5.サイレン
そのまま三塁付近で4人合流する形になった。
「何なんすかこれマジで。ドッキリじゃないんすか⁉︎手ェ込みすぎじゃないっすか⁉︎」
まだ騒いでいるのが坂井 祐也。1年。ポジションはライト。
1年生で早くも大会に出場している期待の新人だ。内心その才能に嫉妬するものの、明るくひょうきんなお調子者で、普段は他愛のない冗談をのべつまくなし発し続けている。
人懐っこい性格でもあるので、特別の信頼関係とかではないにしても俺からすれば可愛い後輩の一人だ。キャプテンよりは全然親しい。定食屋で飯を奢った事もある。
流石にこの状況には動揺しているようで、普段のように軽口を叩く気配はない。口数の多さだけは変わらないのがらしいと言うか何と言うか。
「順番に状況を整理しよう。まずみんな、怪我はないか?」
キャプテンが自然とまとめ役になる。
その言葉に、改めて俺も自分の体をチェックした。
自分がユニフォームを身につけ、捕手用のプロテクタまで装備していることを自覚したのはこの時だ。他のメンバーも皆帽子にグローブと、守備の格好をしている。
「大丈夫です」
他の二人も「うす」「自分も」と続く。キャプテンは頷く。
「僕も大丈夫そうだ。次。最初に起きたのは?」
「あ、俺です」
俺は手を挙げる。
「その後どうした?今どれくらい経った?」
「えっと・・・まず大成を起こしました。それからすぐ手分けしてキャプテンと坂井を。時間は多分5分くらいだと思います」
言いながら、何となくセンター奥、電光掲示板の方を見た。その頂上には時計がついていると知っているからだ。
「・・・あれ・・・?」
「どうした楠?」
「いや。時計が・・・」
何故か、背筋が寒くなった。全員が俺の視線の先を追う。
時計の指す時刻は7時57分。
「自分ら、試合してましたよね・・・?」
坂井の声が上ずっている。
「・・・試合のこと、何か覚えてる人いる?」
キャプテンの口調は冷静なままだが、少し険しくなったように聞こえる。
「試合開始は8時。それは間違いねえよ」
答えたのは大成だ。
確かである。開始時刻は事前に決まっていた事だし、その時間に合わせてスケジュールを立て朝4時に起床し、6時半に現地入りしたのだ。
「その後は・・・その後は・・・あれ?」
俺も必死になって思い出そうとする。体感では結構長いこと試合はやっていたはずだ。それこそ終盤くらいまで行ってた感覚がある。しかし。
「・・・何も、思い出せない!やっていたのは確かな筈なのに、何もっ‼︎」
嫌な汗が吹き出してくるのがわかる。動悸がする。
「うーん・・・僕も含めて、全員試合をやっていた認識はあるのにその記憶はないってことか」
「んなアホな!忘年会で羽目を外した酔っ払いみてーに、ピンポイントで都合よく記憶喪失にでもなっちまったのかよ!しかも!全員仲良くだァ⁉︎」
大成が叫ぶ。
「騒ぐな。落ち着いて。記憶喪失って程深刻じゃない。やっていたのは間違いないが、記憶が曖昧ってことだよね。最後にはっきり覚えてるのは?」
キャプテンはあくまでも冷静だ。
「・・・自分は、ロッカーで円陣組んだ所ですかね」
まず坂井が答える。
「俺もそこは覚えてるっす。2番やりましたよね」
次いで、大成が答える。
「俺も。その後走って、グラウンドに出る直前までは。
整列とか礼とかは・・・この辺はもう怪しいです」
俺も答えた。
「僕もそうだ。守備についたり打席に立ったりしてた覚えはあるけど、試合展開とかは何も覚えてない。
つまり、全員ほぼ同じタイミングと見て良さそうだね。あの時確か7時50分過ぎくらいだったと思うんだが・・・とにかくその後試合は続いて、途中何かが起こって、気がついたらみんな守備位置で倒れ込んだ」
全員がお互いの顔を見合わせる。キャプテンは顎に手を当てて続けた。
「その後時計が一周回るまで寝てたのか、それとも単に壊れてるのか。はたまた僕らの記憶違いで、ロッカールームを出て実際まだ数分しか経っていないのか・・・」
「いいや、そりゃないっすよキャプテン。その数分で俺たち以外全員が撤収っすか?観客まで」
大成は大袈裟に首を振り、観客席を見渡した。俺もその意見を支持する。
「なんせ4万7千人だもんな・・・それに、やっぱり試合をしていたのは確かですよ。俺もプレイしていたこと自体は間違い無く覚えてます。俺たちがグラウンドに倒れてたのもその証拠じゃないですか?」
そこで全員考え込み、沈黙が流れた。
「時間が巻き戻ってる、とか?」
坂井がいつもの冗談を言う口調でそう言った。だが、今その冗談に笑う者はいない。
巻き戻っただけで説明のつく状況ではないし、そもそもそんな事あるわけがない。あるわけないが、異様な状況がそれをただの冗談だと片付けさせない雰囲気を醸成しているのだ。
全員の視線が、再び時計に集まる。
時刻は7時59分。そして、俺たちの見ている目の前でカチ、と長針が動いた。
8時だ。
ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ・・・・・!
突然、誰もいないはずの球場にサイレンの音が響き渡る。
それはまるで、俺たちの行く末を暗示するかのような暗く重たい響きに感じられた。