ウォーレンを目指して
馬車に伝わる、細かな振動。
大きな振動も不規則に踊りこんでくる。
どちらも意地が悪い。
ライラの身体を突き上げ、苦しめてくれる。
「……ねえ」
ライラは蒼白な顔を上げ、御者台に向かって声をかけた。
間を置いて、御者の男が振り返る。
御者の男もまた、顔色が悪かった。
ブラムの代わりに御者台に座っているのだが、とにかく生気がない。
「……少し止めてくれる?」
「…………御意……」
御者の男がゆっくり頷き、馬車を止めた。
ライラは転げ落ちるようにして馬車から降りる。
固い地面の感触。
手足だけでなく、伏せて全身で感じる。
衣服が汚れるなどと、気遣う余裕はない。
とにかく早く乗り物酔いを治めたいライラは、文字通り地面の上で大の字となった。
「……おい、汚れるぞ」
「……見逃してください」
「せめて何か敷けよ」
「……そんな余裕はないです」
「そうかよ。めんどくせえな」
大きく息を吐いたブラム。
文句を呟きながら、ライラの傍に厚手の布を敷いた。
そうして、ライラを抱きかかえ、布の上に横たわらせる。
「ありがとう」と言うと、ブラムが鼻を鳴らしてやや離れたところに座った。
ルーアムの街を出て数日。
ライラたちはユフベロニア地方の北、ウォーレン地方へと向かっていた。
ここ百年、ウォーレン地方では暮らしたことがないからである。
百年も経てば、ライラたちのことを知っている人間はひとりもいないだろう。
ライラの「不老」を隠して生きるには、ちょうどいい時期だ。
しかしウォーレン地方は遠かった。
最短距離で向かっても、馬車で三十日以上かかる。
街や村を経由していけば、その倍はかかるだろう。
「ライラ。その体質を治さねえと、普通の倍は時間がかかるぞ」
「……どうしようもないんですう」
「おい、ペノ。お前は神様みたいなもんなんだろ。こいつをどうにか出来ねえのか」
「うーん、無理!」
「マジかよ、ちくしょう」
ブラムが唸り声をあげ、立ち上がる。
馬車の中からクッションをひとつ取りだすと、ライラの頭の下へ滑りこませた。
「文句言いながらも、ブラムは介護能力が上がってきたよねえ」
「三百歳の婆さんとずっと旅してりゃあ、多少はな」
「……ブラム、あとで覚えてなさいよ」
ライラは力なくブラムを睨んだ。
ブラムが片眉を上げ、にやりと笑う。
時はすでに夕刻。
動けないライラのため、野営の準備がはじまった。




