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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
漆黒のユリ

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22/186

泥人形


 「(きたな)い……。 私は、ケガレている……」


 「ワタシは……(けが)れた泥人形(どろにんぎょう)……」


 「もの言わぬ人形……ただ、汚らしい泥を()られて息を(ひそ)めている哀れな人形……」



 ――



 早朝のある日、18歳の立山小百合(たてやまさゆり)は自宅の洗面所で入念に手を洗っていた。

 鏡に映る小百合は制服姿であった。 これから、学校へ行くつもりであろうか。

 洗顔はすでに済ましているようで、冷たい水を浴びたせいなのだろうか、顔はほんのりと赤くなっていた。 すっと伸びた小さい鼻の頭には水滴(すいてき)が垂れており、洗面台にポチャリと落ちる。

 笹のような眉毛にもまだ少し水気が残っていた。 よく眠ることが出来なかったと見えて、桃花(とうか)に似た美しい目の下には大きなクマが出来ていた。

 彼女の髪はよく見るとまだ濡れていた。 顔が紅潮していたのは、洗顔をした訳では無く、シャワーを浴びていたからのようだ。


 小百合はシャワーを浴びた後、タオルで拭いただけの髪を強引に後ろに(まと)めて制服を着ると、そのまま洗面所でしばらく手を洗っていたのである。

 

 「小百合、お前、いつまで手を洗ってるんだ?」


 鏡の向こうにはニヤニヤした笑みを浮かべる父『政夫(まさお)』の姿があった。

 

 小百合はまるで汚物を見るかのような(さげす)んだ視線を、鏡の向こうにいる父の顔に刺した。 そしてすぐに目を(つぶ)って父を視界から消し去ると、ココロ中で自分にこう言い聞かせた。


 (あと少し……あと少しだから……)


 すると、リビングの方から妹の声が聞こえてきた。


 「――お姉ちゃん、もう朝ご飯間に合わないよぉ! 早く行かないと学校遅刻しちゃうから!」


 妹『有加利(ゆかり)』の快活(かいかつ)な声が“夜の恐怖”を少し(やわ)らげた。


 「今、行くから!」


 小百合はそう言うと後ろを振り向いた。

 母親がいない立山家は、有加利が家事を(にな)っていた。 彼女は中学生でありながら父と姉の食事を作り、掃除洗濯までする家族思いの優しい子であった。

 父は今起きてきたばかりのようで、パジャマ姿で欠伸(あくび)をしながら娘の背中を眺めていた。

 

 うら若い愛娘(まなむすめ)(なま)めかしいくびれた腰。 その下には可愛らしい制服のスカートが膝丈(ひざたけ)まで伸びており、ふっくらしたお尻を隠している。 小百合が振り返るとスカートの(すそ)がイタズラにフワッと舞い上がり、彼女の白く美しい太ももを(あら)わにさせた。


 「ふぁ……なんだ小百合、お前、朝ご飯食べないのかぁ?」


 政夫はそう言うと、再び含み笑いを浮かびながら小百合の前へ歩み寄った。 しかし、小百合はそんな父を一瞥(いちべつ)すると、肩に手を触れようとする父の手を(たく)みに避け、小走りでリビングへ向って行った。


 「アイツは中学生の時が一番可愛(かわ)かったな……」


 何も言わずに通り過ぎていく娘の背中を見送りながら、父は残念そうにぼやいた。



 ――



 小百合(さゆり)の高校は自宅からは徒歩で歩くことが出来る距離にある。 父が「遠方の高校は危ないから」という理由で、小百合を自宅から近い高校へ通わせたのである。

 妹の有加利(ゆかり)は中学二年生。 彼女もまた地元の中学に通っており、姉とは通学路が途中まで一緒であったので、二人は“二つ目の十字路”まで一緒に学校へ通っていた。

 

 「お姉ちゃん……最近、また眠れないの?」


 いつも一緒の通学の途中、有加利は心配そうな顔を小百合に向けた。


 「うん……。 でも、大丈夫。 気にしないで」


 有加利の顔に向けて微笑(びしょう)()らす小百合。 有加利の幼い顔立ちは、まるで中学生の自分を見ているようで少し複雑な気になる。 だが、妹は“(けが)れた自分”とは違い、無邪気な笑顔を小百合に見せる天使のような存在であった。


 有加利の存在があったからこそ、小百合は今まで“あの家”で暮らしていくことが出来たのだ。

 小百合は自分の分身のように感じる有加利に一縷(いちる)の希望を見いだし「妹には幸せになって欲しい」と願いながら、彼女を可愛がっていたのである。


 「お姉ちゃん……。 もし、何か悩み事があったら、私に何でも相談してね」


 二つ目の十字路まではすぐそこである。 二人はその十字路で別れ、各々の学校へと向うのであった。

 

 「うん、アリガト、有加利! 有加利も何か嫌なことがあったら、私に相談するんだよ」


 「うん! じゃあ、また学校終わってから家で待っているから。 今日はちゃんと真っ直ぐ家に帰って来てね!」


 十字路の真ん中で姉妹が別れを惜しむかのように話しを続けている。 その光景は日常の光景ではあったが、何故か二人ともいつもよりも増して別れが惜しい気がしてならなかった。


 「ふふふ……大丈夫よ。 今日は”約束の日”なんだから当たり前でしょ! それに、もう私は“アイツら”とは付き合ってないからすぐに帰るわ。 “ウリ”も止めたし」


 有加利は小百合の”ウリ”という言葉を聞くと、にわかに(かな)しそうな表情に変わった。


 ウリとは身体を売ること――つまり、売春である。 小百合は同級生の悪友達と共に援助交際という悪事に手を染めていたのである。

 

 小百合は哀しげな顔を見せる有加利に、そんな如何(いかが)わしい言葉を口走(くちばし)った事を後悔した。 彼女は妹の頭を優しく撫でると「大丈夫、もう二度としないわ」と言って微笑み、言葉を続けた。


 「お姉ちゃんは今日で高校を卒業する。 そしたら有加利、約束、分かっているわね?」


 小百合は妹の頭を撫でながら真剣な眼差(まなざ)しで有加利の顔を見つめた。

 栗色の奥に宿る姉の決意の視線に、有加利の視線が交差した。


 「うん……。 もう出る準備はしているから……。 私はお姉ちゃんとずっと一緒だから……」


 有加利はそう言うと姉から視線を()らし、アスファルトを見つめた。


 「アリガト、有加利! じゃあ、今日は絶対真っ直ぐ家に帰るから!」


 小百合は妹の言葉に満足げな笑顔を浮かべると、妹の頭を『ポン』と優しく叩いた。


 すると、十字路の真ん中を塞いでいた二人に対して、接近してきた車が苛立(いらだ)たしい様子で『パァァァ――!!』とクラクションのラッパ音を響かせた。


 「――うわぁぁ! じゃあ、お姉ちゃん、バイバイ!」


 クラクションに驚いた有加利が後ろへ飛び退ける。 すると、二人の間をゆっくりとトラックが通過して行き、(いと)しい妹の姿を(さえぎ)った。



 (――お姉ちゃん、バイバイ――)


 

 小百合はその言葉に一瞬背筋に悪寒(おかん)が走った。


 「あっ、有加利っ! 待って――!!」


 小百合はそう言って有加利を呼び止めようとした。 だが、トラックが通り過ぎた時には、すでに有加利は学校へ向かって走っていた。 小百合から離れて行く有加利は姉の声に気付いておらず、向こうの見えるT字路を曲がって姿が見えなくなってしまった。



 ――



 「ねぇ、小百合♪ この間さぁ、結構カネ持ってるオッサン捕まえたんだけどぉ……。 今日で学校も終わりじゃん? 小百合も卒業式なんか出ないっしょ? どうせ、お互いヒマぶっこいているんだろうし、一緒にやらない? ……パパ活♡」


 学校の教室では、金髪のツインテールの女の子が小百合に声を掛けていた。 目尻(めじり)にキラキラしたラメを付け、ツヤツヤした口紅を塗っているホステスのような女の子。 「一体、何しに学校へ来ているのか?」と小一時間問い詰めたくなるような容貌(ようぼう)であったが、見渡してみると彼女のような女の子は教室の中にゴロゴロいた。

 女子だけではない……。 男子は男子で小さな鏡なんぞを持ち出して一生懸命眉を描いている者、仲間達とソシャゲに興じている者、他クラスの女子とイチャイチャしている者など、“ダラケ具合”は女子と遜色(そんしょく)がない。 小百合のクラスはこの場所が”勉強をする場所である”と微塵(みじん)も感じる事が無いような、フリーダムな空間であった。

 

 「いや、明日は用事があるからいいわ」


 混沌(こんとん)とした教室を見渡しながら、小百合は同級生の誘いを断った。


 「なんだよ、最近、小百合ノリ悪いよね! ウリやるよりもオッサンとデートした方が楽なんだよ?」


 そう放言して不満げな様子で腕を組む悪友に、小百合は微笑を浮かべながら再び誘いを断った。


 「まあ、分かるんだけどさ。 明日から妹と卒業旅行に行く予定なんだよ。 だから、ゴメン。 明日は無理なんだ」


 そう言って両手を合わせて謝る小百合に、悪友は「――チェッ、何だかんだ言って小百合の家族、仲いいもんね」と(うらや)ましそうに腕を組むと、後ろを振り向いた。 そして、教壇(きょうだん)に腰を下ろしている女子生徒に歩み寄り、再びパパ活の勧誘をし出した……。


 「……仲の良い家族……か……」


 小百合は同級生の言葉を繰り返すと、桃色の唇を噛みしめた。 唇はみるみる赤くなっていよいよ血が(にじ)む程になった時、彼女は唇を噛んでいた白い歯を離した。 そして、吐き捨てるようにこう(つぶや)いた。


 「――“(けもの)”の住む家が、幸せな家族なもんか!」


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