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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
呪いの陥穽

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不正の痕跡

  

 「伊奈(いな)ちゃん!」


 森中伊奈(もりなかいな)がスタジオの廊下(ろうか)を歩いていると、後ろから(しゃが)れた男性の声が聞こえてきた。


 「あれぇ? 大城(おおしろ)さん、その声どうしちゃったんですか?」


 伊奈に声を掛けてきたのは大城祐二(おおしろゆうじ)であった。 しかし、その声は先日とはまるで別人で、老人のように(しわが)れていた。


 (……コイツは何でこんな格好をしているの?)


 それよりも、身に(まと)う悪趣味な白いガウンが伊奈を苛立(いらだ)たせた。 これ見よがしに胸板を(あら)わにする祐二の身体は何故か一回り大きくなっているように見える。 祐二はジムにでも通っているのか、肩は盛り上がり筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の逞しい体つきに変貌(へんぼう)していた。


 「いや、ちょっと風邪をこじらせたみたいでね……」


 わざとらしく「コン、コン」と咳をして伊奈から顔を()らした祐二。 すると、伊奈の背中に隠れながらこちらの様子を(うかが)っている少女の姿が目に映った。


 「あれ? その子は……?」


 祐二はその少女をテレビで見たことがあった。


 「確か、伊奈ちゃんが引き取ったって言う……篠木(しのき)……希海(のぞみ)ちゃん?」


 希海は木佐貫蒼汰(きさぬきそうた)に家族を殺害された後、伊奈に“養子”として引き取られた。 その時彼女は『復讐(ふくしゅう)に巻き込まれた悲劇の少女』としてメディアに取り上げられた経緯があった。

 伊奈は希海を引き取った時、不思議な力によって世間から希海についての記憶を消そうとした。 ところが『銀色の瞳を持つ金髪の美少女』という“属性”は相当インパクトがあったらしく、希海に関する記憶を世間から完全に消すことが出来なかった。

 特に、テレビに映った希海に一目惚(ひとめぼ)れした少年達の記憶には、しっかりと彼女の姿が脳裏(のうり)に焼き付いていたのであった。


 「こ、こんにちは……」


 希海は不審(ふしん)そうな顔を(のぞ)かせながら祐二に向かって挨拶をした。


 「こんにちは、希海ちゃん」

 

 満面の笑みを浮かべて希海の挨拶に応える祐二。 希海には祐二の笑顔が身震いする程醜悪(しゅうあく)なものに感じた。

 希海は慌てて祐二から視線を逸らし、再び伊奈の背中に身を隠した。


 「大城さん、ごめんなさい。 この子はまだ人慣れしていなくって……」


 「えっ、ああ……。 そんな事、別に気にしていないさ」


 伊奈が申し訳なさそうに希海の態度を釈明すると、祐二は平静を(よそお)った。

 この時、祐二は希海の瞳に漠然(ばくぜん)とした恐ろしさを感じていた。 何故だかは自分でも分からない。 だが、彼女の姿を見ることが“苦痛”に感じ、伊奈に声を掛けた目的も忘れて早くこの場を離れたかった。


 「じゃ、じゃあ、オレはCMの撮影があるから……」


 祐二がガウンを着ていた理由は、CM撮影の途中であったからのようだ。 祐二は(きびす)を返して足早に立ち去ろうとした。 ところが用件を思い出したのか、途中で後ろを振り返り、再び伊奈を顔に目を遣った。


 「あっ、それと伊奈ちゃんに教えて貰った昆虫食、美味しかったよ!」


 祐二が伊奈を呼び止めたのは、伊奈が紹介した昆虫食専門のレストランで食事をした報告をする為だったようだ。


 「それは良かったです♪ ……でも、まさかアマゾン産のゴキブリは食べませんでしたよね?」


 伊奈は祐二に食用ゴキブリを「食べるな」と忠告していた。 祐二は伊奈の問いに影のある笑みを浮かべこう答えた。



 「……ウマかったよ……」



 伊奈の背中から祐二の様子を見ていた希海は、祐二がその(おぞ)ましい言葉を放った時の表情を見て寒気がした。


 (お、鬼……?)


 気味悪い笑みを浮かべている祐二の顔は醜悪なシワが一面に広がり、瞳は灰色に(にご)っていた。

 希海にはその顔がまるで鬼のように見えた。 日に焼けた小麦色の肌はみるみる青白く変化し、背後からはまるで炎のようなユラユラと揺らめく影が見えていた。


 そして、何よりも希海が顔を(しか)めたのは、祐二から放たれる異様な“臭気(しゅうき)”であった。


 生臭く、油臭い、吐き気を(もよお)劣悪(れつあく)(にお)い。 希海は思わず伊奈の洋服に顔を(うず)めて息を止めた。


 祐二はそんな希海の様子を気にも留めずに一瞬でいつもの顔に戻ると、廊下を駆け出してスタジオへ戻って行った……。



 ――



 「ふぅ……。 アイツはもうダメかも知れないわね」


 テレビ番組出演者用の控え室では、伊奈が丸椅子(まるいす)に座って投げやりな言葉を吐いていた。 彼女の周りを榊原(さかきばら)と希海が囲んでいる。

 希海は伊奈よりも程度の良いラシャ張りの椅子に座って、オレンジジュースを飲みながら伊奈の話を聞いていた。 榊原は屹立(きつりつ)したまま伊奈のボヤキに頷いている。


 「はっ、すでにヤツは手遅れかと……」


 榊原も伊奈の言葉に同意した。


 「希海はどう思う?」


 伊奈は優しげな眼差(まなざ)しで希海に意見を求めた。


 突然伊奈に話しを振られた希海は、動揺しながらも自分の意見を率直に伝えようとした。


 「えっ? わ、私……私も……。 何かあの人、スゴい臭かったのと、鬼みたいな顔をしてたから……」


 希海は榊原と同じく「もう手遅れなんじゃないか?」と感じていた。

 ところが、その見解を言葉に出そうとした時、喫茶店で見た祐二の妻『真琴(まこと)』の悲痛な顔を思い出して言葉に詰まった。


 「どうしたの?」


 伊奈は押し黙る希海を見ながら首を(かし)げている。 希海は『こんな事言ったら、伊奈様に怒られるんじゃないか』と思いながらも、思い切って口を開いた。

 

 「……いえ、私はまだ救えると思います。 真琴さんの為に『救ってあげたい』なって……」


 希海は遠慮がちに伊奈に自分の本心を伝えた。 すると、伊奈は椅子から立ち上がり希海の前で(ひざ)を折ると、赤い瞳に女神のような慈悲深(じひぶか)い眼差しを希海に向けた。


 「するとアナタは大城真琴を絶望から救う為、大城祐二を救おうと言うの?」


 希海は伊奈の問いに『コクリ』と(うなず)いた。


 「そう、よく言ったわ。 アナタがそう思うなら、()()()()()救ってあげられるよう頑張りなさい」


 「えっ……?」


 希海は伊奈の言葉に眼を丸くした。 先ほど希海は「大城祐二を救いたい」と伊奈に伝えたはずだ。 にもかかわらず、伊奈はまるで祐二の事などどうでも良く、真琴だけしか救済の対象に無いような口ぶりである。

 すると、伊奈は希海の様子が可愛らしかったのか微笑を漏らすと、彼女の頭をゆっくり撫でた。


 「誰かを救う為に他人を救う事。 それは“誰かを救う為”という目的の手段に過ぎないの。

 もし、大城祐二が鬼となる事をアナタが阻止出来なかったとしても、大城真琴を救う為の手段の一つが失敗しただけに過ぎないわ。

 だからアナタは失敗しても諦めず、大城真琴を救う為の手段を出来るだけ多く考えなきゃダメよ。

 

 何事も目的を見失わない事が大事。 それを忘れないでね」


 伊奈はもはや祐二が鬼となる事を防ぐ事が出来ないと確信していた。 したがって、希海が真琴の為に祐二を救おうとするなら、仮に祐二を救えなかった時にどうすれば真琴を絶望から救ってあげられるのか、複数の手段を考えておくよう(うなが)した。

 祐二を鬼化から救う事だけを考えて、真琴を救うという本来の目的を見失わないよう希海に忠告したのである。


 伊奈が希海に伝えた忠告――それは過去に自分が犯した失敗でもあった。 彼女自身が一つの手段に固執して目的を見失ったことがあったのである。

 

 伊奈はその失敗を今も後悔している。


 伊奈は未だ本当の自分を見失ったまま深い森の中で彷徨(さまよ)っているのである。



 ――



 希海は伊奈の言葉をなんとなく理解出来た。 希海が「はい、伊奈様」と素直に返事をすると、伊奈は化粧台に置いてあったピッチャーを手に取った。 そして、テーブルに置いてある空になったコップにオレンジジュースを注ぐと、希海に次に取るべき行動を指示した。


 「それじゃ、コレを飲んだらまず榊原と一緒に大城の自宅へ行きなさい。 “不正(ふせい)痕跡(こんせき)”が必ずあるはずだから……」


 「不正の痕跡?」


 希海は伊奈からオレンジジュースの入ったコップを受け取ると、首を(かし)げた。 すると、榊原が伊奈の言葉に口を添えた。


 「大城祐二は“呪い返し”を受けた為に、鬼になりかけていると推測されます。

 

 ヤツが“神光人(みかりびと)”の信者であった事は分かっています。 恐らく神光人の呪術師(じゅじゅつし)による何らかの呪術を用いて誰かを不幸にさせ、その仕返しを受けたのでしょう。

 

 もし、そうであれば、呪術を用いた痕跡が自宅にあるはずです。

 

 呪術とは不正なものです。 我々はその不正の痕跡を見つけ、大城祐二が誰に恨まれているのかを調査しなければならないのです」


 榊原の言葉に伊奈が(うなず)いた。


 「……そうね。 大城祐二が鬼に変化する時期は、あの様子を見ると一週間もかからないでしょう。

 その一週間の内にヤツを救うことが出来なければ、大城真琴を救う手段が一つ潰れる。 その時は榊原……分かっているわね?」


 伊奈が榊原に目配せをすると、榊原は「承知しております」と答え、言葉を続けた。


 「大城祐二は私達が抹殺(まっさつ)しますのでご安心下さい」


 希海は榊原と伊奈の会話を神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで聞いていた。 両手に持っているコップにはまだ口を付けていなかった。


(もし、あの人が鬼となれば、私はあの人を殺さなきゃならない……)

 

 希海は祐二を殺害する事に抵抗はなかった。 祐二を殺害する時は、彼が“人でなくなった”時だから。 それよりも、夫を失う事で真琴に悲しい思いをさせる事が辛かった。


 (やっぱり、真琴さんの為にもあの人を助けてあげなきゃ)


 希海はそう思って、手に持っていたオレンジジュースを一気に飲み干した。


 「伊奈ちゃん、そろそろ時間ですよ!」


 すると、ドア越しからテレビスタッフの声が響いてきた。


 「はぁい♡」


 先ほどの声とはまるで別人の透き通った声でドアに向かって返事をする伊奈。


 「じゃ、私はそろそろ撮影に行って来るわね」


 伊奈は席を立ち希海に視線を遣ると、再び彼女に注意を与えた。


 「希海、さっきも言ったけど一つの手段に固執(こしつ)してはダメよ。 くれぐれも自分が決めた目的を見失わないようにね。 分かった?」


 「――ハイ――!」

 

 希海が元気よく返事をすると、伊奈は満足そうに微笑(ほほえ)んで部屋から出て行った。


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