ハッタリ
「そのクソに振り回されて、死ぬことに悔いはないのかね」
ヘイリグラウスの血涙の紅い光を揺らしながら、ソウカンが言った。
ブラムは小さく笑い、ほんの少し、後方の家馬車へ視線を向けた。
「ないね」
「君たちにとって、あの小娘なんぞ、たいした価値はないだろう」
「さあて、どうかな。贅沢はできるぜ」
「その贅沢も、早々に飽きたのではないかね」
「まあな」
「ならば、なぜ? お前たちが恋仲ですらないことは知っている。友だとしても、種族すら違うだろう。なのに命を捨てるほどの価値が、あると言えるか??」
そう言ったソウカンの顔が、なにかと重なった気がした。
ペノが見せた幻の中の、ライラに敵意を向ける異様な影のひとつ。
ソウカンの姿が、あそこにあったのではないか。
とすれば、これからも――
「……はは」
「なにがおかしい?」
「くだらねえ」
「なに??」
「どいつもこいつも、くだらねえってんだ」
「……なんのことだ」
ソウカンが首を傾げた。
ブラムは間を置いて、懐から小さな魔法道具を取り出した。
その魔法道具は、紅い光を放っていた。
「俺は俺だ」
「……なんの話だ……それより、その魔法道具は……?」
「ライラはライラだ」
「……おい、その魔法道具はなんだ……??」
「守るだのなんだの、知ったこっちゃねえ。価値だのなんだのもそうさ。お前らが、俺を、ライラを量るんじゃねえぞ」
「だから、なんの話をしている!? それ、より、おい……!! そ、その魔法道具だ! それは、それはなんだ!??」
喚くソウカンの目。
ブラムの取り出した魔法道具へ、釘付けとなった。
その魔法道具から放たれる、紅い光。
ソウカンの手にある魔法道具の光に酷似していた。
「……バ、バカな」
ソウカンの声が、震えて落ちた。
頬が引き攣り、化粧の裏にあった深い皴がぐしゃりと歪んだ。
「あり得ん……!」
「そう思うかよ」
「あり得んだろう! 何故だ!!」
ソウカンが悲鳴に似た声をあげた。
同時に、自らが持つ魔法道具、ヘイリグラウスの血涙に視線を向けた。
ヘイリグラウスの血涙は、希少な魔法道具だった。
この世にふたつとない。そう言ってもいいほどの逸品だった。
つまり、ブラムが持っている魔法道具は偽物だ。
装飾だけを似せ、ただ禍々しい紅い光を放つだけの安物である。
そのハッタリの光を、ソウカンに向けていた。
「偽物だ! それは!!」
「どうかな」
「お前たちにどれほどの金があったとしても、簡単には手に入れられん物だ!!」
「そうらしいな」
「ハッタリだ!!」
「そうかよ」
喚き散らすソウカンを前にして、ブラムが一歩、前に進んだ。
その一歩の重圧に、ソウカンの顔がひどく歪んだ。
「偽物だ!!」
「そうかもしれねえな。試してみりゃあ分かるさ」
「なにい??」
「試してみろよ。お前がその魔法道具を使った瞬間、俺あ絶対、俺が死ぬ前に、俺の意識が飛ぶ前に、俺のこの魔法道具でお前を必ず、殺す!」
「で、出来るものか! 出来たとして……あの小娘のために、死ぬ気か!? ああ!??」
「るせえ。元々殺るつもりだったろうが。それにそいつあお前らが決めるこっちゃねえ。俺と、ライラが決めることさ。だからよ、試してみりゃあいい。おい、ソウカン。さっさとやってみようぜ!」
そう言ってブラムは、さらに一歩進んだ。
圧されたソウカンが、再び悲鳴をあげた。
その声に、ソウカンの馬が反応した。
前足を跳ね上げ、暴れ、ソウカンを地面に叩き落とした。
地面に落ちたソウカンが、びくびくと身体を震わせた。
周囲にいた騎士たちが、慌ててソウカンを介抱した。
「ソウカン!! やるのか、やらねえのか!!」
追い撃つようにして、ブラムは叫んだ。
すると捻り潰れたような声が、小さく上がった。
ソウカンを囲む騎士たちが、しんと静まった。
ソウカンが気を失ったのだと、ブラムはなんとなく察した。
「ロジー! そろそろ仕事しろ!」
ブラムは翻り、ソラに向かって叫んだ。
すると雲ひとつない空から、万雷が降りそそいだ。
降りそそいだ雷の矢が、ソウカンの騎士たちと、ライラの騎士たちの間に勢いよく落ちた。
それが止めとなった。
ソウカンの騎士たちは慌てふためき、ついには統率を失った。
意識を失って倒れているソウカンを捨て、這う這うの体で逃げ散っていった。
「これでもう少し時間が稼げるだろうよ」
ブラムは家馬車まで戻り、ニヤリと笑った。
直後。
馬車の中から、細い腕が飛び出てきた。
マーウライに無理やり押しとどめられていた、ライラの細腕だった。
突然のことに、ブラムはその細腕を避けることができなかった。
ライラの細腕の先の小さな拳が、ブラムの顔面を撃つ。
それからしばらく。
頑丈なブラムの顔面から鼻血が出るまで。
泣きじゃくるライラが、ブラムを殴りつづけた。
ブラムは呆れ顔で、ライラの小さな拳を受けつづけるのだった。




