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8.星辰学園ベンチ

 当初の方針通り、俺たちは4人全員で行動することにした。


「どっちから行きます?」


 坂井は無邪気そうに尋ねる。


「何でちょっと楽しそうなんだお前は・・・」


「全然そんなことないっす!リアル脱出ゲームみたいだなとか、これっぽっちも思ってないっす!」


 何のことなのか俺にはよくわからなかったが、そういうゲームがあるんだろうな。


「あれなかなか面白いよね。まあ、どっちからでも良いんだけど。希望ある?」


「え、じゃあ分かりやすく1塁側から」


「二人もそれでいい?」


「了解っす」


 大成がしっかりと返事をする。

 先程の(いさか)いによる(わだかま)りはすっかり解消されたようだ。やはりさっきは精神的にちょっと余裕がなかった、それだけだったんだろう。

 結果オーライ。雨降って地固まるというやつだ。


 当然、俺も異論はない。「はい」と短く返事をして、俺たちは1塁側・・・つまり星辰学園ベンチへと向かった。




 他校のベンチにお邪魔する、などということは長年野球をやっているが初めての経験である。罪悪感とかではないが、新鮮というか不思議な感覚だ。


 ベンチに置かれたグローブや帽子。背もたれに掛けられたタオル。紙コップに入った飲みかけのドリンク。後ろでは壁掛けの扇風機がゆっくりと首を振っている。まるでついさっきまでそこに人がいた、という雰囲気である。


「・・・なんか、こういう怪談ありましたよね。遭難船に乗り込んだら誰もいなかった、みたいな」


「おいやめろ。俺は怖い話が苦手なんだ」


 大成が坂井を睨みつける。俺は思わず笑ってしまった。


「・・・プフッ!お前そんなキャラだっけ?」


「悪いか。怖えものは怖えんだ」


 それは初耳だ。だがこういうある種の弱みも、開き直るというか堂々と恥ずかしがらず言うあたりはらしさを感じる。


「ああ、メアリー・セレスト号ね。19世紀にポルトガル領アゾレス諸島沖で発見された。

 事件当時、積荷や食料はほぼそのままで、船内には3か所の血痕が・・・」


「ちょちょちょ、キャプテン!ストップ!」


 慌てて大成がキャプテンを止める。


「話聞いてました?俺怖いのダメなんすよ」


「ああ、ごめん。どっちかというとトリビア的な話だから、セーフかなと思って」


「アウトっす!ってか何で詳しいんすか⁉︎」


「まあ、割と有名だし」


 確かに今の話は俺もどこかで聞いたことはあるが、そんな細かいディテールは普通知らない。謎の多い人だ。そんな事より、


「・・・そろそろ調べましょう」


 俺は話を戻す。


「そうだね。室越は怖いなら、無理に調べなくても良いけど?」


「ここが怖いんじゃなくて話が怖いんすよ!黙っててくれれば大丈夫っす!」


「ムロ先輩、一緒に調べます?」


「黙れ!」


 騒がしいなあ。

 俺はそのやりとりを放置して、一足先に調査を開始した。




 ベンチ内を手分けして調べた。そんなに広くはない。3分もかからなかった。


「先輩、これ見てください!」


 坂井が手に何かを掲げている。全員そこに集まった。


「・・・スコアブック?」


 坂井が持っていたのは野球の試合内容を記録するための専用ノートだ。


 うちもマネージャーの高杉が記録を取っているが、使用しているのは文具店やコンビニでよく見かける横掛け線の普通のキャンパスノート。こちらは中のレイアウトもそれ用に印刷された、文字通り専用のノートだ。流石、名門はこういうところから差がつくものなんだな、とちょっと感心する。


「おい、これ・・・嘘だろ?」


 大成は絶句した。理由は明らかである。


 最後に記入されているページは、今日の日付。対戦高は馬番場。

 まさに甲子園準々決勝、この試合の記録だったのだ。


 内容は、以下のようなものであった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     1 2 3 4 5 6 7 8 9

 星辰  0 1 1 0 0 0 2 1 5

 馬番場 1 0 3 0 0 1 1 0

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 脂汗が滲む。頭の奥がピリピリと痺れるような感覚、そして眩暈(めまい)。俺は叫んだ。


「お・・・思い出した!思い出したぞ!!」


 間違いない。試合はこのスコアブックの通りに進行した。


 前半、俺たちは優勢に試合を進めていたが、終盤に向かうにつれ徐々に巻き返され、流れは完全に星辰に向いていた。

 9回表。星辰学園下位打線から1点を奪われ6-6の同点となった。その後2アウト満塁。打席には星辰学園4番、アスラン・健斗。白熱した展開でフルカウントまでもつれ込む。


 死ぬか生きるか。その最後の1球で、俺たちはホームランを打たれた。一気に4点。10-6と大きくリードを許したのだ。その先は覚えていない。目の前が真っ白になるような感覚があり、気がつけばグラウンドに倒れ込んでいた。


 体が震えている。理由が何なのか、それは自分でもわからない。今はっきりと言えるのは一つだけだ。


「ここに書かれていることは、真実だ!」


 大成、キャプテンの二人はピンと来ていないようだ。だが坂井の反応は違う。


「真魚先輩・・・」


 顔を見ればわかる。思い出したんだ。そのまま坂井はよろめいて近くのベンチに座り込んだ。


「祐也、大丈夫か⁉︎」


 大成が酒井の背中をさする。


「楠も一回座れ。顔色が悪い」


「・・・はい」


 キャプテンに促され、俺もベンチに腰を下ろした。




 それから、俺と坂井は二人で思い出した記憶のことを説明する。大成は最後までピンと来ていないようだったが、キャプテンは9回表の出来事以外は思い出した。


「・・・お前らが嘘を言ってるとは思わねえ。けど、それじゃ俺たち負け確定じゃねえか!」


 正確に言えば確定はしていない。この後アウト一つ取れば攻守交代、9回裏の攻撃が残っている。しかし、甲子園初出場の俺たちが名門たる星辰学園相手にそこから4点差をひっくり返すのは事実上不可能である。


「俺のせいで・・・クソが!」


 投手である大成は、満塁ホームランを打たれてしまったという事実は殊更(ことさら)受け入れ難いだろう。しかも、当人はその自覚すらないのだ。


 正直、言葉が見つからない。

 俺自身もかなりショックを受けている。何を言えば良いのか・・・いや、喋る気力すら失いかけていた。それは坂井も同様だ。


「落ち込んでるところ悪いんだが、一旦切り替えようか」


 空気を読まずにそう言ったのは、やはりキャプテンである。


「スコアブックの内容は、恐らく事実だろう。ただ結局、何故僕たちが今このような状況にあるのかの説明には繋がらない。まだまだ手掛かりが足りないんだ」


「・・・試合なんかより、そっちが大事っすか?甲子園の、準々決勝なんかより・・・?」


 大成がまた穏やかではない雰囲気になりつつある。


「誤解を恐れず言えば、そうだね」


 キャプテンはお構いなしに、火に油を注ぐ。


「どうも僕は、知らず知らずに人を怒らせちゃうことがあるんだけど・・・先に謝っとく。ごめん。

 でもとりあえず聞いてくれ」


「・・・・」


 大成は無言のまま、応じる姿勢を見せた。顎に手を当ててさすりながらキャプテンは続ける。


「僕たちの置かれてる状況が普通じゃないのは、もうみんな理解してると思う。

 もしかしたら、すごく陳腐(ちんぷ)な言い方に聞こえるかもしれないんだが、『人智を超えた何か』によって、それこそ時間や空間まで超越して異世界に来てしまったと考える方がむしろ自然だと思う」


 むしろ自然、か。

 言い得て妙だが、その通りだ。


「試合の件は僕にとっても非常に大事ではあるんだが、だからこそ一刻も早く元の世界に戻りたいんだよ。その方法を調べることは、今この場で試合のことに頭を悩ますより優先順位が高いよね。さっき僕が言ったのはそういう意味」


「・・・そうっすね。俺もそう思います」


 大成はゆっくりと頷いた。


「話を戻すけど、異世界に来た以上僕らの今まで(つちか)ってきた当たり前や常識は、この時点でもう、一旦意味ないんだよ。

 目の前の出来事をバイアス抜きにありのままに見る柔軟さや、場合によっては発想の飛躍が大事になってくると思う。


 スコアブックも、記憶の件も、一旦ファクトとして認識しよう。それがどういうことなのか、判断は我慢して次に行こう。しんどいかもしれないけど、試合が最終的にどうなったかは確定してない」


 判断を我慢する、か。

 面白い考え方だな。


「ああ・・・なんか分かりますよ。『諦めたらそこで試合終了』みたいな事っすね」


「うーん。その解釈も一応間違いではないかな?」


 キャプテンの説明はやたらと理屈っぽくて回りくどいが、大成は言語野の80%が筋肉に侵食されているので理解が噛み合わないのは仕方がない。むしろこれくらいのすれ違いで収まったのは奇跡と言えるかもしれない。


大成の怒りも収まったようだ。面倒な事にならずに済んで良かった。

話を黙って聞いていた坂井がベンチから立ち上がった。


「なら、早いとこ試合に戻りましょう」


「もう大丈夫なの?」


「いけます!試合がまだ終わってないならこうしちゃいられません」


「わかった。楠は?」


キャプテンが俺に視線を送る。俺もベンチから腰を上げた。


「問題ないです。9回裏で星辰をボコボコにしてやりましょう」


今まで冷静で無表情だと思っていたキャプテンの顔に一瞬だけ笑みが見えた気がした。




「なら次はロッカールームだね。行こう」





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