お祭りのようなもの
「妙な空気を感じます」
「妙な……?」
「ソウカンがこの程度で引き下がるとは思えません」
「こうなることも予想していたと?」
「予想していなくても、最悪の事態に講ずる手段ぐらいは考えているでしょう」
「強引に連れ戻すとか……?」
「まあ、そんなところでしょう」
家馬車の前に付くと、マーウライがライラの手を取った。
ライラはその手を軽く摘まみ、家馬車へ乗り込んだ。
マーウライの後からブラムが家馬車へ乗ると、周囲で歓声が上がる。
ライラを惜しむ声か。
それとも新たな旅へ向かうライラを見送るためか。
ライラは人々の声に向け、一度だけ手を振った。
「御者さん、出してください」
「……御意」
顔色の悪い御者が、無表情に頷き、馬車を走らせはじめた。
窓の外に、集まってきていた人々と、無数の花々が見えた。
今日のためにライラが飾りつけさせた、花の道だ。
本来なら、この花の道を通って晩餐会へ臨むはずだった。
ところが今は、その晩餐会を後にするために通っている。
迎えるための花が、見送るための花になっている。
それが少しだけ寂しく思えた。
「ま。ファロウの奴らはどっちでも良いみたいだぜ」
ライラと同じように窓の外を見ていたブラムが言った。
それから、窓の外を指差した。
「見ろよ。お前が飾り付けさせた花を手に取って、お前を見送ってやがるぜ」
「ホントだ。毟られてますね」
「ファロウにとってのお前は、お祭りみたいなもんだ」
「そんなものですか」
「そんなもんだ。ど偉い聖人が君臨してようが、民衆にとっちゃあ、いつもよりちっとばかし眩しい太陽を拝んでるだけってもんだ」
「……つまりどうでもいいってこと?」
ライラは複雑そうな顔をブラムに向けてみせた。
するとマーウライが小さく笑う。
「善いと思われるものに対しては、意外なほど関心が無くなるものです。ライラ様もそうでしょう? しかし善いものであることに変わりはない」
「あ、いや、その、別に、善く思われたいわけじゃないですけどね」
「もちろん、存じております。ライラ様は真の聖女さまですから」
「……あ、え、その、そういうこと言いたいわけじゃなく」
「分かっております。とにかく、なにかを憂うことはもう無いということです」
マーウライが微笑んだ。
そう言うのなら、それでいいか。
ライラは理解が追い付いてない部分もあったが、とりあえず気持ちを飲み込んだ。
しばらくの間を置いて。
家馬車が小刻みに揺れた。
『ご主人様! 悪いお知らせがある!』
突然、ロジーの声が頭の中にひびいた。
ロジーはまだ、ファロウの上空に留まっているはずだった。
上から見下ろして、なにかを見つけたのだろう。
直後。
ブラムとマーウライが、険しい表情になった。
ロジーの声が聞こえたわけではないだろうが、なにかを察知したらしい。
ふたりが同時に、窓の外へ視線を向けた。
「ロジー、なにがあったの?」
『家馬車の進む先に、軍隊が待ち構えてる! けっこうな数だ。三百はいるな!』
「ソウカン様の騎士たちですか?」
『たぶんね!』
ロジーの声を聞き、ライラは窓の外を見た。
隣にいたブラムが身を引いて、ライラが窓へ近付けるようにしてくれた。
「見えるのですか?」
「見えねえ。だが、気配がする」
「そんなの分かるの?」
「戦いの、独特の気配だ。鈍感なお前には分からねえだろうが、マーウライは分かったようだぜ」
「いちいち馬鹿にしないでよ、もう」
ライラは口を尖らせる。
険しい表情をしていたマーウライが、ほんの少し口元を緩ませた。
しばらくして、独特の気配というものがライラにも分かるようになった。
ファロウの外へ向かおうとすればするほど、空気が硬くなっていく。
道路の脇でライラたちを見送る人々の目も、恐れの色を含んでいた。
「本当に、待ち構えているみたいですね」
窓の外を覗き、ライラは唇を震わせた。
やはり、簡単にはいかない。
いや。こんなことで逃げられるなら、そもそも今まで悩んでこなかっただろう。
「ま、分かってたことさ。今更ちびるなよ」
「……ちびりません。変なこと言わないで」
「はっ、上出来だ」
ブラムがにかりと笑い、窓の外へ顔を出す。
駆ける馬車の先ではなく、後方を覗いて。




