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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
呪いの陥穽

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相談


 立山小百合(たてやまさゆり)は名前を変えた……とは言っても表向きにだが。 彼女は『立花(たちばな)ユリ』という名で森中伊奈(もりなかいな)屋敷(やしき)から数キロ離れた住宅街で喫茶店(きっさてん)を開店した。

 20歳になった小百合には子供がいた。 生まれたばかりの赤ん坊。 父親は分からない。 子供は女の子であった。


 子供の名は『ゆかり』といった。


 ――薄紅(うすべに)の花びらが舞う4月――


 中学生になった篠木希海(しのきのぞみ)小百合(さゆり)の喫茶店へ向かっていた。

 希海(のぞみ)は小百合が名を変えた事などお構いなく、彼女を『小百合お姉ちゃん』と呼んでいた。 とはいえ、小百合の喫茶店は(ほとん)ど“関係者”しか利用せず、客も小百合目当ての常連客しかいなかった。 常連客は“シングルマザー”である小百合の過去を慮ってか「まぁ、人生色々あるよね」などと名前の違いに理解を示し、喫茶店のママが偽名(ぎめい)である事など意に返さなかった。


 最近、希海には気になることがあった。


 「なんか、誰かに見られている気がする……」


 悪意のある視線ではない。 しかし、何だか心をくすぐられるような気味悪い視線……。

 伊奈(いな)榊原(さかきばら)に相談すると「気のせい」だと言って笑われた。 だが、気のせいではない。


 「小百合お姉ちゃんなら、何か分かるかも……」


 そう思って、希海は小百合の喫茶店へ足を運んだのであった。


 「小百合お姉ちゃん、久しぶり! 元気してた?」


 小百合はカウンターでお湯を沸かしていた。 背中には生まれたばかりの赤ん坊を背負っている。


 「希海ちゃん、『久しぶり』って……。 先週、お店に来たばかりじゃない」


 希海は毎週必ず小百合に喫茶店へやって来た。 希海が大好きなオレンジジュースをご馳走(ちそう)してくれるからだ。

 青いスタジャンを着てチェックのスカートを履いている希海。 彼女が豪快に喫茶店の扉を開けて小百合と話しをしていると、扉近くのボックス席で新聞を読んでいる細木一翔(ほそきかずと)が希海に話しかけてきた。


 「おい、おい、希海。 いい加減、落ち着いたらどうだ? お前、もう中坊だろ?」


 襟足(えりあし)が少し長い金色の髪を逆立てた(いか)つい風貌(ふうぼう)の細木。 190センチを超える筋肉質な彼の巨体がさらに凶暴さを(かも)し出していた。 だが、そんな男にも希海は平然とした風で「ウルサイわね!」と一喝(いっかつ)すると、文句を言い返した。


 「大体、お兄ちゃん、小百合お姉ちゃんが喫茶店をやり出してから、ずっと店に入り(びた)ってるじゃない! ストーカーよ、ストーカー! お姉ちゃんが怖がっているじゃない、ええっ?」


 ガミガミと希海に文句を言われた細木は両手で耳を(ふさ)ぎ「あー、あー、分かった、分かった俺が悪かった。 ウルセーな、もう」と新聞から目を離し、顔を上げた。


 「……って、なんだ? 文句ばっか言っておきながら、俺が買ってやったスタジャン着てんじゃねーか」


 希海が着ていたスタジャンは細木が買ってあげたもののようだ。 すると、希海はイタズラっぽく笑うと、細木と向かい合わせに座った。


 「ニシシ♡ だって、カッコいいじゃん!」


 希海の嬉しそうな顔を見て、恥ずかしそうに頭を()く細木。 そんな二人が座るテーブルの前にコーヒーとオレンジジュースを置いた小百合は、兄妹(きょうだい)のように仲の良い二人の姿を微笑(ほほえ)ましく見守っていた。


 「あっ、そうそう! ストーカーで思い出したんだけど……。 私、誰かに見られている気がするの! 小百合お姉ちゃん、何か心当たり無い?」


 小百合はしばしば希海から、学校の友人との付き合い方や、希海に好意を持つ男の子の対処方法などを相談されていた。 だが、学校の友人達が希海の事を尾行しようにも、すぐ希海にバレでしまうはずだ。 小百合はお盆を抱えながら「うーん、分からないわ」と首を(かし)げた。

 ところが、二人の会話を聞いていた細木は何やらニヤニヤと笑みを浮かべ、何か知っているように「ふーん、成る程ね」と頷いていた。


 「あっ、一翔(かずと)お兄ちゃん、何か知っているわね!」


 細木の様子に気が付いた希海がテーブルに両手を立てて前のめりに細木へ迫る。

 

 「いや、いや……。 お前も『ストーカーされるお年頃になったんだなぁ』って思うと感慨深くってな」


 「はぁ!? 何よ、それ! ストーカーされる中学生なんている訳ないじゃない!」


 希海は細木に揶揄(からか)われ、頬を膨らませてプンプンと怒る仕草を見せると、テーブルに置かれたオレンジジュースを手に取った。 そして、あっという間にオレンジジュースを飲み干すと、細木に向かって茶目(ちゃめ)()のある笑顔を見せた。



 ――



 希海は細木を兄のように慕っていた。 細木を『一翔兄ちゃん』と呼んでおり、細木にいつも揶揄われて怒っていたものの、内心は嬉しくて仕方なかった。


 仲間達が呼んでいる『細木一翔』という名は、言わずもがな彼の偽名(ぎめい)であった。 仲間達の中で偽名を使っていないのは希海だけであった。

 細木の本名は伊奈と榊原しか知らなかった。 つまり、彼は榊原の次に“修羅(しゅら)”となった者であったのだ。

 

 細木はいつか希海に「数千人の人間を殺害した」と話したことがあった。

 

 何故、それほどの数の人間を殺害したのか?


 細木はその理由を希海に話さなかった。 理由を知っているのは榊原と伊奈だけである。

 だが、復讐の為に伊奈と交わした約束があったからこそ、結果的に多くの人を殺害する事になったのだと希海は思っていたので、あえて細木の過去を聞こうとはしなかった。


 伊奈の力を得て“修羅”となった者達は、深い憎しみを復讐(ふくしゅう)によって消し去った壮絶(そうぜつ)な過去がある。 そんな仲間達の過去を聞き出すそうとする者など誰もいない。 耐え難い苦しみを乗り越えて、今こうして笑顔を見せることが出来るようになった事を知っているからである。 (だが、彼等の笑顔が罪無き人間の(しかばね)を上にある事は、申し添えしておかねばならない)


 「それより、榊原さんがそろそろお客さんを連れて来るらしいわね」


 希海の言う通り、榊原は“ある相談者”と共にここへ向っていた。

 

 「ああ、何でもお嬢様の知っている俳優の奥さんらしいな……」


 細木は希海の言葉に頷くと、テーブルに置いてあるコーヒーカップを手にした。

 伊奈は(そう言えば)アイドルであった……。 彼女は今やドラマなどにも出演し、俳優や女優とも親交があったのである。

 

 「……ふーん。 それにしても、伊奈様は何でアイドルなんてやってんの?」


 仲間の過去を明け透けに聞く事をしない希海でも、伊奈の過去はどうしても気になっていたようだ。 彼女は細木の人柄(ひとがら)に甘えたのか、日頃思っていた疑問がつい口に出てしまった。


 「ブッ――! ゴホッ、ゴホッ! お前、ぶっちゃけて聞くなよ!」


 細木は希海の好奇心で輝く銀色の瞳に、思わず飲んでいたコーヒーを吹き出して顔を逸らした。

 

 「……だって、気になるじゃない?」


 希海は頬を染めて伏し目がちに細木の顔を見た。 すると、彼女の隣にはいつの間にか小百合が座っており、赤ん坊を胸に抱きながら希海の言葉に(うなず)いていた。


 「わ、私も気になるわ……」


 小百合も希海と並んで恐る恐る細木の顔を見上げている。 希海と同じく仲間の過去を無闇に詮索(せんさく)しない彼女でも、やはり伊奈の過去には興味があるようだ。


 細木はそんな二人に後ろ手で頭を掻くと「……うーん。 何でって言われても、俺もそりゃ分からんな」と困った様子を見せた。

 

 「俺がお嬢様と出会った時には、すでにお嬢様はアイドル活動をしていたからな」


 細木が伊奈の許へ来た時には、すでに伊奈は榊原と共に地下アイドルとして活動していたのだそうだ。

 

 「そういえば何時だったか、榊原さんが『お嬢様に“娘の夢”を実現させてもらった』と言っていたな。 もしかしたら、榊原さんがお嬢様にアイドルをやらしたんじゃねぇかな? 娘さんの代わりに……」


 伊奈の力を最初に授かったのは榊原であった。 彼がどういう経緯で伊奈と出会ったのかは分からない。

 ただ、伊奈はもともとアイドルなどやる気はなかったようで、榊原の頼みでアイドルになった事は間違いないようだ。 (こころよ)く引き受けたのか、仕方無く引き受けたのかは伊奈のみが知るところであるが、本人はアイドル活動を楽しんでいるようなので、前者であるのかも知れない。

 

 「……ふーん。 それで、伊奈様って何であんな不思議な力を持っているの?」


 希海は細木が()()()()()()()()だという事を知っていた。 榊原であれば、こうもズケズケと伊奈について聞こうとはしないだろう。

 小百合も興味津々(きょうみしんしん)な様子で希海の言葉に(うなず)くと、抱いている赤ん坊をあやすように身体を揺らした。


 「……お前らな……」


 先ほどの遠慮がちな様子とは打って変わって、目を輝かせながら細木の次の言葉を期待する二人。 細木はそんな二人を(あき)れたように眺めると「コホン」と一つ咳払いをした。


(まあ、いずれコイツらも“鬼”と戦う事になるだろうし、お嬢様の力を伝えておいても差し支えないか……)


 伊奈は仲間達に自分の力を誇示(こじ)しようとはしなかった。 伊奈の恐るべき力を見た者は榊原と細木だけである。 (但し、細木が見た彼女の力はただの“片鱗(へんりん)”であるに過ぎなかった。 伊奈の“真の力”を知る者は、榊原だけなのである)

 細木は女性の頼みを断り切れない弱さがあった。 細木は二人に固く口止めを約束させると、自分の知っている伊奈の力について口を開こうとした。

 

 「お嬢様は――」



 ――細木が口を開いたその瞬間――



 『カラン、カラン!』


 喫茶店のドアが鈴を鳴らしながら開き、榊原が入って来た。


 「おや? 希海君も来ていらしたのですね」


 榊原が驚いた様子でテーブルに座る三人を眺めた。


 「……おや? 細木君、何故二人は私の事を(にら)んでいるのですか?」


 (むぅ……。 こんな時に榊原さんったら……)


 せっかく伊奈の力を細木から聞けると期待していたのに、邪魔をされて(ふく)れっ(つら)をしている希海と小百合。 榊原はそんな事など露知らず、不機嫌そうな二人を見て首を傾げると、喫茶店に入る事を躊躇している女性に声を掛けた。


 「どうぞ、中へお入りください」


 榊原に呼ばれて中へ入ってきたのは、妙齢(みょうれい)の婦人であった。


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