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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
漆黒のユリ

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35/186

転生


 『……ドーン! ……ドーン……! ドーン!!』


 拘置所(こうちしょ)の床に轟音(ごうおん)が響き渡る。 まるで重機(じゅうき)で床を叩きつけているような重々しい音。 音がする度に、拘置所内は地震が起きたかのように縦に揺れ『ミシ……ミシ……』と壁が(きし)む音が聞こえてくる。

 

 その音は面会室から聞こえて来ていた。 破壊された扉の前には数十人の刑務官達が呆然(ぼうぜん)と室内を見つめている。

 室内には床に伏せたまま目を見張る刑事と、幾人(いくにん)かの慄然(りつぜん)とした刑務官達――そして、陥没(かんぼつ)した冷たい床を無心に踏み続ける立山小百合(たてやまさゆり)の姿があった。


 小百合は父の頭を踏みつけて殺害すると、肉塊(にっかい)となった父の身体を踏み続けた……。 小百合の凄まじい脚力はコンクリートの床を破壊し、父の遺体をミンチにした。


 だが、彼女はそれでも足を止めなかった。


 ミンチとなった父の身体はやがて悪しき血を残してシミとなった。 そして、不正の魂は冷たい地に埋没し、永遠の闇へ(かえ)ったのである。



 ――



 「……有加利(ゆかり)……終わったよ……」


 ようやく足を踏みならすことを止めた小百合は、天井を見上げた。 だが、妹の幻影はそこには無かった。

 

 拘置所内は静まりかえっていた。 混乱の中、独房から脱走した被疑者も逃げる事を忘れ、この恐るべき光景を呆然と見守っていた。

 

 「さ、小百合……さん……」


 コンクリートの床に倒れ伏していた刑事がフラフラと起き上がり、部屋を出ようとする小百合に声を掛けた。


 出入り口を取り囲んでいた刑務官達は、小百合が近づくと慌てて散開し、(おび)えた視線を小百合に向ける。

 小百合は怯懦(きょうだ)と恐怖、混乱が入り交じる視線を浴びながら振り向くと「……なに?」と刑事に問い返した。


 「あ、貴方は……父を……実のお父さんを……殺した」


 言葉を絞り出して小百合を糾弾(きゅうだん)する刑事。 「いくら恐れていようとも、怯えていようとも目の前で罪を犯す者を見て放置する訳には行かない」という刑事としての矜持(きょうじ)が、彼の思いを言葉にした。

 

 「お父さん?」


 小百合は不義の血が飛び散る砕けた床をチラリと見ると、刑事の顔に視線を移した。


 「父は11歳の時に死んだ。 ソコのソレはただのゴミ……。 父でも人でも何でも無い……ただのゴミ……」


 冷然と言い放つ小百合は、何故か美しかった。 少なくとも刑事にはそう感じた。 それは彼女の瞳が栗色の瞳に戻っていたからなのか?


 刑事はそのまま腰が砕けたように床にへたり込んだ。 小百合はそんな刑事の姿に凜然とした様子で視線を外すと、何事もなかったかのように再び歩き出し、面会室を出て行った。



 ――



 「小百合お姉ちゃん……」


 拘置所の入口では銀色の瞳に涙を溜めた篠木希海(しのきのぞみ)が立っていた。 彼女は小百合が復讐を完遂(かんすい)するまでずっと拘置所の外で待っていたのである……小百合には内緒で。


 「希海ちゃん、来てくれたんだ」


 一瞬嬉しそうな顔を見せた小百合であったが、すぐに目を伏せて寂しそうな様子に戻った。


 「うん……」


 小百合と同じく希海も寂しそうな顔をしていた。 それは小百合が自分達と同じく“修羅”に墜ち、人間として生きる道を諦めた事に対する寂しさであった。

 

 「ゴメンね……希海ちゃん」


 小百合はそう言うと、希海を抱きしめた。 小百合の瞳から一筋の涙が流れ、希海の(ほお)をぬらした。

 

 「謝る事なんてない……。 もう、復讐は終わったんだから……」


 希海の銀色の瞳に小百合の泣き顔が映っている。 小百合の瞳にはあの()まわしい灰色の影が消えている。

 希海は気付いていなかった。 小百合の瞳に宿っていた孤独と絶望の影が、希海の瞳に宿る不思議な力によって消え去っていた事を。

 だが、小百合は気付いていた。 希海のお陰で小百合の身体に生きる希望が湧上がり、暗澹(あんたん)とした心に光が満ちて来た事を。


 「――私には、もう一人妹がいた――」


 妹が亡くなり、孤独と絶望に打ちひしがれた小百合。 だが、もう孤独は感じなかった。 絶望も希望に変わった。


 「私は一人じゃ無い。


 希海ちゃんと共に、皆と共に生きる。


 そして、この子と共に」



 ――お腹に宿る我が子と共に――



 ――



 希海は拘置所まで車で来た。 まさか、希海は無免許で車を運転していたのか? ……いや、彼女は拘置所へ着くまでの間、運転席で眠っていた。

 

 『オイ、コラ! オキロ!』


 拘置所の出入り口に到着すると、運転席からAI(人工知能)の怒鳴り声が響き、希海は慌てて目を覚ました。 車に起こされた希海は外へ出てボンネットに腰を掛けながら、小百合が戻って来るまで待っていたのである。


 屋敷へ帰る車の中で、AIから突然声を掛けられた小百合は驚きを隠せなかった。 AIはお世辞を言う事も出来るようで、小百合の容姿や性格をしきりに()(たた)え、彼女を赤面(せきめん)させた。

 ところが、希海に対してはぞんざいな口の利き方をし、口論になる事もしばしばあった。


 希海は車内で騒がしくAIとお喋りをしていたが、しばらくするとお互い話し疲れたのか、車内が急に静まりかえった。

 すると、希海は何を思ったのか神妙(しんみょう)な顔つきに変わり、両手を合わせて祈り出した。


 「ああ天主(てんしゅ)、我、(しゅ)の限りなく嫌い(たま)う罪を(もっ)て、限りなく愛すべき御父(みちち)(そむ)きしを深く悔み(たてまつ)る。


 御子(みこ)イエズス・キリストの流し給える御血(みち)功徳(くどく)によりて、我が罪を(ゆる)し給え。


 聖寵(せいちょう)の助けを以て今より心を改め、再び罪を犯して御心(みこころ)に背くことあるまじと決心し奉る」


 希海は祈りを終えると、ニッコリと微笑(ほほえ)んで小百合にこう言った。


 「この祈りは小百合お姉ちゃんの為じゃないわ。 ()()()()()()を神様に懺悔(ざんげ)したの」


 『小百合が犯した罪も自分の罪である』 希海はそう思って、神に赦しを乞うたのである。


 小百合が犯した罪――それは父と母、そして母を愛する再婚者とその息子を殺した罪である。


 「そんな……私の罪は私が……」


 「私の両親は11歳の頃に亡くなった」 小百合はそう思うようにしていた。 昨日まで存在していた父と母は偽りの両親。 頭から尻まで虚偽(きょぎ)の衣を(まと)った不正の悪魔であった。

 しかし、悪魔だろうが、野獣だろうが復讐により命を奪った事は事実である。 そして、母『美月(みづき)』を愛する再婚者の夫とその息子――罪のない二人の人間を惨殺(ざんさつ)した事もまた事実。

 つまり、立山小百合は自分が『悪』である事を承知していた。 自分が犯した罪が神に背く罪だと分かっていた。


 そんな大罪を希海が自分の代わりに背負おうと言うのか?


 「ううん……。 これは伊奈様の為なの。


 伊奈様はいつも私達に言うわ。


 『アナタ達の罪はワタシの罪』だって。


 だから伊奈様の為に、小百合お姉ちゃんの罪を私だけの罪とするの。 伊奈様がお姉ちゃんの罪を背負わないようにね」


 伊奈は復讐を願う者達に「復讐は自分でやりなさい」と突き放す。 ところが、復讐を遂げた者達の罪は全て伊奈が背負うのだ。

 希海はそんな伊奈の事を愛していた。 彼女の負担を少しでも減らしたいと願っていたのである。


 希海はそう言うと、今度は伊奈の為に祈りを捧げた。


 「我等キリストに代わりて願う、(なんじ)ら神と(やわ)らげ。


 神は罪を知り(たま)はざりし者を我らの(かわり)に罪となし給えり。


 これ我等が彼に()りて神の義となるを得ん為なり」



 ――



 小百合と希海が伊奈の屋敷に戻ると、榊原(さかきばら)、島田が出迎えてくれた。 伊奈と細木は相変わらず不在であった。

 

 「……残念ね。 折角(せっかく)、小百合お姉ちゃんの復讐が終わったって言うのに……」


 希海は少し寂しげな様子で小百合と一緒に部屋へ戻った。



 ――それから一週間後――



 テレビでは「宗教団体に襲撃された病院で、重体となっていた少年が死亡した」という悲しい知らせを報じていた。 伊奈と細木はそのニュースが報じられたタイミングで屋敷へ戻って来た。 だが、またすぐに二人で外出するそうだ・・・・・・。

 伊奈は再び外出するまでの間で皆を呼び集め、新たに小百合を仲間に加える事を伝えた。


 小百合はこの時初めて細木と出会った。 思っていた以上に(たくま)しい身体をしていた細木に初めは恐怖していたが、希海が楽しそうに彼と話している様子を見ると「まんざら悪い人間ではなさそうだ」と徐々に打ち解けるようになった。


 小百合がお腹に実父(じっぷ)との間に出来た子を宿していたことは、すでに仲間達も知っていた。 希海は複雑な思いがあったが、小百合の決意を聞いて、子供が生まれたら祝福しようと心に決めていた。

 伊奈ももちろん祝福すると言ってくれた。 そのとき伊奈が小百合に言った言葉は希海にとって全く意味が分からなかったが、何故か記憶に中に残っていた。


 「生命は皆、多様性を求めるの。 “秩序(ちつじょ)”を維持し、“混沌(こんとん)”を抑制(よくせい)する為に。 それは一見矛盾しているように思えるけど真理(しんり)なの……良いか悪いかは別としてね。


 近親交配(きんしんこうはい)禁忌(きんき)である理由は遺伝的多様性を阻害(そがい)するから。 つまり、近親交配によって出来た子供はなんらかの障害を持って生まれてくる可能性が高いの。

 そんな子供を産むことが人間にとって罪かどうか? アタシは罪では無いと思っているわ。 だって、障害を持って生まれてくる子も新たな多様性を生み出す可能性がある事に変わりはないから。


 でも、殺人が罪である事は自明(じめい)。 死は秩序を破壊する混沌だから。


 その罪を、お前はアタシとの約束で背負った。 罰を受けようが、自殺を遂げようが、(おか)した罪が消える事は無い。


 でも、安心しなさい。


 『お前の罪はアタシの罪』 お前の代わりにアタシが全ての(とが)を負う。 その代わり、お前はアタシと共に生き続けなければならない。 この世から憎悪の炎を消す為に。

 お前が生き続ける為に子供を必要としているなら、お前の決断を喜んで祝福するわ。 だから、アタシが健康に生まれてくるように“おまじない”をしてあげる。 お前は何も心配しないで元気な子を産みなさい」


 伊奈はそう言って小百合に目配せした。 小百合は伊奈の心遣いに礼を述べると、妹の有加利が遺した手紙の一文を思い出し、大きくなって来たお腹を(さす)った。



 『――いつか生まれ変わったら、お姉ちゃんの子供になりたいな――』



 第二章は今回で終わりです。 最後までお読み頂いて有り難うございました。

 第三章は4月に入ってからの投稿になります。


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