ダンジョンの幽霊を倒すためにTSして魔法少女をやることになりました
やめておけば良かった! 女性はつい、そう思った。
白くぼんやりとした人型の幽霊の手が、女性の首筋をなぞる。
その手は冷えており、ぞわぞわとした感じが体中を駆け巡るのを女性は感じた。
「な、なんなんですか!」
言いながら腕を振るう。だが、幽霊の体をすり抜ける。
女性の努力をあざ笑うように、クスクスという笑い声が洞窟中に反響した。女性は後ずさりながら逃げようとするが、逃がすつもりは幽霊にはないようで、サッと女性を通過し先回りをする。そして、幽霊はまたもや首筋をつーっとなぞる。
女性は、幽霊がいるのにも構わず走り抜けようとしたが、そうすると、幽霊とドンとぶつかった。同時に、再びクスクスという笑い声が響き渡る。
「ご、ごめんなさい! 入ってきてごめんなさい!」
女性は泣きそうな顔で謝罪を始めた。幽霊は、ゆらりとその場で浮かぶばかり。
そうこうしているうちに他の幽霊もやってきた。そいつは女性の首を掴んで引っ張っていこうとする。
「う――」
女性はもがき、首を掴んでいる幽霊の手を掴もうとするが、すり抜ける。どうやら、幽霊側から干渉するかどうかは好きに選べるようだと、察しがついた。
嫌だ! このまま連れて行かれたくない! 女性はそう思いながら這う姿勢をとり、連れて行かれまいと努力を始める。
必死の形相で、必死の抵抗をしていた。すると、今まで浮かび上がるだけだった幽霊も、女性を連れて行こうとする幽霊に協力することを決めたようだ。地面を掴んでいる女性の手を離そうと動いてきた。
それでも、女性は抗い続ける。そんな時、足音が女性の耳に届いた。駆けてくる足音だ。
「誰か! 助けて!」
女性は大声を上げた。足音は段々と女性の方へと近付いてくる。
足音の主はフリフリの赤色の服を着た、赤髪の少女だった。
その姿が女性から見えると同時に、少女は幽霊に向けて跳び蹴りを放つ。
「ダメ! それじゃ――」
女性は、途中で声が出なくなった。なぜなら、幽霊に跳び蹴りが当たったからだ。今まで自分がどれだけ頑張っても触れることができなかったのに、あっさりと蹴りを当てた少女を見て女性は目を見開いた。
少女は続けて女性の首を掴んでいる幽霊の腹部を蹴り上げる。これもまた見事に幽霊に当たった。
同時に首を掴んでいた幽霊の手の力が緩んだので、その隙に女性ははいはいをして抜けだし、深呼吸をした。
二人の幽霊は少女を囲むように陣取り始める。
それを見て少女は片方の幽霊の方へ突撃し、腕を掴んでもう片方の幽霊の方へと放り投げた。幽霊同士は触れられるようで、そのままお互いにぶつかる。
少女は二体の幽霊に向けて手のひらから光線を放った。それは二体の幽霊にまとめて当たり、幽霊たちは塵となって消えていく。
なんということだ、と女性は思った。少女が方向をくるりと女性の方へと変える。
「良かったぁ、間に合って。大丈夫? お姉さん」
そして、警戒なんてする必要ないよと教えるためか、少女はにへっと女性に向けて笑顔を浮かべた。
◆
ダンジョンと言う、魔物を生み出す迷宮が世界に次々に現れたのが十数年前。そんなダンジョンで幽霊が確認されてから数年が経った。
それはダンジョンに普通に生息している魔物と呼ばれるものではない、別種の存在である。物理攻撃どころか魔法でさえ、こちらからの干渉はまるで受け付けず、そのくせ向こうからは好きに干渉できるという、そんな理不尽な存在だ。
ダンジョン配信や写真などで存在が確認されていたが、最初は合成だのやらせだの色々と言われていた。
だが、存在がきちんと認知されていくと共に、幽霊が出現するダンジョンは誰も入れないように立入禁止にせざるを得なくなった。誰も勝てない存在だと考えられていたからだ。
ある一人の魔法少女が現れるまでは。
なぜかその少女の攻撃は幽霊に当たる。何度かその様子が幽霊の被害者より報告されて明らかになった。
市役所のダンジョン課は、少女にダンジョンの幽霊退治の仕事をしてくれないかとお願いした。高めの給料を約束して。もちろん、ということで魔法少女は仕事を引き受けた。
「浅倉さん。応答して下さい」
先ほど女性を助けた魔法少女――浅倉瑠香の耳についた小型通信機から声が聞こえたので、浅倉はそれに答える。
「はい。女性の救助なら終わりました。どうぞ」
「そのまま、そのダンジョンの幽霊を掃除できますか?」
「? 珍しいですね。どうかしました?」
「幽霊が倒されても倒されても次々に出没するせいで、ダンジョンの閉鎖数がまた増えてきているんです。その全てのダンジョンから魔物が街へ出てこないようにするためには、警備費用が尋常じゃなくかかる上に人手も必要なのですが、もう限界が近い状況になってきていまして。迅速に幽霊が発生しているダンジョンを減らして欲しいのです。お願いできませんか?」
「そうなんですね。分かりました」
幽霊というのは面倒なもので、現れなくなるということはない。だが一応、調べた限りでは倒してもすぐにまた出現するという訳ではないみたいなので、幽霊が出てこない期間を作るために倒しておくのは有りなのだ。
気合いを入れ直すため深呼吸をしながら、浅倉はダンジョンの入り口を見る。
「話は終わりましたか?」
20cm大のウサギのぬいぐるみにしか見えないペット――カピラが、ふよふよと浮かびながら問いかけた。
「ええ、終わったわ。ダンジョンにもぐって幽霊掃除の開始よ」
「一人でですか? 普通の魔物もいますよ?」
「一人よ。だって、他にいても幽霊に一方的に殺されるだけなんだもん」
「大変ですね」
「他人事みたいに言わないでよ」
浅倉はカピラと一緒に、愚痴を言いながらもダンジョンに入っていく。なんせ、幽霊に干渉できる魔法少女も、幽霊に詳しい魔法少女も、自分一人しかいないから。
ダンジョンの中に入ると、辺りから土の匂いがしてきたが、浅倉にとっては慣れたものだった。等間隔に置かれている松明を尻目に、通路を歩く。
道中には小型の魔物がいたが、浅倉の敵ではない。
浅倉は、炎の矢をヒュンヒュンと飛ばして一掃したり、身体強化をして殴り相手の内臓を吹き飛ばしたりと、時間を取らずに倒した。
戦利品は、買い取ってくれるところがあるので、浅倉はカピラの口の中へとしまう。
カピラの口は、魔法の収納になっているのだ。物をしまうときだけカピラ自身も肥大化する。どんな大きな物も飲み込んで保管できる。
「ねぇ、カピラ。幽霊はいつになったら出てきそう?」
「もうちょっとで会えますよ」
そして先ほどの機能に加えて、カピラは浅倉用の特殊なペットなため、幽霊の居場所を感知できる能力が付いている。普通の人がカピラを連れていても幽霊に出会うのを避けられるだけだが、浅倉は討伐ができるので普通よりも役に立つ。
ダンジョンを進んでいると、大部屋に出た。そこには何もなく、ただ直方体に切り取られたような空間が広がっているだけ。
それを見て浅倉は思う。罠フロアかな? それとも、隠し部屋でもあるのかな?
大体こういうときは何か罠があるというのが、ダンジョンの常識だった。
浅倉は慎重に辺りを警戒しながら、一歩を踏み出す。
「こっちですよ。そのまま真っ直ぐ来るのが安全ですよ」
すると、浅倉の耳がどこからかの声を捉えた。声の主を探すために前を見ると、いつの間にか幽霊が現れていた。
それを見て、浅倉は面倒そうに眉を顰めた。
さっき浅倉がお姉さんを助けたときの幽霊は意思のない化け物だったから、ただ倒すだけで良かった。だが、浅倉の目の前にいる幽霊は、意思があるタイプだ。この手の幽霊は、気持ちを満足させてあげるなどして成仏の手助けをしないといけない。
おそらく、罠に引っかかってくれる同士を求めているタイプの幽霊だと、浅倉は見た。
対処法はひとつ。そう思いながら、浅倉は前に進んだ。幽霊の言うとおりに。すると、足元に大きな穴が出現した。落ちるのを防ぐため、穴の淵を掴む。
「浅倉!」
カピラが浅倉の名前を心配そうに叫ぶ。
浅倉は苦悶の表情を浮かべながら、落ちるのを防いでいた。
幽霊が穴の淵を掴んでいる浅倉の手の傍に来る。
「ダメですよ、掴んじゃ。ダメですよ、落っこちなきゃ」
そう言って、幽霊は無情にも穴の淵を掴んでいた浅倉の手を蹴飛ばした。浅倉は、悲鳴を上げて暗闇の中へと消えていく。カピラはその場で、落ちていく浅倉を見て名前を叫んだ。その光景を見て、幽霊はわなわなと震え出す。
「やった! やったわ! これで私のようなみっともない奴の仲間が増えた! あっははは!」
そこにあったのは歓喜。歓喜だった。かつて自分も人間であったはずだろうに、何の躊躇いもなく人を落とし穴に突き落とすその姿は、ヒステリックな殺人鬼と形容しても差し支えなかった。
「これで、満足できたわ……!」
そう幽霊は言い残し、消えていった。後にはカピラだけが残る。
カピラは、そうやって幽霊がきちんと消えたところを見届けてから、穴に向かって叫んだ。
「おーい! もういいよー!」
カピラの声は穴の奥まで広がっていく。すると、スーッと、赤髪を揺らしながら浅倉が浮かんできて、カピラの元へと戻ってきた。浅倉は辺りをキョロキョロしながらカピラに訪ねる。
「もう、演技いらない? 大丈夫?」
「うん。反応は消えた。バッチリだよ」
カピラは右手を突き出してきた。
人のようにグッとする指などないのだが、浅倉にはそれがグッとしてきているんだろうなぁと何となく分かった。
こんな風に、意思のある幽霊は相手が満足しないと消えてくれない。
非常に厄介な相手だが、今回は簡単で助かったと、浅倉は思った。
「良かった。まだ幽霊の反応はあるの?」
「このダンジョンには後1体かな」
「じゃあ、ちゃちゃっと終わらせますか」
この後、出会った幽霊は意思無しだったので、浅倉は本当にちゃちゃっと終わらせた。帰り道は、魔物が再度沸き上がることはなかった。
浅倉は、多分明日もまた呼ばれるんだろうなと思いながら、平和に帰った。
◆
魔法少女には、どうやってなるか。それは、神様に任命されてなるものである。魔力があるかないかが産まれたときに決定され、魔力がある少女は中学生になった頃合いに、神様から魔法少女になりませんかとお誘いが来る。それを受けてからやっと、神様に与えられたペットと共に、魔法少女として活動することができる。
だが、魔法「少女」なので、19歳までしかその力を存分に振るうことはできない。一応、20歳を過ぎても魔力は残っているので、ダンジョンに潜って戦うことはできる。しかし、どうしても能力が魔法少女時代と比べて劣るため、成人してからは普通に働く魔法少女もいる。
このように、魔法少女といえど、進路は考えなければならないので、学校に行くことは推奨されている。
浅倉もまた、現在は高校に通っており、その帰りに市役所へ寄り、仕事を請け負う形を取っていた。今日も市役所に顔を出す。
「来ましたよ、針ヶ谷さん」
「来て下さいましたか、浅倉さん」
針ヶ谷綾乃。浅倉瑠香をサポートしている、ダンジョン課の職員だ。全てを一手に担っている訳ではないが、仕事の依頼や通信サポートなどは主に彼女がやっている。
セミロングの黒髪をいじりながら、針ヶ谷は浅倉に言う。
「厄介な幽霊が一体出まして。今日はその相手をお願いすることになります」
「厄介な幽霊?」
浅倉は、丸い目を更に丸くした。
「はい。発見されたのは第三ダンジョンの下層深く。。魔法少女としての姿を色濃く残している幽霊です。魔物人間問わず見境無く襲っていて、とにかく強すぎるみたいです。S級の魔法少女の五人組が、逃げるときに三人も殺されました。これほどの強さを残しての幽霊化となると、相当な未練を残して死んでしまわれたか、元々強かった魔法少女が死にダンジョンの瘴気に当てられたかしたのでしょう」
「3人も死んじゃったのか……」
浅倉は思わずギリ、と奥歯を噛みしめた。
幽霊の姿や形は、その未練の濃さや、生前の強さで決まる。未練が濃ければ濃いほど、生前が強ければ強いほど生前の姿に近くなる。
話を聞いている限り、生前の姿でありながら意思疎通ができない幽霊のようだから、おそらくダンジョンの瘴気に当てられてしまっているのだろうと浅倉は思った。
下層に幽霊か。ダンジョンにはお宝があるらしいから、それ目当てで潜って死んじゃったのかなと、浅倉は更に少し想像する。
「今回の幽霊は、そいつ一体だけですか?」
「はい。道中きついかもしれませんが、お願いします。ああ、それと。これはご存じだったらでいいのですが」
「何ですか?」
「二階堂真衣について、何か知りませんか? 行方不明なんです」
それを聞いて、浅倉の表情が一瞬だが強張った。
その後は心を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐く。
明らかに浅倉は動揺したが、そのことが針ヶ谷にバレることはなかった。浅倉は平静を装う。
「いいえ、知りません」
「そう。ありがとう、道中気をつけてね」
「はい。いってきます」
浅倉は、一旦家に帰って、魔法少女の姿に変身する。黒髪は赤髪に、制服は赤いフリフリの魔法少女らしい服に変化する。そして無事帰って来られるようにと願掛けに香水をつけ、カピラを引き連れて、第三ダンジョンへとワープした。
下層までの道中は、浅倉にとってはありがたいことに、あっさりだった。
地上に魔物が出てこないように、定期的にダンジョンの魔物は魔法少女が狩ることになっている。第三ダンジョンは今まで幽霊が出ていなかった――つまり立入禁止にされていなかったダンジョンだったので、浅倉以外の魔法少女がきちんと狩りをしたのだろう。戦利品を持って帰れば給料に上乗せもされるから、張り切る人も多かったはずなのだ。
浅倉は大して苦労することなく、下層に辿り着くことができた。問題はここからだろう。浅倉は例の魔法少女を探し始める。すると、確かにいた。緑色の髪に、緑色のフリルのついた服装をした魔法少女の幽霊が。
その姿を見て、浅倉は目を見開いた。まさかと思いながら、走って幽霊の傍に駆け寄る。浅倉は声をかけたい一心でそうした。だが、それが伝わらなかったのか、浅倉の姿を見るや否や、ジャンプして光線を放ってきた。
浅倉は慌てながらそれを避けた。
そして心の中で、どうやら弱らせるしかないようだと覚悟を決める。
これだけ生前の姿が残っていれば、弱らせれば、普通に喋れるようになるはずだからだ。
浅倉は相手と同じようにジャンプして、肉弾戦に打って出た。
しばらく殴り合いが続く。
相手の動きが荒々しいところを見て、浅倉は、おそらく相手は理性的に動けていないと実感した。
戦いの最中、幽霊の右手を掴んで、浅倉は背負い投げをする。そして、炎の矢を作り矢を放った。
それを相手は、緑色かつ六角形の盾を作り防ごうとしてくる。
理性的でない割に魔法も使ってくるのかと、浅倉は思った。
だが、防ぎきられることはなかった。炎の矢は緑色の盾とぶつかりながら、それに罅を入れていき、やがて突破。幽霊の体に突き刺さった!
相手は霊体だから、傷口から血が出るようなことはないとはいえ、大きなダメージになったかもしれなかった。
「ねぇ、聞こえる? もう戦うの辞めようよ!」
今なら話を聞いてくれるか。浅倉はそう思ったが、未だにその気配はなかった。
女子とは思えない唸り声がする。目はしかと浅倉を捉え、攻撃の意思を見せる。
まだ、だめか。浅倉はそう思いながら、今度は拳に炎を纏わせる。そのまま空を蹴って突っ込んだ。
幽霊はそれを避け、浅倉の拳は地面に当たる。小さなクレーターができた。
幽霊は、風の刃を作り出し浅倉に向けて放つ。
浅倉はそれを避けて地面に手をつき、土を操る。幽霊の足元の地面を尖らせつつ、競り上がらせた。
まともにそれを食らった幽霊は、宙に打ち上げられる。
浅倉は隙有りと見て、再び炎を拳に纏わせジャンプした。
「ごめん」
そして、幽霊のお腹を思いきりぶん殴る。
生身の人間であれば即死していそうなほどの威力を持った拳は、今度こそ幽霊を捉え、気を失わせた。
……それから、どれくらいの時間が経っただろう。浅倉は幽霊を膝枕の上に乗せながら、目が覚めるのを待っていた。
やがて、目が覚めたときには、幽霊からは先ほどまでの理性的でない感じは消え失せており、目には輝きが戻っていた。優しそうで、穏やかそうな雰囲気を身に纏っている。
「ああ」
そして、思い出したかのように言った。
「私、死んだんだ」
「どうして死んだの?」
浅倉は優しい声色で声をかける。まるで、既知の友人に語りかけるように、頭を撫でてあげながら。
「守れなかった人がいたんだ。事故だった。私なら守れたはずなのに、守れなかった。それで全部嫌になっちゃって。どうせなら、誰にも迷惑をかけない深い深いところで自殺しようと思ったの。でもまさか、幽霊になっちゃうなんて。ごめんなさい。迷惑かけちゃったわね」
幽霊は言いながら、浅倉から目を逸らす。そして、溜息をついた。
「こんな姿、高貴くんに見られたらどう思われるんだろう」
懐かしそうにそう言いながら、目をパチパチさせ、涙を流す。
浅倉は、幽霊でも涙は流れるのだなと思った。
「会いたいなぁ、高貴くんに」
その言葉を聞いて、浅倉の胸はじんわりと温かくなった。そして、ひとつ決心をした。ちょっと躊躇いがちになったが、やがて口を開く。
「俺だよ、真衣」
「え?」
「カピラ、俺のペンダントをくれないか?」
今まで戦いに巻き込まれないように隠れていたカピラが、口の中からロケットペンダントを取りだした。
浅倉はそれを開いて幽霊に見せる。
「ほら、これ」
そこには、一組の男女が笑顔でピースをしながら映っている写真があった。それを見て、幽霊は手で口を覆い、息をのむ。
「嘘、高貴くん?」
「今は、まさかまさかの、女の子になっちゃったけどね」
そう、そこに映っていたのは生前の幽霊の学生姿と、生前の浅倉の姿だった。浅倉もまた一度死んでいる。他の死者との違いは、神様の力によって、記憶を引き継ぎながら魔法少女となってこの世に戻ってきたという点だ。
「ごめんね。みっともない姿を見せちゃったね」
「俺こそ、死んでごめん。ごめんな」
浅倉の口から、謝罪の言葉が溢れ出た。浅倉は真衣の涙を拭いてあげながら、自分を責めながら真衣を見る。
「ううん。高貴くんは悪くないよ。私が強くなれなかったんだ」
真衣は笑顔を浮かべ、優しく言った。真衣は上半身を持ち上げてから、甘えるように浅倉に上半身を預けた。真衣の顔が浅倉の肩にかかる。
浅倉は真衣の額にキスをする。それを受けて、真衣は浅倉の頬に。吐息の触れ合う距離で笑い合いながら、浅倉は真衣を抱きしめた。真衣は、浅倉の行為を受け入れ、浅倉の胸に顔をうずめた。
浅倉は腕を回す。頬で真衣の髪を感じる。零れる涙が真衣に触れないように拭い去る。
「ふふ。香水、私が使ってた奴を使ってるでしょ」
「バレたか」
性別が変わった浅倉は、どんな化粧品がいいのかなんて分からなかったため、真衣のことを思い出しながら化粧品を選んでいたのだ。それがバレて、浅倉は少し気恥ずかしくなった。
それを感じ取ったのか、また真衣はふふと笑った。
浅倉は、できればずっとこのままでいたいと思った。しかし、お別れをしなければならない。そのために来たのだから。
お互いに離れてから真衣は言う。
「もう行くね」
「ああ」
「簡単にこっちに来たら、許さないから」
「ああ」
そう言って、真衣は消えていった。
浅倉は、名残惜しそうにしていた。真衣を抱きしめるように、ロケットペンダントを抱きしめる。しばらくそうしてから、やがて立ち上がった。
地上で弔えるよう、浅倉は3人の魔法少女の遺体を探してカピラの中にしまい、カピラを引き連れて地上に戻った。
◆
「簡単にこっちに来たら許さないって言われちゃいましたね」
遺体の引き渡しを終え、浅倉の自室に戻ってから、カピラはそう言った。
含みのある言い方に苛立ったのか、浅倉は軽く睨み付ける。
「何が言いたいの?」
「だって、どうせ早めにあっちに行くのは決まってるじゃないですか。別にあなた、完全に生き返った訳じゃないんですから」
そう、幽霊に干渉できる魔法少女。幽霊に詳しい魔法少女。その種は単純なものなのだ。
――自分も幽霊だから幽霊に干渉できる。自分も幽霊だから幽霊に詳しい。それだけなのだ。
幽霊というのは便利なもので、生者に干渉する分には好きに干渉できる。生きているフリをするのも簡単にできる。
だから、浅倉は今のところは普通にお金を稼いだり、普通の高校生を演じたりと、夢のある若者のフリをして自分が幽霊であることを誤魔化しながら生活できている。
「分かっていますよね? あなたは幽霊だから、これから先全く外見が変化しない。魔法少女として生き続けることもできてしまうからこそ、いずれ幽霊だとバレてしまう。そして神様曰く、ちゃんと幽霊に対抗できる魔法少女がそろそろあなた以外に現れる予定です。育成はあなたがしなければなりませんが、あなたがお役御免になるのは、そう遠い未来ではないですよ?」
「それはそれでいいのよ。私の存在は異質なんだから。神様も私に関しては、幽霊を倒せる後継者が現れて育つまでの場繋ぎだって言っていたし。この家も体も、神様から頂いたものだしね」
そう、浅倉は神様の力によって魔法少女の幽霊として存在できている。浅倉自身が男だったのに特大の魔力を持ったバグ個体だったからであったり、性格面を考慮されたりと、理由があって浅倉は抜擢されたのだ。
ただ、場繋ぎは場繋ぎだ。どちらにせよ、いつかは――。浅倉はそう思いながら、カピラを見る。
「ちゃんと覚悟はできているんですね?」
「もちろん。むしろ、こうして少ない期間だけでも干渉できるだけ、ありがたいと思っているわ」
浅倉は、生きていた頃に姉が幽霊によって殺されている。そのときのやりきれなさや空しさを、今でも覚えていた。対抗したくても対抗できず、埋葬したくても埋葬できず、涙を流しながら無力を噛みしめた苦い思い出を。
だから、浅倉はそんな気持ちになってしまう人が一人でも少なくなるように、努力ができる現状をありがたいと思っていた。そして、皆が幽霊に怯えなくてもよくなるように、自分がいなくなってもいいように、後継者の育成を頑張りたいと思っている。死者が生者を殺すだなんて、あっちゃいけないことだと考えているから。
それらを踏まえたであろう「もちろん」に対して、カピラは、フフと笑って言う。
「それを聞いて安心しました。やはりあなたを選んで正解でしたよ。どうか、期待を裏切らないで下さいね?」
そう言ってカピラは定位置である網棚の上に乗る。
一方の浅倉は、自分のこれからの在り方について考えながら、窓の外を見るのだった……。