方をするヒゲ親父も、この時ばかりはまるで折助のような話し方に変わっていた。
「ふーん、まあいいや。 抗議活動するのは良いが、あまり近所に迷惑かけるなよ」
「へい! 分かっておりやす」
警官は当てが外れた事に首を傾げ、仏頂面でヒゲ親父にそう告げると背中を向けた。
(やっと、帰りやがるか……)
ヒゲ親父がホッと胸をなで下ろした瞬間――再び警官が振り返り、ヒゲ親父の四角い顔を睨み付けた。
「ヒッ! な、何でやんすか? まだ何か……?」
狼狽した様子で両手を前に突っ張り、怯えるヒゲ親父。
「お前ら、もう咲亜矢は狙ってねぇだろうな?」
「そ、そりゃ……もちろんでやんす!」
警官は藤川咲亜矢とは旧知の仲であった。 彼女が高校時代にアム・セグラ人達から狙われた時に匿っていたのがこの警官であったのだ。
アム・セグラ人達は日本人の赤ん坊を産もうとした咲亜矢を“裏切り者”として殺害しようとした。 ところが、アム・セグラ人達は咲亜矢を保護したこの警官によって一瞬で制圧されたのだ。
たった一人の警官に百人近い仲間達をあっという間に叩きのめされ意気消沈したアム・セグラ人達は、それ以降、咲亜矢には一切手を出さなくなったのである。
したがって、咲亜矢と町のアム・セグラ人達は決して良い関係ではなかった。 アム・セグラ人達は咲亜矢が未だ“バケモノ警官”に護られている事を知っているし、咲亜矢も未だ同胞達が日本人の子を産んだ自分を恨んでいるという事を知っていた。
(……うーん。 何かコイツら怪しいんだよな)
警官は咲亜矢と同胞達の険悪な関係を鑑みて、何故、彼等が咲亜矢にわざわざ『拘置所を襲撃して犯人達に復讐をする』という情報を流したのか理解出来なかった。
警官が不審そうな顔でヒゲ親父を睨んでいると、ヒゲ親父はその卑劣な第六感をもって警官の心の中を見抜き、意外な弁解を口走った。
「へへっ、もう咲亜矢とアッシ等は仲直りしたんでやんす。 いつまでも同胞同士がいがみ合っていてもしょうがないでやんす。
でも、咲亜矢には今回の抗議活動に参加するよう伝えていないでやんす。
抗議活動には“体力”がいるでやんす。 幼い子供がいる咲亜矢の為に負担は掛けたくないという“親心”でやんすよ……」
ヒゲ親父の話を聞いて警官は思った。
(……成る程、そもそも咲亜矢は『拘置所前で抗議活動をする』という情報すら知らなかった。 アイツはネットか何かで『アム・セグラ人達が拘置所を襲撃する』という情報を耳にして、その情報を鵜呑みにして俺に伝えたのか……)
咲亜矢はウワサ話を真しやかに語る悪いクセがある。 警官は『もしかしたら咲亜矢の情報が誤りで、アム・セグラ人達は本当に拘置所前で抗議活動をするだけではないか?』と思ってしまった。
「……ふーん。 お前のクセに殊勝な心掛けだな。 まあ、せいぜい抗議活動頑張れや」
警官は一抹の疑念を抱きつつもヒゲ親父の言葉に納得し、アム・セグラ会館を後にしたのであった。
――
「この神聖な抗議活動には全国のアム・セグラ人も多数集結するのだ。 我々アム・セグラ人における今世紀最大の“聖戦”になるのである!」
駅前でチラシを配っていたアム・セグラ人はこう言って大風呂敷を広げ、ついでに鼻の穴も広げていた。
「――そんな訳無いじゃない! アイツらパチこきくさって、腹かくな!」
希海はアム・セグラ人が配っているチラシを受け取るや否や、憤然とそのチラシを破り捨てた。
『アム・セグラ人への差別を反対する集会に、ご協力ください』
希海によってビリビリに破かれたチラシには、イグニスの顔写真と共に彼の家族が差別主義者達に殺された凄惨な事件の内容が記述されており、末尾にはこう結ばれていた。
『来たる某日にアム・セグラの民一万人が拘置所を取り囲み、誠実なアム・セグラ人の家族を惨殺した日本人達に対する厳罰を求め、抗議します。 ――詳しくは裏面にて――』
チラシを裏返してみると、確かに抗議集会の会場として拘置所の案内図が申し訳程度に載っていた。 だが、それよりもデカデカと記載された標語の方が目に付いた。
『――差別の無い平和な日本を――』
“売国議員”と揶揄されていた政治家の顔写真が載っていなければ、この美しい標語も胡散臭いプロパガンダとは思われなかったかも知れない。 “悪代官”のような顔をした政治家の写真がチラシの全てを台無しにしていた。
咲亜矢はチラシを見て「ウソっぱちだ」と指弾した。 抗議などではない。 一方的に拘置所を襲撃して犯人達を拉致する目的に違い無いと断定し、小百合と希海も彼女の話を信用した。
「――ってことで、“ヒゲジジイ”共は三日後に拘置所を襲撃するつもりだヨ。 義父には一応言っておいたから、警察や軍も警戒すると思うけど」
咲亜矢が『パパ』と呼んでいる者は、例の暴力警官であった。 彼は咲亜矢の話しを半信半疑で聞いてはいたが、念の為警察本部と軍に警戒するように伝えていた。
最近のアム・セグラ人の動向に不信感を持っていた右寄りの警察本部と軍は警官の話を信用し、すでに拘置所へ人員を配置し始めていた。 彼等の意識が俄然拘置所へ集まったのである。
「小百合お姉ちゃん! 私が拘置所へ行くから、お姉ちゃんは此処で待ってて!」
希海は一人で拘置所へ行って、イグニス以下アム・セグラ人達の暴挙を阻止するつもりのようだ。 ところが、小百合は希海の主張に反対した。 彼女は希海の心遣いに気が付いていたのである。
「希海ちゃん、気を遣わなくても大丈夫。 私はあの場所に何の後ろめたさも感じてないわ」
拘置所は小百合が実の父親を撲殺した復讐の地……。 希海は小百合に忌まわしい過去を思い出して欲しく無かったので、自分一人で拘置所へ行こうとしていたのだ。
「小百合お姉ちゃん……。
……分かったわ。 一緒に行きましょう」
希海は銀色の瞳を真っ直ぐ見据え、小百合の決意に応えた。
「――うー! 何か緊張する! たぶん、同胞等が拘置所を襲撃すれば警察や軍だけじゃなく、同胞等の事ムカついている過激派連中も来るはずだヨ!
こりゃ、かなり大事になりそうだヨ……」
希海の真剣な瞳に感化されたのか、咲亜矢が肩を竦ませ『ブルッ』と震えた。
「邪魔者はイグニス達だけじゃないわ。 日本人の過激派連中にも気を付けないとね」
小百合がそう警告すると希海も「うん」と頷いた。 仲間の仇を討とうとするアム・セグラの民達と、仲間を護ろうとする過激派連中との衝突は警察と軍を巻き込めば、大規模な内戦へ発展する可能性だってある。
事態はにわかに緊迫した様相を呈して来た。




