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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
呪いの陥穽

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希海の逃走

 

 都心の一等地に建つ緑豊かなタワーマンション。 最近では都心も緑地が多くなった。 恐らく、こういった“億ション”が都心の緑地化の一助となっているのだろう。

 多くの著名人(ちょめいじん)が住まうこの都会のオアシスの上層階(じょうそうかい)大城祐二(おおしろゆうじ)の自宅があった。


 大城家の住居は(うち)階段で一階と二階が(つな)がっているいわゆるメゾネットと呼ばれる部屋であった。

 一階には広いリビングとダイニング、奥にはキッチンがあった。 リビングの手前には(ふすま)を隔てて和室があり、主に来客向けに使用されていた。

 二階は夫婦の寝室と娘の部屋、そして夫専用の書斎(しょさい)があった。 夫婦の寝室と娘の部屋は六畳くらいの同程度の広さであったが、夫しか使用しない書斎は10畳もある大きな部屋であった。


 篠木希海(しのきのぞみ)榊原(さかきばら)は大城祐二の妻『真琴(まこと)』の案内で大城家を(おとず)れていた。

 二人は客間へと案内され畳の上に敷かれている座布団に座り、“異様な雰囲気”の部屋に(まゆ)(ひそ)めていた。

 

 どんよりとした空気が覆う陰気くさい客間。 何処(どこ)からともなく(ただよ)って来る魚の(くさ)ったような(にお)いが鼻をつく。 衾は所々破けており、壁には大きな穴が空いていた。 真琴の話しでは泥酔(でいすい)した祐二が暴れた際に出来た穴だという。

 (たたみ)は高級な藺草(いぐさ)を使った畳であったが、座っていると何だか(かゆ)くなってくる。 恐らくダニでも発生しているのだろう。 部屋の四隅にはネズミを駆除する為のトラップが置いてあった。

 銘木(めいぼく)で造られた贅沢(ぜいたく)なちゃぶ台には湯呑みが二つ置かれていた。 希海と榊原の為に真琴が注いだものなのか、湯呑(ゆの)みには温かい緑茶が入っていた。 しかし、二人が湯呑みに手を付けた様子は全く無い。

 それもそのはず、お茶の中には数匹の小バエが混入しており、緑色の湯船を元気に泳ぎ回って小波(さざなみ)を立てていたからである。


 「恐れながら、ずいぶん(ひど)い有様ですね」


 向かいに座る真琴に榊原が声を掛けた。 真琴は榊原の言葉に小さく頷くと、おもむろに口を開いた。


 「……半年くらい前だったと思います。 部屋にゴキブリやネズミが発生するようになったのは……」


 ここはタワーマンションの上層階である。 通常、上層階では害虫が発生するリスクは(ほとん)ど無い。 害虫は主に配管を伝って部屋へ侵入して来るので、上層階であればそう簡単には配管を上って来られないからだ。

 にもかかわらず、害虫だけでなくネズミまで発生するという異常事態は、害虫や害獣が配管から侵入した訳では無い事を意味していた。


 「害虫が最も多く発生する場所は何処(どこ)ですか?」


 榊原の問いに真琴は立ち上がり、間仕切りの衾を開けるとそのままリビングへ出た。 希海も榊原と顔を見合わせて一緒に立ち上がり、真琴の後ろから付いて行った。

 

 広いリビングのソファーテーブルには消臭剤が置かれていた。 この腐敗臭は一体どこから漂ってくるのか……。

 真琴は重い足取りでリビングを抜け、ダイニングの奥へ進む。


 その時、突然ダイニングの壁に黒い影が横切った。


 「ヒ、ヒィィ――!!」


 希海は壁にへばりついている大きなゴキブリを発見すると、悲鳴を上げて榊原に抱きついた。 すると希海の悲鳴に反応したのか、物陰に潜んでいたゴキブリが大挙して湧き出てきた。

 希海はゴキブリが大の苦手である。 榊原はそんな希海の苦手意識を克服させようとわざわざ希海を連れて来たのであったが、苦手な物をいくら見続けていても慣れるどころかますます忌避(きひ)し、嫌悪(けんお)するだけである。

 

 「ギャァァー! ヒィィッ! オェェェ――!!」


 ワサワサと大量に湧き出るゴキブリに気が動転し、一瞬でリビングの引戸(ひきど)を突き破って廊下まで駆けた希海。


 「ハァハァ……ハ?」


 だが、廊下の壁にもゴキブリがへばりついており、希海に驚いたのか『ブゥーン』と羽根をはばたかせ、彼女の顔を目がけて飛んできた。


 「イャァァ!! $#?☆×□――!」


 再び瞬足を飛ばしてリビングへ戻ると、またゴキブリを目にして絶叫し、部屋中を駆け回る希海。


 「ヒャァァ! もう、イヤだ! 助けてェェ!!」


 すると、彼女はついに耐えきれなくなったのか、玄関から外へ飛び出してしまった。


 「……まさか、これ程までにゴキブリを嫌っていたとは……」


 「ゴキブリなど見慣れてしまえば大丈夫だろう」と高をくくっていた榊原。 しかし、彼は自分の見通しの甘さを大いに反省する事となった。

 残念ながら、希海はゴキブリに慣れるどころかますます嫌いになってしまった……。


 泣きながら外へ飛び出した希海。 彼女は玄関のドアを背に、グッタリした様子で体育座りをしていた。 その姿はまるでイタズラをした罰として家を締め出された子供のようである。


 「うぅぅ……。 もうヤダ、こんな家……」


 希海はベソをかきながら榊原が部屋中のゴキブリ共を殲滅(せんめつ)してくれるまで、ひたすら玄関前で待ち続ける事となった。



 ――



 大量に発生したゴキブリは榊原が撒いた殺虫剤で殆ど死に絶えた。 榊原と真琴は床に散らばったゴキブリの死骸を掃除し、ようやく落ち着くことが出来た。


 「大城さん、引戸を壊してしまい申し訳ございません。 後ほど必ず弁償(べんしょう)致します」


 ダイニングテーブルのイスに座り一息つく真琴に詫びをする榊原。 すると真琴は「いえ、謝罪には及びません」と榊原を気遣(きづか)った。


 「夫が帰って来た時に、榊原さんの方から事情をご説明いただければ……」


 真琴は祐二が帰って来るまで榊原に居て(もら)うつもりであった。


 「もちろんです」


 榊原の力強い言葉に真琴は安堵(あんど)の表情を浮かべた。


 一息ついた榊原は再びキッチンへ向かった。

 ゴキブリはキッチンのシンクと壁の間に大量の巣をつくり、そこから沸いて出て来ていたようだ。 しかし、外壁や配管にゴキブリが入り込むような亀裂は無い……。


 すると『ポトリ……』と天井から小さなゴキブリが落ちて来た。


 「ん……?」


 榊原がキッチンの天井を見上げると、天井に亀裂が走っている事に気が付いた。 亀裂には小さな穴が空いており、そこからゴキブリの幼体が触覚(しょっかく)を揺らしながら顔を出していた。


 (二階から侵入して来たのか?)


 「大城さん、キッチンの真上に位置する部屋は……?」


 リビングのイスに座り疲れた顔を見せていた真琴。 先ほど殺虫剤を撒いた時に付けていたマスクを外してワンピースのポケットに捻じ込んでいると、ふいに榊原から声を掛けられ慌てて姿勢を(ただ)した。


 「えっ!? あ、夫の書斎です!」


 「書斎? 部屋の中はどんな様子なのですか?」


 榊原の問いに真琴は「分かりません」と首を振った。


 「……夫は一度書斎に入ると、一日中部屋から出てこなくなる事もあります。 娘や私に対しては『絶対に部屋を開けるな』と言って、鍵まで掛ける始末で……」


 真琴の答えに榊原が困った様子を見せる。 すると、真琴は「でも、恥ずかしい話しですが……」と断った上で遠慮がちに言葉を継いだ。

 

 「ある時、私は夫が部屋に入っている間、隣の部屋の壁に耳を当てて中の様子を探ろうとした事がありました。 というのも、部屋の中であの人が何やらブツブツと独り言を呟いていたから気になったのです。

 

 夫が何かの言葉を呟いていたのは分かったのですが、何を言っていたのかは分かりませんでした。


 ただ、何やら“呪文(じゅもん)”のような言葉を口にしていたと記憶しています」


 「呪文……ですか?」


 榊原の問いに真琴は首肯するが確信が持てなかったようで「はい、恐らく……」と曖昧(あいまい)な返事をすると、当時を思い出すように上を向いた。


 「私は気味が悪くなって、一度だけ思い切って『部屋の中で何をしているの?』と夫に聞いた事がありました。 すると、夫は『芝居の役作りに没頭(ぼっとう)している』と答えたので、私は何の疑いもなく胸をなで下ろしました。


 本当に……本当に、その時は『役者として頑張っているんだな』としか思わず、夫の事を尊敬していたのですが……」


 真琴はそう言うと涙ぐみ、声を詰まらせた。


 「お気の毒に……」


 榊原は涙を流す真琴に(なぐさ)めの言葉をかけると、別の質問を真琴に投げかけた。


 「それと、つかぬ事をお聞きしますが、祐二さんは“神光人(みかりびと)”の信者でしたよね?」


 真琴は榊原の予期せぬ質問にまごつきながらも「は、はい。 それが何か……?」と肯定(こうてい)した。

 

 「大城さんもご存じの通り神光人は半年前に壊滅しました。 半年前と言うと、ちょうどお部屋に害虫が湧いて来るようになった時期と重なります」


 「そ、それが何か関係が有るとおっしゃるんですか……?」

 

 真琴は首を(かし)げながら、瞳に溜まった涙をハンカチで(ぬぐ)っている。


 「はい。 神光人にはある呪術師(じゅじゅつし)がおりましてね。 もっとも、その呪術師はすでに死亡していますが……」


 真琴の涙はすっかり止まっていた。 彼女は神妙な様子で(うつむ)きながら榊原の話に耳を傾けている。 榊原は真琴の様子を確認すると再び話しを続けた。


 「その呪術師は“蟲呪(こじゅ)”という呪術を用いるのですが、これがまた恐ろしい呪術でしてね。


 ゴキブリやムカデといった害虫や、ネズミ等の害獣に怨念を吹き込み、恨んでいる人間を呪い殺す」


 「恨んでいる人を……?」


 真琴は顔を上げて榊原を見つめた。


 「……はい。 蟲呪を使用すると大量の害虫や害獣を呼び寄せます。 ご自宅にゴキブリやネズミが発生している状況を(かんが)みると、祐二さんが蟲呪を使用した可能性が高い。


 もし、祐二さんが蟲呪を使用していたのであれば、誰かに憎悪を抱き、呪い殺そうとした事に間違いありません。


 貴方には何か心当たりはありますか?


 例えば、彼が他者を強く憎んでいるような言動をしていた事などは有りませんでしたでしょうか?」


 榊原は祐二が蟲呪を用いて誰かに憎悪をぶつけていたのだと確信していた。 ところが、真琴は榊原の言葉を否定した。


 「そ、そんな事は無いと思います……」


 真琴は祐二の今までの行動を思い出すが、彼が誰かの悪口を言ったり、怒りを向けていたりする姿など見たことがなかった。


 「そうですか……。 それでは、祐二さんの書斎にお邪魔して蟲呪を使用した形跡があるか調べてみましょう」



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