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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
漆黒のユリ

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隘路の茨


 高校生三年になった小百合(さゆり)は、中学生の頃から行なっていた援助交際で貯めた資金を元手に家を出ようと計画した。

 本当は一分一秒でも早く家を出たかった。 だが、自分が逃げれば妹の有加利(ゆかり)に危険が及ぶ。 今のところ、父は妹に手を出している様子は無い。 妹にもそれとなく父の様子を聞いてみたが、父は卑劣(ひれつ)(けもの)でありながらも小百合との約束は一応守っているようであった。


 小百合は妹を説得して、高校卒業と同時に妹と家を出ようと考えていた。

 まさか自分が父に(はずかし)めを受けている事など妹に告白できなかった小百合は「母が変わってしまった理由は、そもそも父が浮気をしていたから」という事実を告げて妹を懇々(こんこん)と説得した。

 不審がる妹に対して時間を掛けて説得した小百合。 そして、ついに妹は姉と家を出る事に頷いたのであった。


 高校三年間も中学時代と変わらず地獄の日々であった。 しかし、それも明日で終わりを(むか)える。


 高校から真っ直ぐ帰宅する途中、いつもの“二つ目の十字路”にさしかかった時、登校中に別れた妹の言葉を思い出した。


 『――お姉ちゃん、バイバイ――』


 妹の言葉が何故だか頭から離れない。 胸の鼓動が小百合の不安を駆り立てる。 妹はすでに帰宅しているはずで、荷物を(まと)めて小百合の帰りを待っているはずだ。

 父は事故対応の為、帰宅が遅くなる事を事前に知っていた。 妹と一緒に家を出るのは今日しかない。 


 小百合は全速力で駆け出した。


 いつものように玄関を開け、転げるように廊下に上がった小百合。 予定通り、父は帰って来ている様子はない。 玄関の三和土(たたき)には妹の白いスニーカーが並べられており、妹も予定通り帰宅しているようだった。


 「――有加利、ただいま――!!」


 二階に向けて大声で叫ぶ小百合。 ……だが、いつものように階段から駆け下りてくる妹の姿は無い……。 リビングは不気味な程に静まりかえっている。


 「有加利、今日出発するって、お姉ちゃん言ったでしょ! モタモタしていると、お父さんが帰ってくるよ!」


 二階にいるはずの有加利からは、返事が無い。


 (部屋で昼寝でもしているのだろう……)


 そう思った小百合は焦燥に駆られていたのか、なかなか部屋から出てこない妹に対して不満のため息を漏らし、憮然(ぶぜん)とした様子で二階へ上がった。


 小百合の荷物は学生カバンだけであった。 その中に預金通帳やら現金やらこれからの生活に必要な資金を全て入れ、妹と一緒に第二の人生を歩もうと思っていた。


 「有加利、二人で住むことになっても、貴方は心配すること無いから。 私が働いてお金を稼ぐから、ちゃんと高校へ行きなさい――」


 有加利は姉と二人で暮らすようになったら「高校に行かないで仕事をする」と姉に告げていた。

 ところが、小百合は有加利の申し出を断った。 すでに小百合は飲食店で働く口を見つけていたのである。 援助交際をしていた時に知り合った中年の男性が飲食店を経営しており、高校を卒業したら自分が経営する店で小百合を雇用しても良いと言ってくれたのだ。

 無論、その男性は小百合への下心があって言ったことであった。 小百合もそんなことは百も承知であったが、彼女はどうしても性風俗以外の職を選びたかった。

 性風俗やキャバクラで働いた方が高収入である事は分かっていた。 だが、妹の将来を考えると、たとえ収入が厳しくても世間体の良い職に就く事が得策だと考えたのである。


 小百合は妹の将来に期待していた。 有加利はまるで姉の分身であるかのように、小百合とそっくりな外見をしていた。 小百合はそんな妹だからこそ「自分のような不幸を背負わせたくない」と願った。


 小百合は「彼女を幸福にする事こそ自分の生きる希望なのだ」と、この7年にも及ぶ地獄の日々を耐え抜いてきたのだ。


 

 ――



 「――有加利、早く起きて! 『もう、用意出来てる』って朝言ってたでしょ!」


 小百合が幾ら叫んでも妹からの返事が無い。 すると、小百合の頭の中に今朝聞いた妹の声が響き渡ってきた。



 『――お姉ちゃん、バイバイ――』



 「――!? ゆ……有加利……?」


 思い出したくもない有加利の声が、頭の中をグルグルと駆け巡る。


 「はっ……ぜぇ、ぜぇ……」


 (そ……そんな……はず……)


 「――有加利! 部屋にいるんでしょ! お願い、返事して!」


 小百合は頭に渦巻く恐ろしい想像を掻き消して、声を上げて有加利を呼んだ。 しかし、無情にも有加利からの返事はなかった……。


 妹の部屋のドアの前に立った小百合。 彼女の心は妹の異変に気付いていた。


 「ゆ、有加利……? ど、どうしたの? お姉ちゃん……ドア……開けるよ」


 不気味に静まりかえる廊下に小百合の声が響く。 有加利の部屋からは物音一つ聞こえない。


 「はぁ……はぁ……」


 有加利は間違いなく部屋にいる。 小百合は何故だかそう確信していた。


 すぐにでも部屋のドアを開けて有加利の姿を確認したい。 だが、ドアノブに触れる手が激しく震え、胸の鼓動が部屋へ入る事を拒絶する。


 「はぁ、はぁ、大丈夫……。 大丈夫だから……」



 暴れる心にそう言い聞かせ、小百合は思いきってドアを開けた。

  


 「………」




 「………うそ………?」




 小百合の呼吸が止まった。 心臓がキリキリと痛む。 『ドク、ドク……』と耳の中に響き渡る心臓の鼓動が小百合の胸を激しく突き刺している。


 小百合の目の前は真っ白になった。


 だが、部屋の壁に迸る妹の赤い涙が目に飛び込むと、再び小百合を残酷な現実に引きずり戻した。



 「――――イヤァァァァ――――!!」



 現実を受け入れられない小百合の悲鳴が響き渡る。 その悲痛な叫びに近隣の住民が慌てて飛び出し、心配そうに立山家へ目を向けていた。


 机に顔を伏せている少女は眠っていた。


 (おびただ)しい血の海に抱かれながら……。


 少女は刀で自身の首を切りつけ、忌まわしい自分に別れを告げた。


 少女は姉に別れを告げた。


 そして、少女はお腹に宿った新しい命に別れを告げた。



 ――実父(じっぷ)との間に宿った呪われた命に別れを告げたのである――



 ――



 父は小百合との約束などとっくに反故(ほご)にしていた。 すでに、まだ中学生であった有加利をも(いま)まわしい毒牙にかけていたのだ。


 「この事を小百合に言ったら、小百合に慰めて貰うから」


 有加利は父に脅され、姉の為に醜悪な欲望を受け入れ続けた。 父はそんな年端のいかない幼い娘に忌むべき禁忌(きんき)を犯し続けた。

 獣と化した父は、姉を愛する心優しい娘の心を踏みにじった。 そして、美しくも華奢(きゃしゃ)である少女の身体を乱暴に(むさぼ)り喰った。


 母がいなくなった父の為、姉の為にその身を犠牲にして家事をこなしていた健気な少女。 全ては『家族の幸せ』の為に身を捧げた娘に対する残酷な仕打ち。


 苦痛、哀しみ、怒り……。 有加利は理不尽に降りかかる不幸に悩み、苦しんだ。

 何度も姉に相談しようと懊悩を繰り返した。


 だが、有加利は姉に相談する事なく、耐え続けた。


 姉を心配かけさせまいと、姉の前では笑顔を見せた。


 心を(えぐ)られ、身体(からだ)(けが)されても、ただひたすら姉の幸福を祈り続けた。


 しかし、父の子を妊娠した事に気が付いた時、彼女の心はガラスのように粉々に砕け散った。


 有加利はお腹に宿る父の子と共に死ぬことを選択した。 だが、それは父との間に出来た背徳の子の将来を悲観したという訳では無かった。


 姉と家を出る約束をした日、姉への思いを(つづ)った手紙を書き終えた有加利は、誰もいない姉の部屋に行った。 そして、睡眠薬が大量に隠されている机の中に、その手紙を忍ばせた。


 痛ましい涙の跡が刻まれた顔に微笑(ほほえ)みを称え、妹は愛する姉に別れを告げた。



 「バイバイ、お姉ちゃん」



 自室へ戻った有加利は、それから間もなくして自らの首をナイフで切りつけた。




 『――お姉ちゃん、大好き――』




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