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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十六章 聖魔のはじまり(後編)
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胸に焼き付ける


「ソウカン殿。これはどういうことですか」



マーウライが凛とした声を通した。

ライラたちとは違い、マーウライは落ち着いているようだった。



「はは。ランファ様には、晩餐会だけにはご出席していただきたい」


「心苦しいが、そうもいかないのだ。ソウカン殿」


「こちらもそうはいかんのです、マーウライ様」



ソウカンが一歩、足を進めた。

ドシンと、大地が震えた気がした。

しかしやはり、マーウライは落ち着いていた。

ソウカンの目を見据えつつ、両の手を広げた。



「分かりませんか、ソウカン殿」


「……なにがです?」


「ファロウの目が、いや、ウォーレン中の目が、今あなたを見ている」


「なんだと」


「よくご覧ください」



ソウカンの目を見据えたまま、マーウライが後方を指差した。

そこには、屋敷の前庭に集まる貴族たちを見ようとして集まっていた人々がいた。



「彼らは、ランファ様が次の地へ向かうと言えば、喜んで道を開けるでしょう」


「ファロウの聖女を手放すというのか」


「ランファ様は、ウォーレンの聖女でもある。そのように仕立て上げたのは、ソウカン殿でしたな」



マーウライの言葉に、ソウカンが苦い顔をした。

たしかに、そうだ。

ソウカンは、ランファをファロウだけの聖女とせず、ウォーレン中に名を広めようとしていた。

あわよくば、エルオーランド全域に至るまでランファの名を知らせて回ろうとしていた。

そうすることで、自らの権威と権力を増していこうとしていたのだ。


それが今だけ、仇となった。

ランファはファロウだけの聖女ではない。

表向き、ランファを縛り付けるものはない。


しかし今夜の晩餐会の後となれば、話が変わる。

晩餐会の最中、ソウカンはランファを親族として取り込む手はずだったろう。

そうなれば、ライラは籠の中の鳥となる。

親族の絆を作られる前に、夫婦として抜け出す口実を得るには今しかない。



「……まさしくその通り。ランファ様は、ウォーレンの宝ですから」



ソウカンが頬を引き攣らせて言った。

ランファを籠の中に閉じ込めることが叶わないと、思い知ったようだった。



「お分かりいただけて何よりです」



マーウライが一礼し、ソウカン以外の貴族たちにも礼をした。

呆気にとられていた貴族たちは、呆然としたまま、マーウライに対して礼を返した。



「それでは参りましょう、聖女さま」



ライラに向き直ったマーウライが、微笑みながら言った。

ライラはハッとして、小さく頷いた。


マーウライの向こうに、ソウカンの姿が見えた。

その目には、怒りが宿っていた。

今にも飛び掛かってきそうで、ライラはごくりと息を飲んだ。



「心配いりません」


「……しかし」


「なるべく早く、去りましょう。ソウカンが思考を巡らす前に」


「は、はい」


「しかしその前に、民衆へご挨拶しなくては」



そう言ったマーウライが、ライラの手を取り、握った。

そうしたままマーウライは、集まってきていた人々の前に立った。


屋敷の前庭の手前まで犇めき集まっていた民衆が、マーウライを見た。

同時に、聖女と讃えているライラの姿も見た。

そうする暇だけを与えて、マーウライが口を開いた。



「聖女ランファ様は、これよりカウナへ向かわれる!」



マーウライの言葉に、人々がざわめいた。

これからライラが、晩餐会に出席するはずと思っていたからだ。



「カウナには今、老人病の魔の手が忍び寄っている!」



つづけて言ったマーウライの言葉に、人々がさらにざわめいた。


事実、カウナには老人病が入りこみはじめているらしかった。

感染拡大こそしていないものの、手をこまねいているという。

その裏打ちがあったうえでのマーウライの言葉は、妙に力強くひびいた。



「ファロウの皆さん、どうか、聖女さまの力をお借りすることを許していただきたい」



マーウライが言うと、間を置いて人々が大きく頷いた。



「ランファ様、聖女さま、どうかどうか、ウォーレンの人々をお助けください」


「どうかどうか」


「ファロウはもう救われました。どうかその慈愛を、カウナにお届けください」



ライラに向けて、人々の声が飛んだ。


とんでもないことを言われているなと、ライラは思った。

もはやランファでもなく、聖女でもなく、神様のようなものとして崇められているようだった。

あまりに異様だと、ライラは心の内で頬を引き攣らせる。

人々も、貴族たちも、その中心にいる自分も、気持ち悪いなと思った。



(……そんなこと言えないけど)



今は何も言わず、耐える他ない。

ソウカンから逃げるためなのだ。

今よりも気持ち悪い状況になったとして、受け入れざるをえない。

いや。受け入れなければ、ブラムが怒るだろう。

マーウライも多分、少し怒るかもしれない。



「……参りましょう、旦那様」



人々に小さく頭を下げたライラは、マーウライの服の裾を摘まんだ。

するとマーウライが目を細める。



「……っ」


「ど、どうかしました?」


「今の、その呼び方、胸に焼き付けておきます」


「……今はそれどころじゃ」


「……何よりも大事なことです。そう呼ばれることを、何度夢見たことか」


「わ、分かりましたから。は、早く行きましょう」



ライラは困り顔を浮かべ、家馬車に向かった。

マーウライもライラの傍に付いてくれた。

それを見ているブラムが、やや不満そうな表情をしている。

ライラはブラムに向かって片眉を上げてみせた。

すると察したように、ブラムがライラに向かって一礼した。



「……ライラ様、急ぎましょう」



マーウライがほんの少し強い口調を通した。

ライラはマーウライのほうを向かず、小さく頷く。

目端に映るマーウライの表情が、固く見えた。

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