6.プレイボール
サイレンが鳴り止んだ後も、重苦しい雰囲気は変わらない。いや、更に拍車がかかった。
「・・・プレイボール、ってか?」
大成は電光掲示板の方向を、あたかも敵意を向けるべき誰かがそこにいるかのように苦々しい表情で睨みつけながらそう吐き捨てた。
「時計は壊れてなかった。それに8時きっかりにサイレンが鳴るってことは・・・自分ら以外にも誰かいるんですかね?」
誰かが時間を見計らってサイレンのスイッチを押した。坂井が言いたいのはそういうことだろう。
「あり得なくはないけど、そもそもサイレンがどういう仕組みで動いてるかなんて知らないからなあ」
俺は頭を掻く。
「予めアラームをセットするみたいに、時限式だったら人がいなくても鳴らすことは出来るだろ。何とも言えないかな・・・」
「待てよ。試合終了の時もサイレンは鳴るだろ。終わる時間はわからねえんだからタイマーじゃ無理だぜ」
「ああ、確かに」
大成に指摘されて俺は自分の説を引っ込める。
「いや。開始は自動、終了は手動って可能性もあるよ。一概には否定できないと思う」
キャプテンが口を開いた。考え事をする時の癖なのか、また顎をさするような仕草を見せる。
「どっちにしても現状それはわからないし、何かするにしても考えるにしても僕たちは材料が足りない」
「じゃあ、どうします?」
坂井が尋ねる。
「一旦、調べよっか。とりあえず手分けして調べて、その後マウンドに集合しよう。一応何があるかわからないから、グラウンドから見える範囲以外には行かないで欲しいかな」
「ってことは、ベンチの中もNGっすか?」
大成が尋ねる。そこまで気にする必要ある?というニュアンスの言い方だ。
「そうだね・・・そうしようか。グラウンドをまず一通り調べて、ベンチから先は全員で行こう」
「了解です」
特に反発する理由もない。俺は素直に従った。大成と坂井も首肯している。
「どんな小さい事でも気付いたら報告し合おう。それから、何か見つけたとしても単独行動は避ける事。
・・・一応これキャプテン命令って事で、いいかな?」
「え?・・・まあ、はい」
坂井が困惑しながらも頷く。俺も同じような反応で返した。
「・・・つーか、キャプテンなんだから『いいかな?』じゃなくて!もっとガツンと指示すりゃいいじゃないすか!何を自信なさそうに言ってんすか」
大成の語気が荒ぶってくる。
まずいな。なんかイライラしてないかこいつ?
言い分には一理あると思う。俺と坂井が困惑した理由もそれだ。
だが普通に考えて先輩に対してその態度はあり得ない。キャプテンがこれで怒るとは思えないが、礼儀や上下関係に厳しい先輩だったら殴られても文句は言えない。
・・・いや、よく考えたらこいつ中学の時もこんな感じで先輩に突っかかって殴られてたわ。その後殴り返してたし流れで俺も乱闘に巻き込まれたわ。
キャプテンはそれに怒るでもビビるでもなく、やはり淡々としている。
「うーん。まあ、命令も相手との合意があった上で成り立つものだから。
僕は現状、自分の判断はそれなりに正しいと思ってるし、今はこの指示に従って欲しいから命令という強い形で宣言をしたんだが、君らがNOを突きつけると僕としてはそれ以上に言うことを聞かせる手段がないんだよね」
なんか理屈っぽいなこの人。
こういう側面も含めキャプテンのことを今まであまり知らなかったが、こっちはこっちで想像以上に面倒臭い人なのかも知れない。大成は脳筋だから、余計に苛立つ可能性があるな。
一年の坂井は急に始まった先輩同士の衝突に、口出しもできず目に見えて萎縮している。坂井の側について宥めるか?とも一瞬思ったが、それよりは原因をどうにかした方が良いだろう。この場で仲裁役が出来るのは俺しかいない。
「それなりに、って何だよ。はっきりモノを言えよ!」
「大成、今のは失礼だろ」
「中途半端な指示の出し方されたら、こっちだってどの程度真に受けりゃ良いかわかんねえっつってんだよ!黙ってる方がマシだろ!」
「おい!」
俺は無理やり大成の襟首を掴んでこちらを向かせる。
別に怒りに身を任せているわけではない。そういう態度を示すほうが効果的だと思っただけだ。
「キャプテンの言ってることは間違ってないだろ。
言ってみ。なんか間違ってるとこあったか?」
我ながらガラが悪いと思うが、そこは大成との信頼関係ありきだ。間違っても他の奴にこんな態度を取ったりはしない。ひょっとしたら坂井をビビらせてしまったかも知れないが、今はそっちを気にしてるほど俺も余裕はない。
大成は荒く息をしている。これは相当頭に血が昇っているようだ。一連のやり取りに自分の負い目を感じたのか、俺と目を合わせようとしない。逆に俺は、決して目を逸らさなかった。
暫く膠着状態にあったが、やがて大成は俺の腰あたりを右手でトントン、と2回タップする。
俺は手を離すと、そのままキャプテンの方に向き直った。
「すみませんキャプテン。こいつは俺と同行させてください」
「僕はいいよ。室越は?」
「ウス・・・」
誰とも目を合わせようとはしないが、大成も大人しく従った。
「なら、二人一組で行動しようか。坂井はこっちね」
「あ、はい!」
急に呼ばれて驚いていたが、場が収まり自分の立ち位置が見えたことで坂井も若干の落ち着きを取り戻したように見える。
「一応確認しておきたいんだけど、さっき僕の言った事は全員了承で良いのかな?」
俺は自分が答えるよりも先に、大成を小突いた。
「・・・はい。了解っす」
伏目がちにしながらも大成はそう言った。それを見てすかさず坂井が続く。
「自分も、それでいいと思います!」
「俺も了解です」
最後に俺が返事をするとキャプテンは頷いた。
「おさらいしておこう。調べるのはグラウンドだけ。そこから外には出ない。何か見つけても単独行動は避ける。気付いた事はどんな小さいことでも報告する・・・以上かな?」
指折り数えながらキャプテンは言う。それから時計に目を向けた。
「今、あの時計が8時7分だから、15分になったらマウンド集合で。グラウンドを半分に割って、僕と坂井は左翼側にしようか」
「はい。じゃあ俺たちは右翼で」
「OK。行こう」
その言葉を合図に二組に分かれて行動を開始した。
右翼側の俺と大成チームは、三塁から逆サイドの一塁側へ走る。
大成は俺の隣で黙ったままだ。
「・・・おい」
「・・・・」
「なんか言えや」
軽く笑いながら俺はそう言った。
「・・・さっきのは俺が悪かったわ」
大成はボソリと呟いた。
頭に血が昇りやすいタチではあるが、落ち着けば自分を客観的に見れるし、反省もできる奴だ。それを次に活かせれば尚良いのだが。
「ま、変な状況に置かれて気が立ってたんだろ」
「それもある」
「ってかそれじゃん。実際キャプテンは悪くないし、変に突っかかっていくようなとこじゃなかったと思うぜ」
「ああ、あの人の言ってる事は正しいよ。言い方が気に入らなかっただけだ!」
「・・・言いたい事があるなら今のうちに言っとけよ」
「さっき言ったよ・・・ったく頼りねえ。あれがリーダーの器かねえ」
ふむ。
大成の言わんとする事はわかる気がする。キャプテンは文系タイプだし、ガンガン命令してみんなを引っ張ったりとかは絶対ない。
けどなんだかんだみんなの意見をまとめたり、ああしようこうしようって提案は出してくるし、謎に落ち着いてるし。そういう意味ではリーダーとしての適性があるとも言えるのか・・・?
段々リーダーの理想像が何なのかもちょっとよく分からなくなってきた。
別にこの件に関してはどっちの味方もするつもりはないが。
「とりあえずお前、後でキャプテンにちゃんと謝っとけよ」
それだけ言って、俺たちは右翼側のグラウンドの探索を開始した。