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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第五章 約束
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一転

翌日。

最近でもあまり見ない晴空が、すっきりと広がった。

晴れているというだけで、ほんの少し暖かく感じる。


子供たちの笑い声。

晴れた空へ、高らかにひびいた。

多分に在る寒気を吹き飛ばして、少年たちが走り回る。


その日もライラは、少女たちをエイドナの食堂へ連れて行った。

少年たちはブラムと共に採掘場へ行く。


ブラムたちとの別れ際、セクタと目が合った。

セクタがライラに向かって小さく頭を下げた。

ライラから見る限り、セクタの様子はこれまでと変わりない。



「きっと勘繰りすぎですね」



ライラは小さく呟き、セクタに手を振る。

セクタと、他の少年たちがライラに向かって手を振った。

その様子を見て、ライラはすっかり安心した。


微かに暖かな日差しを受け、エイドナの食堂へ行く。

その間はいつも、少女たちはたくさんの話をライラにしてくれた。

食堂やエイドナの話だけでない。

近頃は、奴隷となる前の話もするようになった。


奴隷となる前の話をする少女たちの表情は、悲しいというより、虚しさを滲ませていた。

その表情に、ライラはどうしてあげればいいか分からなくなる。

気の利いた慰め方など思いつかず、ただ話を聞くことしか出来ないでいた。



「それでいいんだよ」



食堂に着いた後、エイドナが言った。

香茶を飲んでいたライラは、ううんと唸る。



「上手くやろうなんて、きっと思っちゃいけない」


「そうでしょうか」


「出来ることをする。それが最上さ。私はそうありたいと思っているよ」



そう言ったエイドナが、少女たちへ視線を送った。

少女たちはまだ働いている時間で、エイドナの孫娘と食器を洗っていた。

たどたどしい手付きではあるが、食器を割らないようにと三人共に真剣な顔をしている。


少女たちを見るエイドナの目は、柔らかかった。

孫娘や、ライラに向ける優しさとは少し違う。

見守るようでもあり、憧れているようでもあった。



「フィナお嬢さん、私はね――」



少女たちを見ていたエイドナが口を開いた瞬間。

ドンと、扉の開く音がひびいた。

それは一階の食堂の扉であったらしい。

扉を開いたであろう誰かが、エイドナとフィナの名を呼び叫んでいた。



「どうかしましたか?」



ライラとエイドナは一階へ降り、叫んでいる者に声をかける。

叫んでいた者は、採掘場で働く鉱夫であった。

レッサとよく一緒にいたので、顔だけは覚えている。

その鉱夫が、ライラとエイドナを見るや青ざめた顔で震えだした。



「フィ、フィナ様! エイドナさんも! た、た、たた!」


「どうしたんだい? 落ち着きなよ」


「た、たた、たたた!」


「ああ、もう! 鬱陶しいね! しっかりしな!」



しびれを切らしたエイドナが、鉱夫の背中を思いきり叩いた。

あまりの衝撃に、鉱夫がひどく咳き込む。

時間をかけて落ち着いた鉱夫が、エイドナの顔を見た。



「た、大変なんだ。こ、子供たちが――!」



鉱夫が堰を切ったように話しはじめる。


その途中。

ライラは食堂を出て、駆けだした。

鉱夫の言葉、ひとつかふたつを胸に抱えて、飛ぶように駆けた。

慌てるライラの後ろに、先ほどの鉱夫が追って付く。


鉱夫の話は衝撃的なものであった。

少年たちが採掘場に着くや、逃げ出したのだという。



「あの子たちに何かしたんですか!?」



駆けながらライラは問い詰めた。

しかし鉱夫が首を横に振る。



「誓って何もしちゃいない! 索道を降りて採掘場に向かっている途中、急に逃げ出したんで!」


「どうして??」


「分からねえんでさ! それまでは普通だったはず。俺たちとも喋っていたし、笑いあってた。本当なんで!」



鉱夫が混乱気味に答えた。

その様子を見る限り、嘘ではないのだろう。

とすれば、なぜ逃げたのか。

働きたくなかったのか。それとも――



「まだ見つかってないのですよね」


「見つかってたら、わざわざフィナ様のところまで来ちゃいないんで。ここへ来たかもしれないと、一縷の望みをかけてきたんでさ」


「私の連れは?」


「子供たちを捜しに。うちのレッサと手分けして」


「私も捜します。連れて行ってくれますか」


「え? で、でも」



ライラの言葉に、鉱夫が戸惑いを見せた。

それは当然だ。

ライラは索道を使ったことがない。

揺れて乗り物酔いをする可能性があるうえ、非常に高いところを行くからだ。

鉱夫たちは皆、索道に乗ろうとしないライラの姿を知っている。



「恐がっている場合じゃないです」


「で、ですね。助かりまさ」


「でも、出来れば腕を掴んでおいてくれると……」


「し、承知!」



鉱夫が頷く。

行っているうちに、索道の昇降口が見えてきた。

別の鉱夫が昇降口で待っていた。

ライラに気付き、手を降っている。



「子供たちは、村へ降りてきてはいないのですよね」



昇降口に着くや、待っていた鉱夫に尋ねた。



「そこは間違いなく」


「では、行きましょう」



ライラは索道へ近付く。

ライラの両脚が、ぶるぶると震えていた。

索道への恐怖だけではない。

一気に駆けたため、ライラの細足が悲鳴をあげているのだ。



(……だから……大丈夫)



ライラは足を叱咤して、なんとか歩く。

索条に吊るされた二人乗りの椅子が見えた。

ガタガタと揺れ、動いている。


ここで躊躇ってはいけない。

ライラは意を決した。

駆けてきた勢いで椅子に座らなければ、絶対に乗れなくなってしまう。


自動で動いている椅子に手をかける。

どすんと、ライラは椅子に腰かけた。

間を置かず、後ろに付いてきていた鉱夫がライラの隣に座る。

そうして、お願いしていた通りライラの腕を掴んでくれた。



「失礼しまさ」


「いえ、宜しくお願いします」



ライラは頷く。

直後。椅子が大きく揺れた。


索条に吊るされた椅子が、地面から離れていく。

ゆっくりと、ゆっくりと、空を駆けはじめる。

ライラの足が震えた。

足だけでなく、腕も、身体も。もはや疲れているだけだという言い訳もできない。



「ひ、あ……!」


「フィナ様。掴んでるんで。安心して、目を瞑っておいてくださいや」


「そ、そうします」



鉱夫の言う通り、ライラはぎゅっと目を瞑った。

しかし恐怖が和らぐことはない。

むしろ状況が分からない分、さらに恐くなった気がした。


しかし今更、目を開けられない。

ライラは仕方なく、鉱夫の手を掴んだ。

鉱夫がびくりと身体を震わせた。

しかし掃いのけたりはされず、じっとしていてくれた。



(……セクタ)



揺れる椅子の上で、ライラはセクタの顔を思い出す。

昨夜の相談は、このためだったのか。

ブラムが危惧していた通り、村人が魔族だと気付いたのか。


人間にとって、魔族は憎むべき対象だ。

奴隷であった子供たちなら、なおさらだろう。

魔族との戦争によって、孤児となってしまったのだから。

村人の正体を知れば、心穏やかでいられないに決まっている。



(……だけど今は、どうか)



今はとにかく、どうか。

無事でいて欲しいとライラは願うのだった。

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