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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十六章 聖魔のはじまり(後編)
248/252

狂気


 ◇


   ◇


     ◇



紅い光。

睨みつけてきた。


ヘイリグラウスの血涙。

必殺の魔法道具とされる、最強の凶器。

それが、ソウカンの手にあって、ブラムに向けられていた。



「そいつを今、俺たちに向けてもいいのかよ?」



ブラムは片眉を上げた。

恐怖はなかった。

無論、ただの脅しでヘイリグラウスの取り出したのではないと、分かっている。

死が、目前にある。

そうと分かっていても、なぜか恐れが心を蝕まむことはなかった。



「ブラム。お前を殺せば、聖女さまは逃げないだろう」



ソウカンがニヤリと笑った。

そうなると、確信しているようだった。



「そうだろうな。あいつは馬鹿だからよ」


「お前を殺したことへの心配は、無用だよ。お前を殺した後、聖女さまが落ち着くまで、私が大事に匿っておくから。そうしている間に、お前を殺した事実など、いくらでも捻じ曲げて美談に変えてみせる」


「そいつあすげえ。是非とも聞いてみてえもんだぜ」


「お前の墓石に、その美談を刻んでおいてやろう」


「嬉しいねえ。涙が出らあ」



ブラムはにかりと笑い、ソウカンを見据えた。

ソウカンの視線が、時折ズレた。

ブラムと、ブラムの背後へ向けられる。

馬車の中に押し込まれているはずの、ライラを気にしているのだろう。



「ふうん。ライラの目の前で、俺を殺したいかよ?」


「出来ればそうしたいところだよ」


「それなら諦めるこった。マーウライが死んでも押しとどめるだろうからよ」


「そうらしい。なんとも忌々しいことだ。まさか――」



――まさか、マーウライと偽装結婚するとは。

最後まで言わなかったが、ソウカンの苦虫を噛み潰したような顔が、そう語っていた。


ソウカンのことだ。

カウナでのライラとマーウライの関係も念入りに調べていただろう。

ライラの不老の可能性を知ったうえで、ふたりが恋仲に近い関係であったことも調べていたはずだ。

しかしソウカンは、ふたりの関係を軽視し、高をくくっていた。

普通の思考なら、不老の問題を無視してライラを娶るはずがない。そう確信していたのだ。



「……よくもまあ、そんな得体の知れない怪物を、妻に迎えようと思ったものだ」



苦い表情のまま、ソウカンが吐き捨てるように言った。

たしかになと、ブラムは眉尻を下げた。


マーウライにどれほど深い愛があったとしても。

不老という異常性は、貴族にとって無視できる問題ではない。


しかもマーウライは、カウナの貴族たちを束ねる領主だ。

領主の妻ともなれば、多少は世間へ顔を出さなければならない。

聖女として名の知れた妻ともなれば、なおさらだろう。

となれば、ライラの不老を隠すことは至難の業となる。


野心あるソウカンは、ライラの不老を隠すつもりはなかった。

その不滅性を利用して、自らの野望を叶えるつもりだったからだ。

しかしマーウライは違う。

ライラの不老をなんとしても隠すと、事前に誓ってくれた。


隠す方法についても、丁寧に教えてくれた。

それはマーウライにとって、大きな痛手となる方法だった。

しかしマーウライはそれでもいいと言った。


“守る”ためならば。


その言葉をマーウライが言った、あのとき。

ペノが見せた幻を思い出した。

胸の底が、ぐるりと、自分の想いとは別のなにかが、蠢いた気がした。



「……まあ。あのマーウライがよ、そんな小せえこと、気にはしねえだろうよ」



ブラムは自分の胸の底から意識を遠ざけ、ソウカンを見据えた。

ソウカンの目が、ぴくりと引き攣った。



「……小さいことかね」


「小せえな。クソみたいなもんさ」



ブラムはソウカンを見据え、地面に唾を吐き捨てた。

ソウカンの視線が、吐き捨てられたブラムの唾に、数瞬落ちる。

次いで、ギラリとした目をブラムへ向けた。

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