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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
茶の間のアイドル
11/115

悪魔の正義


 コンクリの壁に(はりつけ)にされている中年男性。 彼は両手のひら、両足の甲をアンカーボルトで貫かれ、固定されていた。

 今年40歳になる男の腹はガマガエルのように(ふく)らんでいた。 手足を(つら)かれて空気が抜けたのか、幾分その腹は(しぼ)んでしまったように思えた。

 

 その男『東郷司(とうごうつかさ)』は木佐貫蒼汰(きさぬきそうた)往復(おうふく)ビンタをされて気を失った後、アンカーボルトで手足を(つらぬ)かれた。 あまりの痛みに絶叫して目が覚めたが、(おびただ)しい血が両手両足から流れている事に気が動転し“愛するパパ”に助けを求めながら、再び眠りについた。


 そして、このあと彼は三度、蒼汰に起こされる事となるのだ。 次に眠るときが永遠の眠りである事を知らずに……。



 ――



 「お願いです! 息子を殺さないで下さい!」


 釣り糸で運転席に縛り付けられている司の父親『東郷左ノ吉(とうごうさのきち)』が蒼汰に向かって必死に懇願(こんがん)している。 容赦(ようしゃ)なく身体に食い込む釣り糸は少し身体を動かしただけで、摩擦(まさつ)によって鋭利(えいり)(やいば)のように皮膚を切り裂いた。


 だが、それでも彼は必死に叫んだ。


 老体(ろうたい)に血が(したた)り、身体が引き裂かれてもでも可愛い我が子を助ける為に……。


 「そう、それが人間の本質だ……」


 運転席で叫ぶ左ノ吉を見つめながら蒼汰が(つぶや)いた。 その瞳は穏やかな父親の目をしていた。

 

 そして蒼汰は振り返り、前を向いた。


 およそ400メートル先には、妻と娘を()き殺した犯人がいる。 あの時の凄惨(せいさん)な光景を思い浮かべると、彼の瞳には再び鬼が宿(やど)った。


 「 死ね 」


 蒼汰は手に持っていた小石を、司めがけて投げつけた!


 『――バッッカンッ――!!』


 まるでマグナムか砲弾が壁にあたったような凄まじい衝撃音。 だが、その音は確かに小石が壁に当たった音であった……。 司を狙って投げつけた小石は司の右頬を(かす)り、壁を穿(うが)ったのである。


 「ギャァァァ――!! グガアァァァ……ァァァ!!」


 目が覚めた司は喉が(つぶ)れる程の絶叫を上げた。 小石は彼の顔を掠めて当たらなかったはず……。 左ノ吉は歯を食いしばり、固唾(かたず)()んで息子の姿を見守っている。

 

 「おや、おや、外してしまったなぁ。 はっ、はっ、はっ……」


 ……そう、蒼汰は司を目覚めさせるために意図的に標的を外したのだ。


 「ィィヒィィィ! 痛だい、痛だぃよぉぉ!!」


 蒼汰の放った小石は砲弾のようにコンクリートを穿ち、破壊した。 砕けたコンクリート破片はガラスのように()ぜ、司の横顔に容赦(ようしゃ)なく突き刺さった。

 彼の右目はコンクリの破片が突き刺さり、泣き(わめ)く瞳から流れる涙は血の涙となった……。

 その激痛たるや想像を絶するものだろう……。 皮膚が燃えるように熱く、声を出す度に(えぐ)られるような痛みが瞳を襲う。 彼の右目はもう飛び出てしまい、二度とその瞳は光を見る事はなかった。


 「あぁ、司、司……息子よ……可愛い息子……」


 暗い倉庫の中で煌々(こうこう)と光るヘッドライトといえど、遠く離れた息子の姿は良く見えない。 だがそれは、父親の左ノ吉に取って幸運な事に違いなかった。 目に入れても痛くない愛息の無残な姿を見なくて済むのだから……。


 蒼汰はいつの間にか司の目の前にいた。 蒼汰を見つめる司の片目は、もう先ほどまでの自信に満ちた金持ちのドラ息子の瞳ではなかった。


 「ゼェ、ゼェ……もう、ゆ、許してください……。 貴方の……奥様とお子様の命を奪ってしまった私を……。 心からお()びします。 土下座でも何でもします。 貴方の靴も()めます。 何でもシマスから許して……」


 (おび)えきった(あわ)れな瞳……。 (はりつけ)にされた傲慢(ごうまん)な中年男は、ようやく自分の罪と向き合うことが出来た。


 「ほう、ようやく罪の意識が芽生えたか。


 ……よし、よし、褒めてつかわす」


 蒼汰は能面(のうめん)のような顔のまま、血と汗にまみれた司の頭をグシャグシャと撫で回した。


 「ガァッ!? ガ……止め……ピィ!」


 首が折れる程の力で頭を押さえつけられた司は、言葉にならない(うめ)き声を上げた。

 恐らく司の頸椎(けいつい)(ゆが)んでしまったはずだ。 もしかしたら、折れているかも知れない。 グッタリと舌を出して項垂(うなだ)れている司は、もはや声を出す気力も無いようだった。



 『――蒼汰、もう充分でしょう――!!』

 


 蒼汰の頭に響いてくる妻の声、悲痛な叫びが蒼汰の心にナイフを突き立てる。


 「いや、陽子(ようこ)……まだこれからだ。 君の足は押し(つぶ)され、(めぐみ)の腕は千切(ちぎ)れてしまった。 その復讐(ふくしゅう)をしなければ」


 蒼汰は心に突き立てられたナイフを自らの手で押して、心を(えぐ)った……。 すると、全身から黒い血液が吹き出したように感じ、たちまち体中が憎悪で満たされた。

 

 『――パン――!』


 蒼汰が気絶しかかっている司の右足を蹴ると、風船が破裂するような衝撃音が響き渡った。 すると、コンクリの壁に足の形をした血をベッタリ残し、司の足が消滅した。

 

 「ヒヤァァァ――!!」


 最後の命の灯火を燃やす断末魔(だんまつま)なのか……。 司が力の限り絶叫を上げる間に、蒼汰は間髪入れずに彼の左腕を引き千切り、無造作(むぞうさ)に投げ捨てた。


 「ア……ア……許して……」


 いまや右腕と左足だけアンカーで固定されている司……。 だが、その右腕と左足も『ブチ、ブチ……』と耳を(ふさ)ぎたくなる(おぞ)ましい音を鳴らしながら千切れ掛かっている。 司は二本の手足で自分の体重を何とか支えて床に倒れる事なく、ブラブラと床に血を垂れ流していた。


 目の前に広がる凄惨(せいさん)な光景に絶句する左ノ吉。 蒼汰はまるで瞬間移動でもしたかのように左ノ吉の前へ姿を現し、阿修羅のような顔を浮かべた。

 

 「――もう、(うたげ)は終わりだ――」


 左ノ吉の真っ白な髪は全て抜け落ちて、丸坊主になっていた。 あまりの恐怖とストレスで毛という毛が抜け落ちたのだ。


 「司……ワシが悪かったんじゃ……」


 左ノ吉にもう希望など無かった……。 絶望はとうに通り越した。 彼の心を支配している感情は後悔のみ。 愛する息子の育て方を間違った痛恨の悔悟(かいご)のみであった。


 左ノ吉は運転席のドアを開く蒼汰をチラリともせず、ただ呆然とフロントガラス越しにボンヤリ映る息子の姿を眺めている。 蒼汰もまた、痛ましい老人の姿をチラリともせず、片手に持った大きな岩をアクセルペダルに置いた。


 『ブォォォーン!』


 けたたましいエンジン音が廃倉庫に響き渡り、回転数が上がる軽自動車。 その様子は後ろ足を蹴りながら突撃する相手に狙いを定める猛牛(もうぎゅう)のようだった。


 「この距離では息子の顔が見えないだろう? このサイドブレーキを解除すれば、キミは息子の(そば)へ行ける。 慈悲深(じひぶか)いこの私に感謝するんだな」


 蒼汰は冷然(れいぜん)と左ノ吉に告げると、サイドブレーキのレバーを押し込んだ。


 『キュル、キュル、キュル――!』


 コンクリの床にタイヤの滑る音が鳴り響く。 そして、左ノ吉を乗せた軽自動車が猛然(もうぜん)とコンクリの壁に突っ込んでいった!



 ――



 (何故……? 何でこうなっちゃんだろう……)


 浴びるほど酒を飲んで意気揚々(いきようよう)と高級車を運転していた司。 自宅へ向かう帰り道で木佐貫(きさぬき)一家を車で()ねた。 夫は見たところ気絶しているだけで傷は見当たらない。 だが、妻は足が(つぶ)れ、子供は片腕を無くしていた。


 「ひっ――!?」


 車のボンネットの上に転がっている小さな腕。 彼はその恐ろしい光景に気が動転し、アクセルを吹かした。


 (何でオレが……こんな目に……)


 司は(みずか)らの(あやま)ちを受け入れなかった。 すぐそこに迫る不幸から逃げようとした。 自分の地位、名誉が失墜(しっつい)する事が恐ろしくて(たま)らなかった。

 そして、その重圧に耐えきれず「オレに()かれた奴が悪い」と開き直った。


 結局、彼は何も反省しなかった。


 父親の金と権力で何度でもやり直せると思っていた人生……。 彼の心にはその考えが誤りであった事に気付いた自分への失望と怒りしかなかった。


 迫り来る車の運転席には呆然(ぼうぜん)と遠くを見つめる父親が座っている。 ヘッドライトの(まばゆ)い光が父親の姿を白く隠す。

 もう間もなく、その光が自分を押し(つぶ)すだろう……。


 (……パパ……僕は、間違ってたの?)


 心の中でそう問いかける司。 その問いに、白い光に包まれた父親がゆっくり(うなず)いたように見えた。



 ――



 巨大な火柱(ひばしら)が立ち上る倉庫を背にして歩く蒼汰。


 東郷左ノ吉を乗せた車はコンクリの壁に激突し、息子である東郷司の身体を押し潰した。 そして、爆発を起こして廃倉庫を火の海に変えた。

 一方、息子を押し潰した父は、後悔と悲しみが混じった嗚咽(おえつ)(しぼ)り出しながら、息子の亡骸(なきがら)と共に炎に焼かれたのであった。


 「……榊原(さかきばら)さん?」


 蒼汰の目の前に、スーツ姿の老紳士(ろうしんし)が立っていた。


 「蒼汰君、(むな)しいでしょう」


 榊原が掛けた言葉は(ねぎら)いの言葉ではなかった。 蒼汰の今の感情を代弁する言葉であった。


 「……はい。 しかし、後悔はしていません」


 蒼汰の復讐はこれだけではない。 後悔する余裕など蒼汰にはなかった。

 

 「そうですか……。 残念ながら私はお手伝いをすることが出来ませんが、最後の復讐を完遂(かんすい)する事を祈っています」


 榊原はそう言って手を広げると、背後に駐車している黒塗りの車へ蒼汰を誘導した。


 だが、蒼汰は立ち止まったまま、空を見上げた。


 夜はもう明けていた。 薄明(はくめい)(むか)えた空に鳥が羽ばたいている姿が見える。

 

 「榊原さん、一つ聞いて良いですか?」


 「はい、何でしょう?」


 「僕は……“悪”でしょうか?」


 空を見上げていた蒼汰はゆっくりと首を下げ、榊原を見つめた。



 「――悪です――」



 榊原の視線が蒼汰の瞳を穿(うが)った。 はっきり、(よど)みなく言い放った榊原の言葉に、蒼汰は目を伏せて(さび)しげに微笑(ほほえ)んだ。


 「ふっ……有り難う……ございます」


 蒼汰はその答えを期待していたようであった。 顔を上げて再び歩き出す蒼汰……。 彼の確固たる足取りを確認した榊原は、蒼汰に向かって優しげな、しかし哀しみを(たた)えた眼差(まなざ)しを送った。


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