篠木希海の手記
私の名前は篠木希海、12歳。 中学一年生。 ……いや、間違えた。 今は3月だからまだ小学六年生ね。 4月でやっと中学生になるんだった。
4月になると父と母、弟が亡くなってから丁度三年になる。 あの時と同じで、3月なのに雪も降るし、4月もまだまだ肌寒いみたい。
私の誕生日は5月3日だから、それを過ぎれば13歳になる。 まだ、小学生という気分が抜けていないけど、13歳になれば中学生という自覚が持てるのかな? もし、そうだとすれば、小学生である今の間に私がこの三年間で経験した事をこのノートに書いて置きたいと思う。
私が何故そんな事を思ったのか? 大人になっても“あの時の事”は忘れるはずないけど、何だか自分が再び憎悪に取り込まれるんじゃないかと不安になったから……。
父、母、弟は、伊奈様のお屋敷の外にある庭園で眠っている。 お墓の中で私を見守ってくれている。 私は庭に行って、三人のお墓にお花を供えるのが日課だ。
伊奈様――森中伊奈――は私がまだ憎悪なんて知らなかった頃、私の憧れのアイドルだった。 テレビや雑誌でしか見る事が無かった伊奈様。 まさか、そんな伊奈様に自分が助けられるとは思っても見なかったし、一緒に住む事なんて夢にも思わなかった。
そして、伊奈様にあんな力があるとは……。
――
私は木佐貫蒼汰に家族を殺された後、伊奈様に引き取られた。
気が付くと私は病院のベッドの上だった。 警察の人とかテレビ局の人とかがひっきりなしに病院へ来ていて怖かった事を思い出す。 テレビのニュースじゃ、木佐貫蒼汰が復讐の為に私の家族を殺して、その場で自殺したと流れていた。 まあ、その通りなんだけど、その後の話しはちょっと違っていた。
私の両親と弟を殺した”蒼汰さん”は私の手に持っていたナイフで自分の胸を貫いた。 そして、彼の身体はあっという間に砂のように崩れたように思えたけど、何故かテレビでは彼の遺体は存在し、警察に回ったそうだ。
後で榊原さんに聞いた話では、伊奈様が蒼汰さんそっくりの『人形』を用意したそうだ。 人形といっても人間と殆ど変わらないと言ってたけど、何でそんな事出来るのかは分からない。 まあ、伊奈様なら何でも出来るんだろうと思うしかない……。
それで、その人形を犯人『木佐貫蒼汰』として警察が持って行ったという訳。 私はその場で気絶していた所を救急車で運ばれて入院したけど、それから間もなくして伊奈様が私を引き取りに来た。
伊奈様はボランティア活動をしていて「恵まれない子に愛の手を」なんて言って、孤児や貧乏な家にお金を寄付したり、子供達を学校に通わせて上げたりしていた。
さすがに私みたいに他の子を引き取って育てようとした事はなかったけど。 私が引き取られた理由は……すでに決められていた事だったから。
世間は私が伊奈様に引き取られた事を聞いて、伊奈様を賞賛していた。 当の伊奈様は「賞賛するくらいなら、自分達も同じ事をすれば良いのにね」と笑っていたけど。
それに、伊奈様は別に私を哀れんで引き取った訳では無いと言った。
「アナタはもうアタシと一緒でなければ生きていけないの」
伊奈様はそう言って私の顔を見て微笑んだ。
――
伊奈様のお屋敷にはヘンテコなロボットの他に榊原さんや島田さん、細木さんというお兄ちゃんがいた。 皆、私と同じように憎悪に囚われて誰かに復讐を望んだ人達……。
でも、私は皆とは違う。
皆は伊奈様に力を授かって、自分達で復讐を果たすことが出来た。
私はもう、復讐するべき相手がいない。 だって蒼汰さんは、自殺したんだから……。
……私の家族を殺したヤツを蒼汰さんと呼ぶなんて、自分でも変だと思う。 でも、テレビや新聞で父が犯した罪を聞いた時、私も蒼汰さんと同じように父を憎んでいたはずだと思った。
だからと言って、蒼汰さんに同情している訳では無い。 家族を殺したアイツを憎んでいないはずが無い!
……でも、殺したいほど憎んでいるかというと……
今はそんな気が薄らいで来ているような気がする。 だから、アイツと呼ぶ事に気が引けた。
これは私のココロに巣くう憎悪が薄らいで来ているから……いや、“薄らいで来ている”んじゃなくて、抑え込まれているから。 伊奈様の力にお陰で。
そう、伊奈様には不思議な力があった。 その力を授かった蒼汰さんは、自分の家族を殺した父に復讐を果たした……。
でも、私は父を殺した蒼汰さんに復讐する事が出来なかった。 それは伊奈様にも想定外の事だったみたい。
伊奈様はその力で私の憎しみを封じ込めた……私が憎しみに囚われて“鬼”になる前に……。
この世界には“鬼”という存在が本当にいるそうだ。 まるで『桃太郎』とかのお伽話みたいだけど。 榊原さん達はもちろん見た事があるそうだけど、滅多にお目身掛る化け物じゃないみたい。
まあ、そりゃそうよね。 憎しみを持っている人達なんてこの世界にゴマンといる訳だから。 その憎しみを持っている人達の中でも一際強烈な憎悪を持っている者。 そして、深い絶望と孤独を抱いている者でなければ鬼になる事なんて無い。
私は不幸な事にその条件が揃っていた。 深い憎しみと絶望、そして孤独を感じていた。 そして、復讐することが出来ないまま、鬼になろうとしていた時に伊奈様に救われた。
『救われた』と言うのも変な話しだけど、私はそう思っている。 蒼汰さんに復讐する力を与えたのは伊奈様であり、その力を使って蒼汰さんは私の家族を殺した。 そう考えると私は伊奈様も恨むべきだと思うんだけど、蒼汰さんと同じように、父が犯した罪を知ってしまった今では、逆に伊奈様には感謝している。
私のココロを縛ろうとする憎悪を抑え込んでくれている事を。
――
私の憎悪を抑え込んでくれている伊奈様の力。 この力をコントロールするのは本当に苦労した。 とにかくドアを開けるにも一苦労。 鍵が開いているドアなのかちゃんと確認しないと、すぐドアを壊しちゃう。 もし鍵が掛っていたら、普通にドアノブをひねると鍵が壊れるし、適当に引っ張るとドアごと外れちゃうんだから。
走ることも、歩くことも苦労した。 皆、私について来れないんだもん。 他人の動作が遅すぎて、欠伸が出る事も何度あった事やら。
私は伊奈様に引き取られて東京へ来た後、すぐにお屋敷の近くにある小学校へ転校した。 でも、そんな身体の変化について行けなくて、しばらく学校を休んだ。 半年くらいだったかな? 折角、転校して来た学校なのに、皆と仲良くするつもりが逆に怖がられてしまった……。
学校を休んでいた間、榊原さんと細木さんに“力の制御”を教えて貰った。 お陰で皆と同じスピードで歩くことも出来るようになったし、ドアを壊すことも無くなった。 タマゴだって潰さずに割れるようになったんだから、我ながらスゴイと思う。 (自慢になっちゃう?)
力の制御が出来るのようになると、学校生活も少しは楽しいと思うようになった。 ただ、ちょっとイライラするとすぐ机とか壊しちゃうんだけど、それも皆にバレないようにする方法も身についた。
フツウの生活が出来るようになった後、私は榊原さん達と一緒に憎悪を抱いている人を探す仕事を手伝うようになった。 ……とは言っても、鬼になる程の憎悪を抱いている人など殆どいない。 する事と言えば、“裏の情報筋”を辿って来た“相談者”の話しを聞くくらい……。 喫茶店とかで相談者と面談する仲間に同席して、ジュースを飲んでいるだけだった。
――この世には恨みを晴らしてくれる代行者がいるらしい――
ヤクザみたいな裏の仕事をしている人達の間では、そんな噂が昔からあったそうだ。 相談者はそんな人達の噂を聞きつけて私達の許へやって来る。 でも、それは間違った噂。 代行なんてしやしない。
あくまで恨みを晴らす為の手伝いをするだけ――そう、私達は鬼になる程でも無い人に、恨みを晴らすための手伝いをしている。
私のココロ中に在るような恐ろしい憎悪では無く、些細な恨みや怒り……。 そんな負の感情を持っている人達にその感情を晴らす為の手伝いをする。 それが私達の仕事。 ただ、あくまでも手伝いをするだけで、相談者は自分自身の力で負の感情を消滅させなければならない。
でも、中にはどうしても自分自身の手には負えない憎悪に囚われた人もいる。 そんな人は滅多にいないけど、中には鬼になる程の絶望と孤独に苛まれている人もいる。
私達がそんな人を助けようとする事は、伊奈様が許さない。
「復讐は自分でやりなさい」
それが伊奈様の教えだから。 私達は自分の手に負えない憎悪を持った人達を伊奈様の許へ連れて行く。
伊奈様の力を授かれば、必ず復讐は成功する。 だって、細木さんのように数千人の人間すらあっという間に殺せる程の力を持てるんだから。
ただ、その力を持つ為には、伊奈様と恐ろしい約束をしなければならない。
「復讐をする者を愛する者達を皆殺しにすること」
その約束を守れる自信が無い人は死んでもらう。 鬼になる前に私達が殺す……。 だから、私達は尻込みする人を説得するのも仕事の内かもしれない。 だって、憎悪に囚われて苦しんでいる人を殺すのは忍びないから。
――
この三年間、鬼になる程に憎悪に囚われた人はただ一人だった。 殆どが恨みや怒りなんていう“些細な悩み”を抱える人達で、私達が手伝いをして何とかなる人達ばかりだった。
でも、伊奈様に力を授かった人――『小百合』さん――は、私達の手には負えなかった。
それ程までに強い憎悪。 しかも、その憎悪が家族に向かっていたなんて……。
その小百合さんも今や私達の仲間になって、お屋敷の近くで喫茶店のママをやっている。 私を可愛がってくれるし、何よりもタダでジュースを飲めるから私にとってはお姉さんみたいな人。 それに、最近では相談者が多くなって来たし、小百合さんの喫茶店で相談者と面談出来るようになって助かっている。
そんな私のお姉さんである小百合さん。 私は小百合さんの事が大好きだ。
でも、私は小百合さんがやった復讐は間違っていると思う。 そんな事、小百合さん自身もそう思っているし、仲間達もそう思っている。 皆、自分がやった復讐を“良い事”だとは思ってはいない。
復讐をする人達は皆『悪人』なんだ。 私達の誰もがそう思っているし、伊奈様だってそう思っている。
……でも、悪人になってまでも復讐を果たしたいと思う人はいる。 そこまで追い詰められた人を鬼にさせない為にも、私達はそんな人に道案内をする。
――修羅の道への案内を――




