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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
漆黒のユリ
33/331

瞬殺の慈悲


 都心から車で一時間弱、某(ぼう)県との境に位置する郊外(こうがい)に立派なタワーマンションが建っていた。

 マンションの敷地内には多くのパトカーが赤色灯(せきしょくとう)を回しながら止まっており、マスコミが神妙(しんみょう)な様子でカメラを前に何か喋(しゃべ)っている姿があった。

 

 昨夜未明(みめい)、タワーマンションの一室で猟奇的(りょうきてき)な殺人事件が起きた。

 被害者は不動産業を経営する『田中誠一(たなかせいいち)』45歳とその妻『美月(みづき)』35歳、そして二人の息子『光一(こういち)』3歳であった。 誠一は5年前に美月と再婚し、息子である光一は美月との間に授かった実子(じっし)であった。

 誠一が経営する不動産屋『田中地所』は、あまり良い噂(うわさ)を聞かなかった。 現在住んでいる部屋もマンションの建築途中に権利床(けんりしょう)(完成したマンションの区分所有権)を権利者から騙(だま)し取り、奪い取った部屋であった。

 

 警察は誠一の如何(いかが)わしい風評(ふうひょう)から、彼を恨んだ者の犯行ではないかと疑った。

 ところが、現場を担当した刑事は誠一を恨んでいた者の犯行では無いと主張した。 怨恨(えんこん)である事に違いないが、その強い恨みは誠一ではなく、妻である美月に向けられていたと主張したのである。


 誠一は胸を太い棒、もしくは“太刀(たち)”のような大型の刃物で一息に貫かれて死んでいた。

 息子の光一は首を絞められて殺されており、誠一と比較すると“穏やかな”殺害方法であったが、首の骨は粉々に破壊されており、やはり強い恨みを持って首を力一杯締め付けたものと思われた。 しかも、子供とは言え首の骨を粉砕(ふんさい)するほどの力なので、犯人は女性では無く男性であろうと推測された。


 殺人現場は凄惨(せいさん)であった。 しかし、一見すると“猟奇的”とは言いがたい。

 マスコミにこの事件が猟奇的であると言わしめた理由は、美月の遺体の破損状況からであった。


 当初、警察が現場に駆け付けた時、夫と息子の遺体しか発見できず、妻の遺体は何処(どこ)にも見当らなかった。

 夫は一瞬で心臓を凶(・)器(・)で貫(つらぬ)かれたようだった。 息子は全く抵抗した様子のない事から、呆然(ぼうぜん)としている状態で首の骨を砕かれたと想像された。 二人は殺害された後、何者かによってリビングのソファーへ運ばれたようだ。 ソファーの上に折り重なるようにして放置されていた。

 リビングは南側が大きな窓で、夜景を一望出来る贅沢(ぜいたく)な造りであった。 窓に張られた美しいガラスは、もちろん分厚い強化ガラスであった。 ところが、そんな堅固(けんご)なガラス窓が、まるでハンマーで叩き割ったかのように粉々に割れていた。

 無残に割れた窓の周囲には夥(おびただ)しい血が飛び散っていた。 床に広がった血溜(ちだ)まりの中には残酷に千切れた足首が転がっており、天井にベッタリと張り付いた血には、眼球や脳の一部、毛髪などが見つかった。 そして、さらに驚くべきことに、10メートル近く離れた向かいの壁にも血液が付着しており、破損した頭蓋骨の欠片(かけら)が突き刺さっていた。

 

 当初、この酷(むご)たらしい現場の状況から、犯人は美月を鈍器か何かで殺害して遺体を損壊し、その鈍器で窓を破壊した後、遺体(いたい)を外へ投げ捨てたのではないかと予想された。

 だが、警察がマンションの敷地内を捜索したところ遺体は見当らず、なんと一キロ先にある道路で被害者の胴体が発見されたのであった。

 

 警察はこの不可解(ふかかい)な状況から、犯人は複数人であると予想した。

 ところが、最近地元の警察署へ転属された刑事は「犯人は単独であり、恐らく被害者の身体を振り回して窓を叩き割り、そのまま被害者を道路まで放り投げた」のだと、突拍子(とっぴょうし)のない意見を主張した。


 『被害者は分厚い窓に叩きつけられ、その凄まじい衝撃で手足が千切れ、頭部が砕け散った。 そして、胴体だけとなった被害者はそのまま道路へ投げ捨てられた』


 あらかじめ窓を鈍器で破壊し、被害者を突き落とすのなら現実にあり得る話だ。 しかし、被害者の身体を叩きつけて堅固なガラスを突き破り、一キロも離れた道路へ放り投げるなんて人間の出来る事ではない。

 だが、刑事は人(・)間(・)で(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)可(・)能(・)だと考えた。 この凄惨な現場を見た瞬間、かつて自分が見た恐ろしい怪物の存在を思い出したからだ。


 「ま、まさか……“鬼”が……?」


 酸鼻(さんび)を極める現場を目の当たりにして、刑事は足が竦(すく)んだ。

 異常な力でバラバラにされた美月の遺体を見て、鬼の仕業だと直感したのだ。


 ところが、刑事には腑(ふ)に落ちない点が一つあった。


 (何故、田中美月だけを残虐な方法で殺害したのか?)


 彼は化物が美月に峻烈(しゅんれつ)な恨みを持っていたからだと考えた。


 (何故、恨みを持っていたのか?)


 その疑問は分からなかった。 だが、彼女の素性(すじょう)を調べると驚愕(きょうがく)する事実が判明した。


 なんと、田中美月には離婚歴があり、かつて立山(たてやま)美月として夫と娘二人で暮らしていたという事が分かったのだ。

 そして、その夫は『立山政夫(まさお)』――刑事が以前所属していた警察署の先輩であり、刑事を郊外の警察署へ異動させた張本人であった。


 「強い恨み? まさか……?」


 政夫の長女『小百合(さゆり)』は現在も行方不明であった。 刑事はもしかしたら田中一家の殺害に長女が関与しているのではないかと直感した。

 とはいえ、さすがに刑事も小百合がこんな人間には不可能な酷たらしい殺人を犯したとは思っていなかった。

 

 「もしかしたら、娘が何らかの方法で鬼を使って美月とその家族を殺害したのかも知れない……」


 刑事は自分の考えが現実離れしていると承知していた。 しかし、かつて非現実的な怪物を目の当たりにした彼は「もしかしたら、あり得るかもしれない」と思ったのである。


 「……取りあえず、マサさんに話しを聞いてみようか」


 刑事は現場を後にし、拘置所(こうちしょ)へ向った。



 ――



 政夫は児童への性虐待、及び薬物使用の疑いで逮捕され、拘置所へ収監(しゅうかん)されていた。

 元警察官が陰惨(いんさん)な児童虐待だけでなく、薬物にも手を染めていたことに世間は衝撃を受けた。 だがそれよりも世間が驚愕した事実は、未成年への性虐待を嗜好(しこう)する十数人もの男達が、児童の父親と共に逮捕された事であった。

 弁護士、大学教授、政治家、芸能人……。 立派な肩書きを持った大人達が、あろうことか児童買春(かいしゅん)組織に身を置いて、目を背けたくなるような忌(い)まわしい犯罪に手を染めていたのである。

 

 しばらくの間、この驚くべき事件は世間を騒がした。 ところがその後、さらに世間を戦慄(せんりつ)させた恐るべき“大量虐殺事件”が起こった。 メディアはその大事件に注目し、世間は元警察官の犯罪などあっという間に忘れ去ってしまった。

 警察も新たに発生した大事件への対応に追われており、一人の娘に対する性虐待事件から端(たん)を発した組織的な児童買春事件に対応している余裕は無かった。


 そんな騒然とした状況の中、刑事は拘置所でかつて自分の頼もしい先輩であった政夫と面会をした。


 政夫の外見は自分が尊敬した先輩の面影(おもかげ)など何処にもなかった。

 白髪交じりの禿げ頭はさらに磨(みが)きがかかり、蛍光灯の明かりに反射して光り輝いていた。 無精(ぶしょう)ひげを生やして虚(うつ)ろな目を刑事に向けている青白い巨漢の男。 もはや薬物依存の中毒症状が出ているようで、太鼓腹(たいこばら)の割に頬(ほお)はゲッソリと痩(こ)けており、さながら餓鬼(がき)のような不気味な風貌(ふうぼう)であった。


 「マサさん、お久しぶりです」


 アクリル製の仕切り越しから刑事が声を掛けるが、政夫は『ボーッ』と刑事を見つめるだけで反応は無い。

 だが、刑事が小百合の名を出した途端、政夫は突然恐るべき獣性(じゅうせい)を蘇(よみがえ)らせ、刑事の身を竦(すく)ませる妄言(もうげん)を吐き散らかした。


 「さ、小百合ィィィ! 俺の……俺の嫁ェ!


 何処だ! 何処にいるッッ――!!」


 獣のようにヨダレを口から垂れ流しながら、アクリル板を『バン、バン』と叩いて刑事に訴える政夫。 政夫の後ろで監視していた二人の刑務官が慌てて政夫を羽交(はが)い締(じ)めにすると、そのまま部屋を出ようとした。


 「待ってくれ! まだ、もう少し彼と話しがしたい!」


 刑事は慌てて刑務官を止め、ふたたび政夫を丸椅子(まるいす)に座らせた。 政夫は少し落ち着いたようで「グルルゥゥ」と獣のような唸(うな)り声を上げて、下を向いていた。

 

 「マサさん……。 それは僕が聞きたい質問なんですよ。 小百合さんの行方(ゆくえ)、貴方(あなた)ならお分かりになっていると思いましてね」


 自分の娘を“嫁”だと放言する異常な男に、努(つと)めて冷静な口調(くちょう)で問う刑事。 政夫は刑事の問いに頭を振り、手錠の掛けられた両手で頭を抱えて不可解な事を喚(わめ)いた。


 「俺は知らねぇ! 小百合はガキに攫(さら)われちまったんだ!」

 

 「ガキ……?」


 刑事は目を丸くした。 ところが、政夫は刑事の問いかけに答えずに顔を上げると、再びアクリル板を『バン、バン』と叩きながら自分勝手な妄言を主張した。


 「小百合を助けてくれ! 銀色の目をした金髪のガキが俺の妻を攫って、俺をこんな風にしちまいやがった!」


 刑務官達が再び政夫を押さえつけようと駆け寄るが、刑事が手を上げて刑務官を制止する。 すると、政夫は醜(みにく)い瞳をウルウルさせて、まるで夢見る乙女のように両手を握りしめながら、吐き気のする願いを刑事に訴えかけた。


 「なぁ、頼むよ……。 小百合を連れて来てくれよぅ。 アイツは俺の嫁なんだよぅ。 俺の愛する妻なんだよぅ……」


 長女だけでなく、次女『有加利(ゆかり)』をも欲望の毒牙(どくが)にかけた忌(い)まわしい父親が何を言うか。 この醜悪なブタが向ける娘への愛など異常な性欲に過ぎない。

 

 もはやここにいる男は刑事の先輩である立山政夫では無い。 薬物中毒になった哀れな異常者。 我が子を性欲の対象とする悍(おぞ)ましい変質者。


 「ふぅ……」


 刑事はこれ以上、政夫に聞いても無駄だと思い席を立とうとした。


 ――その時――


 天井からけたたましいサイレンの音が鳴り響いた!


 「なっ、何だ――!?」


 サイレンの大音量に驚いた刑事は椅子から飛び上がった。 すると、さらに刑事の背後から『バンッ!!』と扉の開け放たれる音が響き渡った拍子で、彼は椅子(いす)に足を取られて転倒した。


 「グゥゥ、イテテテ……ぇ……えっ?」


 慌てて後ろを振り向いた刑事。 目に飛び込んだのは、破壊された扉の奥に佇(たたず)む若い女性の姿であった。



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