コンビニ前
「おう、兄ちゃん。 何見てんだ、コラ」
コンビニにたむろする五人の若者達。 金髪でツーブロックの髪型をしたタンクトップ姿の男や、パンチパーマのゴリラ顔をした大男がガニ股で地べたに座り込んでいる。
彼等は店の入口近くの駐車場の車止めを中心に輪をつくり、客を威嚇していた。 店の店長は警察を呼んだが、警察も度重なる通報に嫌気がさして中々来なかった。
そんな彼等の前に木佐貫蒼汰が立ち竦んでいた。 蒼汰は白髪白髭の老紳士『榊原』に背中を押され、彼等の前へ押し出されたのであった……。
「あっ、いや……えへへ……」
気まずい雰囲気に愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとする蒼汰であったが、背後から放たれた榊原の挑発に若者達が激昂する事となった。
「あぁ? お前らクズ共を掃除しに来たんだよ。 店先に散らかるゴミはキレイにしないとお客様が気持ち良く来店出来ねぇだろ、馬鹿野郎!」
「あんだと!? コラ、テメェ!」
この寒空の中、赤いタンクトップを着た金髪男がのっそりと立ち上がる。 身長は180センチを超えているだろうか……。 怯える蒼汰に鋭い目線を飛ばすと、ゴリラのような若者とその取り巻きの連中も一緒になって立ち上がった。
「いや、僕が言ったわけじゃ……」
男達の立ち上がる様子が妙にゆっくりしているように思い、違和感を覚えた蒼汰。 だが、彼等の鋭い目線に圧倒されそれどころではない。 蒼汰は「自分が言った訳では無い」と両手を前に突き出し、慌てて釈明しようとした。
ところが、榊原が背後からまたしても若者達を挑発する声を投げつけた。
「おい、クズ共! あんまり調子に乗ってると、中身の無ぇテメエらの頭、ぶっ潰すぞ!」
「何なんだ、テメェは! いきなりシャシャリ出て来たかと思ったら、ヒトに喧嘩売りやがって、この野郎!」
まるで蒼汰が挑発したかと言わんばかりに背後の榊原を無視して食ってかかる若者達。 彼等の動きは妙に緩慢でノソノソと散歩する牛のようだ。 彼等はようやく蒼汰に近づくと、目の前でメンチを切りながら蒼汰の顔をなめ回すように眺めだした。
「ペッ――!」
すると、突然、金髪のタンクトップ男が蒼汰の顔を目がけてツバを吐きかけた。 蒼汰は驚いて一瞬目を瞑ったが、再び目を開けると吐き出されたツバはまだ彼の眼前に迫ってきている途中であった……。
「――!? 何だ、この感覚?」
蒼汰は男から吐き出されたツバをヒョイと避けた。
「――!? テメェ、舐めくさりやがって!」
ツバをアッサリ避けられた男は激怒し、蒼汰へ殴りかかった。 (悪人共は舐めるのは好きだが、舐められるのは嫌いである。 恐らく、自分の顔が汚いから舐めて欲しく無いのだろう。 意外と他人思いの奴らである)
「うゎ、止めろ――!」
蒼汰は拳を振り上げる男を見ると再び目を瞑った。 だが、一向に男に殴られる気配は無い……。
仕方なく再び目を開けると、何だか時が止まったように男の拳はまだ蒼汰の顔面をめがけて伸びて来ている最中であった。
「ホラッ、ボサッとしてないで早く避けなさい!」
後ろから榊原の声が聞こえてきた。 蒼汰はその声に従ってゆっくりと拳を避けると、次の行動に手持ち無沙汰を感じ、とりあえず男の頭をポカリと殴ろうとした――。
「――馬鹿者!」
ところが、蒼汰が男を殴ろうとした腕を榊原が後ろから掴みあげた。 そして、榊原は蒼汰の代わりに男の腹を軽く足蹴りした。
「ギャァッ!!」
すると、男はまるで車にでも衝突されたかのように盛大に吹き飛び、コンビニのガラスを突き破った!
「あっ……ああ……」
雑誌コーナーの窓を突き破った金髪男は、エロ雑誌を抱きながらしばしの眠りについた。
「お、おい、ケンちゃん――!?」
一瞬の出来事に金髪男の仲間達も動揺し、ゴリラ男の背後にいた三人の若者は金髪男の傍へ慌てて駆け寄って行った。
仲間を蹴り飛ばされたゴリラ男は逞しい胸をせり上げて蒼汰を威嚇したかと思うと、おもむろにズボンのポケットから折りたたみナイフを取り出した。
「テメェ、ぶっ殺してやる!」
痩せこけたサラリーマン風の男に舐められた挙げ句、仲間を吹き飛ばされたゴリラ男はその瞳に殺意の怒りを宿して、蒼汰を睨み付けながらナイフを向けた。
「ひっ……」
ナイフの切っ先から放たれる鈍い光を目の当たりにし、蒼汰は思わず叫び声を上げて逃げ出そうとする。 ところが、後ろに引き下がろうとする蒼汰の背後を壁のように阻む榊原のせいで逃げる事が出来ない。
「蒼汰君、そのナイフに刺されるのです」
「うぇぇ!? アンタ、何言ってんだ!?」
狼狽える蒼汰を羽交い締めにした榊原は、ゴリラ男を挑発する。
「おい、クソガキ! テメェなんぞにオレを殺れると思ってんのか? ひ弱のマザコンがヒトを殺す度胸もねぇクセに、デカい口叩いてんじゃねぇぞ!」
どうやら、ゴリラ男には榊原の姿が見えないようだ。 男は挑発の言葉を蒼汰が言い放ったのだと勘違いし、顔を真っ赤にしてマントヒヒの形相で歯をむき出しにした。
「上等だ、この野郎! ぶっ殺したらぁ!」
ナイフを突き出して蒼汰へ突進するゴリラ男……。 蒼汰はまるで走馬灯でも見るかのようにスローモーションで自分の腹に突き刺さろうとするナイフをただ見守るしかなかった。
そして、ナイフの切っ先が自分の腹に届いた時、蒼汰は割れんばかりの悲鳴を上げようと天を仰いだ。
「ギャァァ――って……えっ……?」
ところが、ナイフは蒼汰の腹に突き刺さらず、腹の手前で止まってしまっていた……。 何だかくすぐったい痒みが腹から伝わってきただけで、全くの無傷であったのだ。
「――!? こ、この野郎――!」
ナイフで腹を突き刺すことが出来なかったゴリラ男は、一瞬狼狽えた。 しかし、舐められたくないという思いが強いのか、諦めずに何度もナイフを突き刺した。 腹だけで無く、顔、足、股間……あらゆる箇所をナイフで貫こうと懸命に努力をするが、無情にもナイフは蒼汰の身体を貫く事が出来ず、やがてゴリラ男は息を切らしながらへこたれてしまった。
「……奴さん、もうお疲れのようですね。 それでは蒼汰君、今度は彼の頭のチョンと撫でるように叩くのです。 ホコリをそっと払うように……。 決して力を入れてはいけませんよ」
滝のような汗を流しながら膝をついているゴリラ男。 運動不足も甚だしいその様子からすでに戦意は失われているようだった。 蒼汰はそんなゴリラ男の前に立ち塞がると、榊原の言うとおり、なるべく力を入れずにゴリラ男の頭を叩いた。
『バッチン――!!』
「あっ……あぁ……」
ゴリラ男の頭に凄まじい衝撃が伝わると、彼は気を失ってそのまま路上へ倒れ込んだ……。 すると、その様子に気が付いた三人の仲間達が「アニキ――!!」という悲鳴のような大声を上げた。 三人は金髪男をそっちのけにして再びゴリラ男の傍へ駆け寄ってきた。
「どうします? まだ自分の力が信じられないようなら、三人共懲らしめてしまいましょうか?」
榊原が後ろから囁くと、蒼汰は「いえ、それには及びません」と言って、昏倒しているゴリラ男が握りしめているナイフを手に取った。
「なっ、何だテメェ! や、やんのかコラァ!」
怯えた表情を隠さずに、ゴリラ男の後輩と思われる坊主頭がファイティングポーズを取る。 すると、彼に習って残りの二人もガクガクと膝を震わせたままファイティングポーズを取った。
「もうこれ以上、弱い者いじめをするつもりはありません」
蒼汰は三人の様子を一瞥すると、背後の榊原にそう告げた。 そして、何を思ったのか手に取ったナイフの刃を思い切り握りしめた!
「うっ、うぇぇ――!?」
刃を素手で握りしめる蒼汰の狂気に腰を抜かす三人の若者……。 刃を握りしめた手は血の一滴も流れはせず、代わりに砕け散った刃の破片をポロポロとこぼれ落としていった……。
握りしめた拳からナイフの破片がこぼれ落ちてくる様を唖然とした様子で見つめる三人の若者達。 彼等は蒼汰の次に放たれた言葉で、腰を抜かしてへたり込んでしまった……。
「 殺すぞ 」
その一言は若者達の間でよく使われる言葉の一つであった。 悪人共にはごくありふれた言葉。 だが、蒼汰の言葉には若者達を慄然とさせる恐ろしい威圧感を放っていた。
そして若者達が見た蒼汰の目……。 その瞳はこの場にいる全ての者を恨み、憎しみ、虐殺せんとする闇より暗い漆黒の瞳であった。
三人の若者はそのまま失禁をし、泡を吹いて昏倒してしまった……。




