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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
呪いの陥穽

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穢れた聖域


 書斎(しょさい)のドアには鍵が掛っていた。 真琴(まこと)の話では鍵は祐二(ゆうじ)しか持っていないとの事で、彼女と娘も書斎に入る事が許されなかった。


 「どうしましょう?」


 ドアの前に立つ榊原(さかきばら)に心配そうな眼差(まなざ)しを向けている真琴。 『夫が帰ってくるのを待つしかないのか』と思うと、(ひど)憂鬱(ゆううつ)な気分になった。


 「ドアを破壊して構いませんか?」


 「えっ!?」


 真琴は榊原の予想外の言葉に戸惑(とまど)った。 唖然(あぜん)とする真琴に対し、榊原は再び「ドアを壊してよろしいでしょうか?」と丁寧に問いかけた。


 「す、少し考えさせて……」


 大城祐二は卑怯(ひきょう)であり、臆病(おくびょう)であるが、もともと温厚な性格である。 だからこそ、酒に(おぼ)れて暴力を振るうようになった祐二の変貌(へんぼう)に真琴と娘は狼狽(ろうばい)したのである。

 したがって、“しらふ”の時の祐二であれば、リビングの引戸が破壊されたところで真琴を怒りはしないだろう。 もちろん「何が起こったのか?」くらいは聞くにしてもだ。

 だが、書斎のドアとなれば話しが別である。 祐二にとって書斎は誰の侵入も許さない“聖域”である。 聖域の入口が破壊されれば、彼は間違いなく激怒するだろう。 酒を飲んでいなくても。

 真琴は鬼のように怒り狂って暴力を振るう夫の姿を想像し、しばらく書斎のドアを壊すことを躊躇(ちゅうちょ)した。


 すると、榊原は真琴へ歩み寄り、矢庭(やにわ)に彼女の両肩を優しく掴んだ。


 「――なっ、何でしょう!?」


 榊原に肩を掴まれ眼を白黒させる真琴。 榊原はそんな真琴の顔を見つめながら彼女にある決断を迫った。


 「大城さん、もし祐二さんが“蟲呪(こじゅ)”を用いていたとしたら、貴方とお子さんは彼の許を離れなければなりません」


 「――! ……」


 真琴は言葉に詰まった。 榊原に言われなくても、娘の為にも祐二と離婚せざるを得ない事はとうに分かっていたからである。

 ゴキブリやネズミを食べる()むべき夫。 娘はまだその(おぞ)ましい事実を知らなかったが、このままではいずれ娘にも知られてしまう……。 それに、娘は暴力を振るう父に愛想を尽かしていたし、真琴自身ももはや祐二を愛していなかった。


 (本当はもうあの人の顔を見たくない……でも……)


 夫の(そば)にいるだけで、何処(どこ)からともなくゴキブリがやって来て服の中へ入り込むのではないかという恐怖に襲われた。 夜寝ているとガサガサ音がする度に恐ろしさで目が覚める。 病院では母娘(おやこ)共々『うつ病』と診断され、精神的にももう限界であった。


 すでに真琴はずっと前から夫との離婚を考えていたのである。 しかし、彼女は復讐(ふくしゅう)に狂った夫を恐れ、その決心が中々つかなかったのだ。


 「でも……もし、私達が家を出たら、祐二さんはきっと私達を恨むはず……」


 真琴と娘が家を出れば、夫は『裏切られた』と激昂し、躍起になって二人を探すはずである。 もし、夫に見つかれば最後――自分だけでなく娘も復讐の犠牲となり、もしかしたら殺されるかも知れない……。

 真琴が恐怖に身を(すく)めると、榊原が再び真琴の肩を優しく掴んだ。


 「ご心配なさらずに。 私と希海君が祐二さんから貴方と娘さんをお護りいたします」


 榊原の瞳は真っ直ぐな()()()であった。 そこに不純の影は何処にも無い。


 「有難うございます。 私は貴方と篠木さんを信用します」


 真琴は榊原の誠実な瞳を見て安心した。 『彼と希海(のぞみ)であれば怒り狂った祐二から自分と娘をきっと守ってくれる』 そう確信して恐ろしさに震えていた身体を再び奮い立たせた。


 「ドアを……


 ドアを壊してしまって構いません」


 真琴は決心した。 祐二と離婚して娘と共に新たな人生を歩もうと。


 「ご協力、感謝します」


 榊原は真琴の肩から手を離すと、ニッコリ微笑んだ。

 ……とはいえ、彼はドアをどうやって破壊するのだろうか? 書斎のドアは他の部屋とは異なり、何故か堅固な金属製であった。 ハンマーやバールなどでも容易に破壊出来るようなものではない。


 落ち着いた様子でドアノブに手をかけてドアを開けようとする榊原。 真琴は内心「鍵が掛っているって言っているのに……」と呆れた眼差しを榊原に向けた。

 

 ――ところが――


 『バキバキ――!!』


 榊原がドアノブを回すと凄まじい破壊音が響き、あっという間にドアノブが引き千切(ちぎ)れてしまった!


 「えっ!? え……えっ……?」


 信じられない光景に言葉を失う真琴を横目に、榊原は何食わぬ様子でドアを押し開けて部屋へ入っていった。



 ――



 書斎は狭い洋間であった。

 部屋に入ると、小さな本棚と机が正面の壁に沿って置かれている様子が目に付いた。 書斎と言う割には本棚が一台しかなく、棚の中には漫画やファッション雑誌、小説といったありふれた本が並べられていた。

 机にはアイドルの写真集が乱雑に積み上げられていた。 その中には森中伊奈(もりなかいな)の写真集もあった。

 机の正面には奇妙な絵が飾られていた。 まるで食虫植物のような植物が描かれた不気味な絵画。 30センチ程度の額に収まって壁に掛っており、少し(かたむ)いている。 明らかに違和感がある飾り方だ……。


 「……何も……有りませんね」


 真琴は榊原の背中にピッタリとくっ付き、オドオドした様子で部屋を見渡している。

ジメジメとした陰気な空気が漂うフローリング張りの狭い部屋。 真琴は微かに血生臭いニオイがする事に気が付いてハンカチで鼻を覆った。

 榊原は正面に飾られている絵画に目をやると、そのまま机の前へ近づいた。 伊奈の写真集を手に取り、パラパラと流し読みする榊原。 ページを(めく)るとゴキブリの足や羽の一部がポトポトと落ちて来た。

 写真集は至る所に体液が付着しており、手垢で薄汚れていた。 どうやら、伊奈の写真集は祐二の“一番のお気に入り”のようだ。


 「まさに不徳(ふとく)(いた)すところですな」


 榊原は呆れた顔をして(つぶや)いた。 そして、欲望に穢された写真集を再び机に置くと、左側の壁に目を向けた。 左の壁際には鉄アレイが置かれている棚やバーベルが掛けられているスタンドなどが置かれており、祐二はこの部屋に籠もって筋トレと妄想(もうそう)(はげ)んでいたようだ。

 右側の壁には観葉植物が置いてあった。 “パキラ”と呼ばれる観葉植物であり、日陰でも比較的よく育つはずだが、全く世話をしていなかったのか可哀想に枯れ果ててしまっていた。


 ここで榊原はこの部屋の違和感に気が付いた。


 「大城(おおしろ)さん、この部屋の大きさは何畳でしたしょうか?」


 榊原が眉を(ひそ)めながら真琴に聞いた。


 「えっ……と、確か10畳だったと……」


 真琴の答えに首を傾げる榊原。


 「10畳にしては狭くありませんか?」


 そう言われてみるとこの部屋は確かに狭く、しかも妙な圧迫感がある。 どう見積もっても四畳半ほどの広さだろう。


 「つまり、この部屋は右側の壁で二つに仕切られているという訳ですな」


 榊原は右側の壁が仕切戸(しきりど)になっており、壁の向こうに隠し部屋があるのだろうと推測した。 ところが、榊原が壁を軽く叩いて隣に部屋があるか確認しようとした所、なんと壁が分厚い金属で造られている事が分かった。

 

 (壁がスライド式のドアにでもなっているのかと思っていたが、そうでは無いようだ。

 では、一体ヤツはどうやって隣の部屋へ入っているのか?)


 榊原はいっそのことこの壁を破壊してしまおうかと思った。 だが、わざわざ堅固な金属で部屋を仕切っている理由を考えると、嫌な予感しかしなかった……。


 「何処かに入口が……天井か?」


 天井を見上げた榊原。 ベージュのタイル張りの天井は真ん中にドーム状の照明が付いており、一見すると不審な点は見当らない。

 ところが、右側の天井には開閉式のハッチが天井の色と合わさって目立たないように設置されていた。

 

 (天井裏のダクトやパイプのメンテナンスの為に設けたものかも知れないが、やはり何かおかしい……)


 部屋の天井高は二メートルにも満たなかった。 この低すぎる天井の為、部屋全体に妙な圧迫感があったのだ。

 建築当初からこんな低い天井高であれば、明らかな違法建築である。 高級タワーマンションがそんな初歩的な手抜き工事をするなど考えられない。 すると、建物が竣工(しゅんこう)した後に入居者側が部屋の天井を低くしたと考えるのが妥当である。


 榊原は一旦書斎を出て、隣の空き部屋へ移動した。 空き部屋は物置となっており、もう一人子供が生まれたときの為に用意していた部屋であった。

 空き部屋の天井は榊原が思った通り三メートル近くあり、開放感がある明るい部屋であった。


 「なるほど、天井を二重にして通路を設け、仕切られた部屋を行き来していたのか……」


 再び書斎へ戻ってきた榊原。 真琴は榊原が一体何をしたいのか良く分からずに呆然としている。

榊原はそんな真琴を尻目にハッチの下に移動すると、突然飛び上がった。


 『――バカン――!!』


 榊原がハッチを叩き壊すと天井パネルの粉が部屋に舞い散り、金属製のハッチの残骸がドスドスと床に墜ちてきた。


 「キャァァ!」


 思わず真琴が悲鳴を上げると、真琴を怖がらせた事に詫びを入れた。


 「お騒がせして失礼しました。 恐らく何処かにハッチを開けるボタンでも付いていたのでしょうが……。 まあ、面倒なので叩き壊してしまいました」


 榊原はそう言うと、まるで翼でも生えているのかと思うくらい軽やかに飛び上がり、そのままポッカリと穴の空いた天井へ入って行った。


 「……さ、榊原さん?」


 真っ暗い壁の向こうへ行ってしまった榊原。 一人になった真琴はにわかに恐怖を感じ、早く榊原が戻ってきてくれる事を願った。


 ――10分後――


 榊原が再び天井から顔を出し、下へ降りて来た。

 彼の表情は曇っていた。 その表情から、天井の中には明らかに“不穏な物”が隠されているのだろうという事が、真琴にも感じられた。


 「さ、榊原さん……中に一体何が……?」


 不安そうな瞳を榊原に向けて恐る恐る榊原に問いかける真琴。


 「“不正(ふせい)痕跡(こんせき)”を発見しました。 やはり、大城祐二は呪術(じゅじゅつ)を用いて誰かを呪い殺そうとしていた形跡があったのです」



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