黒き百合の誓い
政夫の事情聴取を担当した刑事は、政夫の狡猾な働きかけにより都下の田舎町にある警察署へ更迭された。
結局、有加利は「何者かに辱めを受けた精神的苦痛から自殺を図った」のだと結論付けられた。 さらに、薬物についても「自分で使用したのだろう」という言語道断な結論が下され、女子中学生の自殺に関する捜査は不可解な終結に至った。
政夫は九死に一生を得た。 しかし、薬物については自分が更迭した刑事以外の者も、疑いの目を向けている者がいる事を懸念していた。
(いっその事、仕事止めちまうか……)
政夫はそう考えると、にわかに下半身が疼いた。
そう、政夫が仕事を辞めれば当然彼は無職となり、自宅へ引き籠もる事となる。
政夫が仕事を辞めることは、自宅に監禁されている小百合がさらなる苦難に晒される事を意味するのだ。
哀れな小百合は父が事情聴取を受けている間、物置の中で悲嘆に暮れていた。 猿ぐつわを噛まされた口では舌を噛みきる事も出来ない。
暗闇の中で在りし日の妹の笑顔が脳裏に浮かぶ。
(有加利……ゴメン、ゴメンね……)
涙などとうに枯れたはずだと思っていた。 だが、有加利の無念を思う度、止めどない涙が瞳から溢れてくる……。
『――お姉ちゃん、バイバイ――』
あの日の有加利の姿が、小百合の脳裏に浮かんできた。
「私は……あの男を許さない……」
涙で滲む小百合の瞳には、微かに灰色の影が宿っていた。
それは仄暗い絶望の影から滲み出た憎悪の影。 まだ瞳の奥で蠢いているだけの灰色の影であった。
――
無職となった政夫は、その恐るべき獣性をさらに逞しくした。
父の蛮行に激しく抵抗するようになった小百合を暴力で抑え付け、覚醒剤を投与して意識を混濁させた。
忌まわしい禁忌を犯した後は、娘の口に猿ぐつわを噛ませ、自傷行為に走らないように両手足に手錠を掛け、部屋に監禁した。
「もう、死んでも良い……」
最愛の妹を失った小百合は生きる勇気を無くしていた。 一日に二回、政夫が持ってくるコンビニ弁当も手つかずのまま、小百合は日に日に痩せ衰えて行った。
だが、冷酷な男は娘に無理矢理食事を取らせ、毎日我が子を犯した。 昼も夜も、来る日も、来る日も、その獰猛な欲望を娘の身体に吐き出し続けた。
仕事もせず、自宅へ引きこもり、我が子に凄惨な虐待を続ける政夫。 すでに薬物依存に陥っていた政夫は覚醒剤の購入資金で退職金を食い潰し、ついに生活費は底をついた。
すると、政夫は生活費を稼ごうと、悪逆非道なさらなる大罪を犯した。
政夫は我が子との忌まわしい行為をスマホに記録する事が日課であった。 あろうことか、この罪深い亡者はスマホに記録したその禁忌の動画をインターネット上で販売し始めたのである……。
ネットには政夫のような欲に塗れた亡者達が山ほど蠢いている。 そんな外道共は政夫の動画を喜んで買い漁り、普段は隠し通している醜悪な欲望をその動画で満たしたのであった。
――
ある日、ベッドに拘束されていた小百合は、ふと机の引き出しから何かがはみ出している様子を目にした。
「あれは……?」
引き出しからはみ出ていた物は明らかに手紙のようであった。
(もしかしたら、有加利が……?)
そう直感した小百合は何とか目に映る手紙を手に入れようと考えた。
普段、小百合は右足首に手錠を掛けられていた。 片方の輪は彼女の右足首に、もう片方の輪はベッドの脚に括り付けられていた。
小百合の力ではベッドを引き摺って正面の机に行くことなど出来ない。 何とかして、この手錠を外されたタイミングで引き出しの奥に見える手紙を手に入れなければならない。
そこで小百合は一計を案じた。
小百合はしばらくの間、父に従順な態度をするようになった。 すると、父の皮を被った獣は「ようやく娘も俺の愛が分かってくれたのか」等と薄汚い目を細め、徐々に警戒心を解いていった。
やがて、獣は娘の拘束を外して性行為をするようになった。
それでも娘が逃げない事に安心すると、娘をすぐに拘束せず、机に座らせた状態で行為に及んだり、四つん這いにさせたりする等の醜悪な行為を娘に強要した。
小百合はその残虐な行為に耐えながら、隙をついて何とか手紙の回収に成功し、その時幾つか睡眠薬の回収にも成功した。
手紙は小百合が予想していた通り、妹が自分に宛てた手紙であった。
父は毎日深夜になると必ずコンビニへ行く。 小百合は獣が外出するまでの間、手紙をベッドの下に隠していた。 そして、深夜になって獣がコンビニへ行った時を見計らい、左足で手紙を引き出すと、器用に足の指で手紙を広げ、妹の手紙を読んだ。
――手紙の内容は、もう分かっていた――
これから旅立つ決意に満ちた淀みない妹の筆跡。 姉の不在時に父から性虐待を受けていた事。 そして、その結果、父の子を身ごもった事。 さらには、父が自分との約束を反故にした事に絶望し、自殺をしようと決心したことが綴られていた。
手紙の中で、有加利は姉に悍ましい事実を相談出来なかった事を詫びていた。 有加利は、ずっと前から姉が父から性虐待を受けていた事を知っていたのだ。
彼女はその忌まわしい禁忌を父に止めるよう懇願した。 すると、父は『姉への虐待を止める』と有加利に約束する代わりに彼女の身体を求めたのであった。
こうして有加利は姉の為に残酷な虐待を耐え続けた。 恐らく有加利にとって、地獄より辛い時間であったに違いない。 だが、彼女はそれでも姉の前では笑顔を振りまき、姉に気づかれまいと痛ましい心に蓋をし続けていた。
有加利にとって、姉が「一緒に家を出よう」と言って来てくれた事は何よりも嬉しかったそうだ。 姉の提案に中々返事をしなかったのは、父の存在に怯えていたからだ。
だが、姉から家出の綿密な計画と、家を出た後の夢を聞かされたとき、彼女は勇気を出して姉と第二の人生を歩もうと決意した。
ところが、そんな決意をまたしても憎き父が打ち砕いた。
姉と家を出ようとした一週間前、有加利は父の子を妊娠したと知った。 そして、父が自分を裏切り姉への性的虐待を継続していた事を知った。
さらに、有加利が死を決意させた事実――手紙には綴られていなかった事実――を知ると、有加利は姉と家を出る選択をせず、自ら命を絶つ選択をしたのであった。
妹が綴った痛ましい文字に涙が落ちた。 小百合の瞳から流れる止めどない涙がインクを滲ませる。 大切な手紙を涙で破く訳には行かないと『ジャラ、ジャラ』と手錠の鎖を鳴らしながら一生懸命涙を拭い、読み続ける小百合。
だが、妹の最後の言葉で小百合の涙は再び手紙を汚してしまった。 もう、彼女はあふれ出る涙を止める事が出来なかった。
手紙には、最後にこう綴られていた。
「――お姉ちゃん、生きて――!」
「生きて、生き抜いて、私の分まで幸せになって」
――
毎晩続く“醜悪な儀式”が終わり、性欲に塗れた悪魔は娘のベッドの上で満足げにイビキを掻いて眠っていた。 腹の膨れたふしだらな裸体を曝け出し、ブタのように眠る人間のクズ。
そんな卑劣な男が眠るベッドの前には、一糸纏わぬ姿をした娘の姿があった。
冷酷な手錠を掛けられた跡が見える彼女の両手。 その痣だらけの痛ましい両手には包丁が握られていた。 彼女の美しい太ももからは、目も背けたくなるような白濁した獣の体液が滴っている。
その日、父は娘の拘束を外して性行為に及んでいた。 娘は薬物を投与された影響か、淫らな痴態を父に晒すと、積極的に父と接吻を交わした。 その様子は、まるで禁忌の背徳を愉しんでいるようだった。
父は夢にまで見た我が子の淫乱な様子に興奮を隠せず、全精力を娘の身体に注ぎ込み、悦びの咆吼を上げた。
父は精力を絞り出して疲れ果てたのか、娘のベッドで眠りだした。
娘はその瞬間を待っていた。 本来ならこの時、娘は逃げていれば良かったのかも知れない。
だが、娘は逃げようとはしなかった。
『――この悪魔に復讐をする――』
妹と自分を弄んだ偽りの父。 憎むべき獣。 そんな仇敵を殺すのは今しかない。 彼女は握りしめた包丁に、妹の無念を晴らそうとありったけの力を込めた。
小百合の栗色の瞳には黒い影が蠢いていた。 それは慄然たる怨念の影。 憎悪の炎。
泥に穢された哀れな身体から迸る瞋恚の焔。 猛然とした漆黒の炎は、惰眠を貪る野獣を包み、焼き尽くさんと蛇のようにうねり狂った。
(殺す……この男を。 妹を殺したこの男を殺さなければ、私は死ぬ意味が無い)
恐怖は無い。 後悔もしない。 罪悪感も無い。 この野獣を惨殺する事こそ、自分の宿命であると小百合は確信していた。
『――スゥゥ――』
大きく深呼吸をして、呼吸を整えた小百合。 それと同時に両手の包丁を頭上高く振り上げて、父の顔を見据えようとした。
――その時だった――
「――なっ――!?」
なんと、幸せそうにイビキを掻いていたはずの父が突然飛び起きて、小百合に体当たりを仕掛けたのである!
「なっ、何で――!?」
狼狽する小百合を押し倒し、瞬く間に包丁を奪い取った政夫。
「ひゃ、はっ、はっ、はぁ! お前の考えなど“お父さん”にはお見通しなのだぁ!」
醜いヨダレを吐き散らしながら、目をひん剥いて高笑いを放つ政夫。 両手を押さえ付けられた小百合は何が起こったのか理解が出来ず、政夫の背後のベッドに視線を移した。
「――!!」
すると、ベッドの上に薬のカプセルが見えた。 小百合が獣に“口移し”で飲ませたはずの睡眠薬であった……。
「くっ、くっ、くっ……。 可笑しいと思った。 いくら“シャブ”を打ったからと言って、お前があんな淫らになる事なんて今までなかったからな。
ましてや自分からキスをせがむなんて……」
政夫はそう言うと、包丁を扉に向かって投げつけた。 そして、呆然とする我が子を起き上がらせて強引に唇を奪うと、ベッドの上へ押し倒した。
「――イヤァァァ――!」
憎悪の炎を宿していた小百合の瞳に絶望の色が混じり合った。 彼女は父の殺害に失敗し、再び地獄の責め苦を受ける事になったのである。




