正直の形
「フィナ様。もう良いですよ」
ライラの後ろで、レッサの声がひびいた。
振り返ると、いつの間にかレッサが傍まで来ていた。
「証拠なんて無いでしょうがね。そんな大人の事情、子供には関係がない」
「……レッサさん」
「良いんです。……セクタくん。君の言う通りだ。俺たちは魔族だ」
レッサが困った顔のまま言う。
改めて驚く少年たちを前にして、レッサが自分の正体だけでなく、年齢まで明かした。
しかしレッサが、ライラとブラムのことを言うことはなかった。
村人たちだけが魔族なのだと説明した。
「だとしてもだ」
レッサが口調を強めた。
少年たちに一歩近づき、ひとりの少年を指差す。
その少年は、怪我をしていた。
魔物に受けた傷ではなく、どこかで擦りむいただけの傷だ。
「こんな無謀なことをするべきじゃなかった。違うかい? 俺たちは心配した。フィナ様もだ。怪我で済まなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「だけど……!」
「魔族が怖いから、逃げ出したのかい? 悪い人間から解放してくれたフィナ様に何も言わずに? だとしたら君たちは、魔族よりも恩知らずで、悪い人間だよ」
レッサが少年たちを責める。
言い過ぎな気がしたが、ライラは止めなかった。
子供扱いせずに怒るのも、大事なことなのかもしれないからだ。
少年たちは、「魔族よりも恩知らず」という言葉が効いたらしい。
反論もせず、黙って俯いた。
セクタもまた、力なく肩を落としていた。
少年たちを焚きつけたことにも、反省しているのかもしれない
「まあ、君たちが俺たち魔族を怖がるのは仕方ない。今もつづいている戦争は魔族だけが悪いわけじゃないけど、君たちにとって俺たちは敵だもんな」
「……はい」
「はは。正直なもんだ。……だけど、まあ。今のところこの村の魔族は、君たちの敵じゃない。誓ってもいい」
「……本当?」
「信じられないなら、契約の魔法を使ったっていい。嘘を付いたら罰を受けるってね」
そう言ったレッサが、右手をかざした。
レッサの右手に、光の輪が現れた。
ライラから見て、その光は契約の魔法のものではないと一瞬で判別できた。
しかし少年たちを信じさせるには十分であった。
「……分かりました、レッサさん」
セクタが項垂れて言った。
すべてに納得していなくても、無謀なことをしたことは理解しているだろう。
冷静になった今、仲間が負った怪我も、ライラに対する非礼も痛感しているといったところか。
先ほどまでの力強い目が萎れている。
萎れたセクタを見て、ライラは少年たちへ半歩寄った。
「ごめんなさい、みんな」
ライラは頭を下げた。
すると先に謝ろうと思っていた少年たちが動揺しはじめた。
「頭をあげてください、ご主人様!」
「いいえ、私は嘘を付きました。不安にさせてしまったのは、私のせいです」
「ボ、ボクたちが悪いんです! ボクたちが!」
「どちらかだけが悪いなんてことはないです。どんなことでも」
動揺する少年たちを前にして、ライラは一瞬ブラムに目を向ける。
ブラムの肩がぴくりと揺れた。
何かを思い出したらしく、ライラから目を背ける。
ブラムの様子を見て、ライラは小さく笑った。
「では、今度はみんながレッサさんたちに謝る番ですよ」
「は、はい、ご主人様」
セクタをはじめ、少年たちが素直に頷く。
少年たちは未だ不信感を抱いていたようであったが、レッサたちに謝っていった。
レッサたちも少年たちに謝った。
それからレッサたちは、怪我をした少年たちの手当てをはじめた。
レッサたちから傷の手当てを受けた少年たちは、その目から少しずつ疑惑の色を消していった。