狂気
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紅い光。
睨みつけてきた。
ヘイリグラウスの血涙。
必殺の魔法道具とされる、最強の凶器。
それが、ソウカンの手にあって、ブラムに向けられていた。
「そいつを今、俺たちに向けてもいいのかよ?」
ブラムは片眉を上げた。
恐怖はなかった。
無論、ただの脅しでヘイリグラウスの取り出したのではないと、分かっている。
死が、目前にある。
そうと分かっていても、なぜか恐れが心を蝕まむことはなかった。
「ブラム。お前を殺せば、聖女さまは逃げないだろう」
ソウカンがニヤリと笑った。
そうなると、確信しているようだった。
「そうだろうな。あいつは馬鹿だからよ」
「お前を殺したことへの心配は、無用だよ。お前を殺した後、聖女さまが落ち着くまで、私が大事に匿っておくから。そうしている間に、お前を殺した事実など、いくらでも捻じ曲げて美談に変えてみせる」
「そいつあすげえ。是非とも聞いてみてえもんだぜ」
「お前の墓石に、その美談を刻んでおいてやろう」
「嬉しいねえ。涙が出らあ」
ブラムはにかりと笑い、ソウカンを見据えた。
ソウカンの視線が、時折ズレた。
ブラムと、ブラムの背後へ向けられる。
馬車の中に押し込まれているはずの、ライラを気にしているのだろう。
「ふうん。ライラの目の前で、俺を殺したいかよ?」
「出来ればそうしたいところだよ」
「それなら諦めるこった。マーウライが死んでも押しとどめるだろうからよ」
「そうらしい。なんとも忌々しいことだ。まさか――」
――まさか、マーウライと偽装結婚するとは。
最後まで言わなかったが、ソウカンの苦虫を噛み潰したような顔が、そう語っていた。
ソウカンのことだ。
カウナでのライラとマーウライの関係も念入りに調べていただろう。
ライラの不老の可能性を知ったうえで、ふたりが恋仲に近い関係であったことも調べていたはずだ。
しかしソウカンは、ふたりの関係を軽視し、高をくくっていた。
普通の思考なら、不老の問題を無視してライラを娶るはずがない。そう確信していたのだ。
「……よくもまあ、そんな得体の知れない怪物を、妻に迎えようと思ったものだ」
苦い表情のまま、ソウカンが吐き捨てるように言った。
たしかになと、ブラムは眉尻を下げた。
マーウライにどれほど深い愛があったとしても。
不老という異常性は、貴族にとって無視できる問題ではない。
しかもマーウライは、カウナの貴族たちを束ねる領主だ。
領主の妻ともなれば、多少は世間へ顔を出さなければならない。
聖女として名の知れた妻ともなれば、なおさらだろう。
となれば、ライラの不老を隠すことは至難の業となる。
野心あるソウカンは、ライラの不老を隠すつもりはなかった。
その不滅性を利用して、自らの野望を叶えるつもりだったからだ。
しかしマーウライは違う。
ライラの不老をなんとしても隠すと、事前に誓ってくれた。
隠す方法についても、丁寧に教えてくれた。
それはマーウライにとって、大きな痛手となる方法だった。
しかしマーウライはそれでもいいと言った。
“守る”ためならば。
その言葉をマーウライが言った、あのとき。
ペノが見せた幻を思い出した。
胸の底が、ぐるりと、自分の想いとは別のなにかが、蠢いた気がした。
「……まあ。あのマーウライがよ、そんな小せえこと、気にはしねえだろうよ」
ブラムは自分の胸の底から意識を遠ざけ、ソウカンを見据えた。
ソウカンの目が、ぴくりと引き攣った。
「……小さいことかね」
「小せえな。クソみたいなもんさ」
ブラムはソウカンを見据え、地面に唾を吐き捨てた。
ソウカンの視線が、吐き捨てられたブラムの唾に、数瞬落ちる。
次いで、ギラリとした目をブラムへ向けた。




