偽物の本物
マーウライだった。
ライラが到着するよりも先に、晩餐会の会場へ来ていたのだ。
マーウライは静かに歩き寄り、ライラとソウカンの間へ入ってくる。
そうして一度、ライラのほうへ目を向けた。
ライラはドキリとした。
同時に、気を失いそうだった。
これほど嬉しいことがあるだろうか。
いや、ない。
「……マーウライ様??」
ライラの思いをよそに、ソウカンが首を傾げた。
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりだ。
しかしマーウライがソウカンを見据え、頷いた。
「妻の言う通りです」
「……まさか、はは。なにかの冗談ですか」
「冗談で、この美しい人を私の妻と呼ぶことはありませんよ」
「……いや、し、しかし」
ソウカンが焦りの色を見せた。
当然だ。
ソウカンの手元には、ライラとマーウライが夫婦であるという情報などない。
あるはずがない。
ライラとマーウライが夫婦となったのは、昨夜だからだ。
「婚姻の証明もある。見ますか?」
「そ、そんなものが」
ソウカンが驚き、マーウライへ一歩寄った。
周囲にいた貴族たちも、マーウライへ寄った。
マーウライの手には、一枚の紙があった。
その紙は、契約の魔法がかけられた婚姻証明書だった。
マーウライと、ランファの名が、しっかりと記されていた。
昨夜。
ライラと、マーウライと、ブラムの前で、間違いなく取り交わされた、本物の証明書だ。
「お恥ずかしながら、私の領地で大きな問題が起こりまして」
驚く貴族たちを前に、マーウライがにこやかに声を通した。
「急ぎ、カウナへ戻らなくてはなりません」
「……ランファ、様も」
「もちろん、妻もです」
「……ば、馬鹿な」
焦りを隠すこともなく、ソウカンが声を震わせた。
しかし、取り乱しているわけではなかった。
ソウカンの目は、未だにぎらりと光っていた。
ソウカンは気付いているだろう。
本物の婚姻証明書とはいえ、その裏にあるのは偽物であると。
ソウカンの手から逃れるための、姑息な手段なのだと。
しかし、そうと知っても、ソウカンに抗う術はなかった。
マーウライもソウカンと同じ貴族だが、マーウライはカウナの領主でもある。
現時点での立場は、ソウカンよりもマーウライのほうが明らかに上だった。
(……これで)
これで決着がついた。
ライラは一瞬、そう思った。
しかしその安堵は、本当に一瞬で終わった。
次の瞬間、周囲に異様な緊張感が駆け巡った。
「……ライラ!」
ブラムの強い声が、ライラの背を打った。
同時に、鋭い金属音がライラたちを取り囲む。
騎士たちだった。
ソウカンに仕える騎士たちが、いつの間にかライラたちを囲っていた。
剣こそ抜いていなかったが、騎士たちの手は剣の柄を握っていた。
ただそれだけで、チリリと、金属の擦れる音が重なり、鋭く鳴いている。




