捜索
今から10年前、高橋昇は国民的な人気アイドル歌手であった。 『SHO』という名で女性にも男性にも人気があった高橋。 誰にでも優しく、困っている人は率先して手を差し伸べるという絵に描いたような好男子。 女手一つで自分を育ててくれた母親に対する感謝を忘れず、歌手として成功しても奢る事無く母親孝行をする高橋の姿に、多くのファンが支持していた。
そんな順風満帆だった昇は、ある日突如として奈落の底へ突き落とされた。 彼はある殺人事件の犯人として警察に逮捕されてしまったのだ。
その事件は彼が犯した罪ではなかった。 彼は濡れ衣を着せられ、覚えも知らずに手錠を掛けられ、侮辱され、罵倒されたのである。
ファンの為、仲間の為に必死に芸能界で頑張ってきた昇は、何者かの奸策によって一瞬のうちに芸能界から追放された。
仄暗い穴の中で必死に助けを求めても、かつての仲間は冷然とした視線を向けるだけで手を差し伸べるどころか、彼に石を投げつけた。
「俺達はお前を信じてたんだ! この裏切り者が!」
仲間達は昇を罵った。 昇は必死に誤解を解こうと弁明を繰り返したが、誰も彼を信じる事は無かった。
「裏切り者! 人殺し! 人間のクズ!」
戦慄の殺人犯として仕立て上げられた昇は、ファンやメディア、仲間達から見放された。 彼は失意のまま有罪となり、刑務所へ収監された。
刑務所での生活は彼にとって地獄であった。
壮絶な虐め、臭い飯……。 罪を犯した訳でもなく、何も悪い事をしていないにも拘わらず繰り返される非人間的な仕打ち。
だが、それでも彼は誰も恨まなかった。 彼の傍にはいつも母親がいたからだ。
母子家庭で育った昇は、母を尊敬し、愛していた。
「いつか自分が母さんを楽にして上げたい」
そう思って、自分の端正な容姿を武器に芸能界へ飛び込んだ。 母はそんな息子が自慢であった。
母は息子を信じていた。
「昇がそんな事をするはずがない」
そう信じて、刑務所の中で絶望の日々を送る息子を励まし続けた。
「ゴメン、母さん……」
面会室に現れる度に痩せ細っている母親の姿に唇を噛む昇。 母は『殺人犯の息子』だと世間から後ろ指をさされ、仕事はクビになった。 それでも母は息子と再び生活する事を夢見て必死に働いた。
しかし、現実は非情であった。
母は昇が出所する間際、病に倒れた。 そして、息子との生活を夢見たまま帰らぬ人となった。
「……俺は……憎い!」
昇は自分を罠に嵌め、陥れ、意地悪い笑みを浮かべている何者かを深く恨んだ。 悪魔の奸策を弄し、人を不幸ならしめ、富と栄光を手に入れようとする何者かに憎悪の炎を燃え上がらせた。
「誰だかは分からない。 だが、のうのうと暮らして居られると思うな! 俺は必ずキサマが誰か調べ上げ、キサマの家族を殺し、キサマの幸福を奪ってやる!」
昇はそう誓い、凄まじい怨念を全身に滾らせた。
昇が放った憎悪の波動。 その異常な波動は昇に嫉妬し、彼を憎んでいた者の身体を貫いた。
「あぁ? 何か、最近調子悪いな……」
邪悪な呪術を用いて昇を凶悪な殺人犯へ仕立て上げ、芸能界から追放する事に成功した大城祐二。 彼は昇が刑務所にいる間、この世の春を謳歌していた。
ところが、昇が出所した時の僅かな間、祐二は原因不明の体調不良に襲われた。 この瞬間から自分がいずれ鬼となる事など露知らず……。
高橋昇は刑務所を出所した後、行方不明となった。 息子の帰りを待ち続けた母の遺骨と共に。
『高橋昇は今も自分を貶めた犯人を憎んでいるのだろうか?』
高橋の消息を掴んだ篠木希海と大城真裕は、彼が住んでいる東北の港町へ到着した。
――
東北の沿岸部では数年前に大規模な災害が発生し、多くの人々が亡くなった。 今も災害の爪痕が残っており、遅々として進まない復興の為に篤志家達が協力を続けていたが、彼等の努力は腹黒い政治家達の肥やしとなるだけであった。
希海と真裕は電車を乗り継いでようやく港町へ到着した。 鉄骨造りの小さな駅の改札を出た希海は、目の前に広がる町の光景に目を丸くした。
「へぇ……。 意外と活気があるのね」
朽ち果てた木造家屋や横倒しになったビルが点在する町では、多くの人々が土まみれになって土木作業に勤しんでいた。
「中々復興が進まないなんてニュースで見たけど、皆頑張って復興を進めているんだね」
真裕は希海の手を繋ぐと、嬉しそうに道行く人々の元気そうな姿を眺めていた。
高橋昇が住んでいるというアパートは、町の外れにあった。 住所は伊奈に教えて貰っていた。 だが、高橋がどんな姿をしているのか、どういう生活を送っているのかは伊奈に教えて貰えなかった。
『希海、貴方が高橋に会って今の彼がどういう状況かその目で確かめなさい』
希海は伊奈に頭を撫でられながら言われた言葉を思い出した。
「取りあえず、高橋が住んでいるアパートまで行ってみましょう」
二人は高橋の自宅を目指し、ゆっくりと道路を歩き出した。 真裕のペースに合わせると、高橋の自宅まで二時間以上はかかるだろう。 希海はいっその事真裕を負ぶって走ろうかと思ったが、友達との旅を出来るだけ長く楽しみたいという思いもあって、そのまま真裕の手を繋ぎながら仲良く歩き続けた。
――
二人が一時間ほど歩き続けていると、道路脇で露天を開いている老人と出会った。 浅黒い肌で辛うじて白髪が残っている痩せ細った老人は、二人を見ると嬉しそうに手招きをした。
老人はリアカーに大量の干物を積んでおり、値札を立てて売っていた。 老人は二人に「干物を一つ買ってくれんか?」と頼んで来たのであった。
「わぁ、美味しそう!」
真裕も歩き疲れているようなので「ここで少し休憩しよう」と思った希海は、伊奈から貰ったお小遣いで魚の干物を一つ買い、真裕と二人で仲良く干物を頬張った。
「美味しい♪ ……でも、こんなに美味しいのに何で全然売れないの?」
希海は干物を頬張りながら老人に向って首を傾げると、老人は干物が売れない悲しい理由を語り出した。
この辺りの海は災害によって生活排水が海に流れ込み、海が汚染されたという悲劇があった。 幸い、化学物質を含んだ工場排水の流出は抑えることが出来たが、心ないデマによって水銀やら放射性物質やらが海へ流れ込んだと噂されるようになり、町で採れた魚は一切売れなくなってしまった。 漁業を生業としていた住民は魚が売れなければ生活することが出来ない。 災害復興が遅々として進まないのは、住民が貧困から抜け出せない事も大きな理由であった。
町は窮状を国に訴えた。 だが、国はそんな貧困に喘ぐ町が救済を求めても「善処する」との一点張りで、一向に手を差し伸べるなどしなかった。 時々、大臣を名乗る偉そうなジジイが小綺麗な革靴で視察へやって来ても、泥濘んだ土に足を踏み入れる事を嫌ってか、町の様子を一瞥するだけでそそくさと東京へ帰っていく始末であり、国は復興に何の協力をしなかった。
「むぅ……。 ムカつく奴らね! 今度ソイツ等が来たら、私がボコくらして追い返してやるわ!」
老人の話しを聞いた希海は目を三角にさせてイキリ立つ。 真裕は「可哀想……」と町の窮状に同情し、涙を浮かべていた。
「おいちゃん、アリガト! 美味しかったわ!」
一つだけ買うつもりだった干物を三つも買って、すっかり食べ尽くしてしまった希海。 あまり休憩していると日が暮れてしまうので、そろそろ出発しようと老人にお礼を言って立ち去ろうとした。
すると、老人は二人を呼び止めるように声を掛けた。
「金髪のお嬢さん、アンタ外人さんだべ?」
老人は希海の日本人離れした容姿から、彼女を外国人だと思っていたようだ。
「違うわよ。 ジイちゃんが外国人だったの。 こう見えても九州出身なんだから」
「ほう、確かに東京モンとは違ごて、いぎなり訛ってんな」
希海はやはり聞く人によっては方言の訛りが残っているようだ。 彼女は老人に訛りを指摘されても恥ずかしがる様子も無く「当たり前よ」と返事をした。 すると、老人は「隣のお嬢さんは東京モンだべ?」と今度は真裕に向って問いかけた。
「は、はい……」
真裕は恥ずかしそうに手で眼鏡を触れながら老人に答えた。 老人は自分の予想が当たった事を喜んだのか「ほう、ほう、やっぱし、そうだで思ったわい」と『カラカラ』と喉を鳴らして笑った。
「この町にゃ、東京モンが住んどるからの。 お嬢さんの顔を見ですぐ分かったわい」
老人がそう言うと、希海と真裕は互いに顔を見合わせて老人に問いかけた。
「その東京モンって高橋昇の事?」
「ああ、お嬢さん、高橋さんに会いに来たんだべか? それなら、今来た道を戻らんと……。 高橋さんなら駅の近くで、ガラ運んでるはずだ」
「ええっ!? 復興作業をしていた人達の中にいたの!?」
希海と真裕は目を見開いて、再び顔を見合わせた。
「仕方無いわね。 それじゃ、駅へ戻るしかないか……」
ここまで来たならわざわざ戻る必要などないだろう。 高橋が住むアパートの前で待っていれば彼はいずれ自宅へ帰ってくるはずだ。
真裕が希海にそう主張すると、彼女は真裕が疲れているからそんな事を言うんだろうと勘違いし「心配いらないわ」とニッコリ笑みを浮かべた。
「私が負ぶってあげるから一緒に戻りましょう!」
「えっ、いや……いいよ、希海さん。 大丈夫だって!」
希海の申し出に躊躇する真裕に対し、希海は「まあ、いいから♪」と真裕を抱き上げた。
「――ひゃ――!」
希海に抱きかかえられ顔を赤くする真裕。 希海はそんな真裕に「ニシシ」と笑顔を見せると、老人に目を遣って礼を言った。
「じゃあね、おいちゃん! 魚の干物、美味しかったわ!」
漁師が「おお――」と希海の礼に答える間もなく、希海はまるでその場から消えるように砂煙を上げると、あっという間に歩いて来た道を駆けて行った。
「ほぉ! 九州のお嬢さんはエライ力持ちよのぅ……」
老人は口を開けたまま、あっという間に遠ざかる希海の背中を眺めていた。




