囚われた姫
「……とまあ、そういう事なのじゃ」
赤裸々に過去を語った真片の声は、信者達に呪術を施し、彼等を”鬼”へと変えた悪魔の呪術師とはかけ離れていた。
「別に妾は彼奴らを“鬼”にしようとしていた訳では無い。 彼奴らが“醜い欲望”を持っていた為に”鬼”となっただけなのじゃ!
妾が悪い訳では無い!」
真片はそう言って居直ったが、細木から「この前、強制捜査に入った警官隊を殺したじゃねぇか」と指摘されると途端に黙りこくった。
「……まあ、俺も人の事は言えないがなぁ。 俺だって罪のない多くの人を殺して平然としている悪人だ。 お前よりももっと酷い事をしていると思うぜ?」
細木が再び真片を宥めると、真片は天井から戸惑いの声を漏らした。
「ほ、本当か……?」
「そりゃ、当たりめぇだろ、お前。 俺達ゃ”ケンゾク”なんだぜ? 言っちまえば、バケモノなんだ。 人間の味方じゃねぇのよ、もう」
「そ、そうじゃな……」
……どうやら真片は細木にすっかり懐柔されたようだ。
真片は細木に自分の正体を明かした。 その正体は驚くべき人物であったが、細木にとっては彼女が何者であろうと特に問題ではなかった。
それより、真片が一体誰のケンゾクであるのかが問題であったのだ。
真片は「伊奈は自分の存在を知らないはずじゃ」と細木に言った。
「そりゃ、妾だって馬鹿では無い。 彼奴に気付かれぬよう“異界の空間”を作り出してそこで生活しておったのじゃ」
真片が言うにはこの紫煙漂う空間が“異界の空間”との事であった。
先ほど襖から飛び出して来たバケモノ共は、“鬼”を真似て創り出した人形だそうだ。
「ふっ、ふっ、ふっ……。 じゃが、人形だからと言って馬鹿にするでないぞ! お主も見たように鉄砲をも弾き飛ばす硬度を持ち、鋼鉄をも切り裂く出力を持つのじゃ」
真片はそう言って天井から自慢げな声を響かせた。
――
伊奈は真片の存在を知らなかった。 知っていれば、真片を捉えて拷問にでもかけていたはずだ。
何故、伊奈は真片の存在に気付かなかったのか?
それは真片が自分の“主”から伊奈に気付かれず行動するよう厳命されていたからである。 彼女は“主”の命令を守り、伊奈に存在を気付かれぬよう異空間に身を隠していたのだ。
また、真片の現実世界における“立場”も伊奈が彼女の存在に気付けなかった理由でもあった。
「ふっ、ふっ、ふっ……。 いくら彼奴でも“この空間”の中にいる者を探知する事など出来ぬのじゃ」
真片はそう言って鼻の穴を広げた。 すると、真片の声を聞いて「気を良くしている」と感じた細木は彼女の主の名をそれとなく聞いてみた。
「ふーん、成る程。 それで、お前の“主”っていうのは一体誰なんだ?」
「そんな事言える訳ないじゃろう!」
真片は「アホ抜かせ」と言わんばかりの剣幕で返答を拒んだ。
「……成る程。 しかし、言えんとなればお嬢様に取っ捕まって拷問されるぜ? お前の存在は今この瞬間お嬢様にバレたんだ。 俺がお前の事をお嬢様にチクれば、すぐにお嬢様がお前を引っ捕らえに来る。
知っての通り、お前の力なんてお嬢様のお力の前ではカスみてぇなもんだ。 お前の“主”の力なんてお嬢様の足元にも及ばねぇ。 今のうちに白状しておいた方が身の為だぜ?」
細木はあえて真片を挑発する言葉を吐いた。 すると、真片は案の定挑発に乗ってアッサリと主の名前を細木に漏らした。
「バーカ、誰が言うか! たとえ妾の存在が彼奴にバレても“リリム様”のお名前を出せば、彼奴など震え上がって尻を出して穴に隠れるわ!」
つくづくおめでたい女である。 真片はうっかりと“主”の名をこぼした事すら気付かずにムキになって細木に反論した。 その言動は真片の姿を見ずとも、彼女が年端もいかない少女であると想像するに十分な稚拙さであった。
「あ、そう……」
細木は彼女の言動から、ふと得意げな顔を細木に向ける希海を思い出した。 言葉遣いは違えど、どうも希海と同じ年頃のように思えてくる。
(……コイツ、本当に人を殺した認識なんてないのかもな)
”神光人”に所属して多くの信者に呪術を施した真片。 その結果、信者達は欲に溺れ、人に恨まれ”鬼”へと墜ちた。
だが、それは真片の呪術が原因ではない。 欲深い信者達の悪行が原因なのだ。
己の醜悪な欲望を成就したいが為に真片の呪術に縋った信者達。 真片はそんな罪深い者達の飽くなき欲望を満たしてやる手伝いをしただけなのである。 彼等が死のうが、”鬼”となろうが、彼等自身が欲望に身を委ねたからこそ起こった結果である。 真片にとっては知った事ではない。
ましてや真片は『病院襲撃』には関わっていないと公言している。 真片が『人を殺した』などと思わないのも当然であった。
しかし、どうも一つだけ腑に落ちない点が細木にはあった。 その点を細木が聞こうとした時、真片の身に突如として異変が起こった。
「……むっ? あっ――!」
何かに驚き狼狽する真片の声が天井から聞こえて来た。
「キサマ、一体どこから……?
――わっ!? きゃぁ!!」
真片の悲鳴に重なって『ドタン! バタン!』と何かが暴れた音が天井から響くと、打って変わって静寂が部屋を包み込んだ。
――
「……お、おい……どうした?」
唖然として天井を見上げ、真片に声をかける細木。 しかし、真片の声はパッタリと途絶えたままだ。
紫煙は徐々に薄くなり、気付けば紫色に輝いていた床が畳に変わっていた。 奥に見える武者の鎧の先には板張りの壁が見える。
どうやら、真片が言っていた異界からすっかり脱出したようだ。
「……おい、細木」
すると、不意に天井から伊奈の声が聞こえてきた。
「お嬢様っ!?」
細木は飛び上がって天井を見つめるが、格子状に横木が組まれた美しい天井には誰も居ない。
「この子はアタシが預かるわ。 お前は予定通り大輔を邪魔する者を排除して、あの子が復讐を遂げるまで見守っていなさい」
どうやら、真片は伊奈に囚われてしまったようだ。 伊奈がどうやって真片の呪術を破ったのかは分からなかったが、真片が伊奈の手に落ちた瞬間に呪術は解除されたようだ。
「は、はい。 ……でも、真片薬大寺はどうされるおつもりなんスか?」
細木はどうも真片が“悪い奴”だとは思えなかった。 そればかりか、彼女と話をしている内に何となく愛嬌さえ感じていた。
「心配しなくても、殺しはしないわ。 この子が一体誰のケンゾクなのか問い質すだけ。
まあ、アタシの監視を掻い潜る能力を持つ者だから、大方予想は出来ているけどね」
伊奈は真片を殺すつもりは無いらしい。 細木は伊奈の言葉で密かに胸を撫で下ろしたが、伊奈はそんな細木の真意には気付かなかったようだ。 その場に留まったままの細木に不満げな声を漏らし、大輔を追うよう催促した。
「ほら、そんな事より早く行きなさい! 大輔が復讐を果たしたら、すぐアタシに連絡するのよ」
伊奈は細木にそう命令すると、気を失った真片と共にその場を立ち去った。 伊奈の気配が消えると、途端に周囲が騒がしくなった。
襖の向こうでは信者達の歓声が聞こえていた。
「教祖様、万歳!」
今まで表舞台に姿を現さなかった教祖が、ついに姿を現したのであろうか?
それよりも、大輔は一体どうしたのか?
『まさか、教祖は本当に“月の子”であり、大輔は教祖にやられてしまったのか?』
細木は大輔の事が急に心配になり、異常な脚力で畳を抉らせながらロケットのように駆け出した。
ご覧頂き有難うございました。 本章も残すところあと5話です。
予定よりも長くなってしまいましたが、最後までご覧になっていただけると有り難いです。
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