格好良くない決断
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その日の夕刻まで、ブラムはマーウライと共にライラを説得しつづけた。
最後の最後まで、ライラが納得した表情を見せることはなかった。
しかし諦めに似た覚悟を、ようやく決めてくれた。
ライラの覚悟を聞いて、ブラムは早々に動きだす。
というより、いつでも動けるよう、事前に準備を進めていた。
正直、ライラがどう答えようと、ライラを街の外へ逃がす計画を実行に移すつもりだった。
最後の手段を取らずに済んだと、ブラムは安堵していた。
「いや、しかし、ずいぶん四方八方へ手を回したね」
マーウライが呆れるように言った。
マーウライの前には、いくつかの木箱が置かれている。
そのうちのひとつは、クナド商会に手を尽くさせ、用意したものだった。
「まあ、全部必ずライラが金を払うって言っておいたからよ。どいつもこいつもしっかり動いてくれたぜ」
「それはライラ様の人徳だろう」
「そういうこった。あいつは周りに結構慕われてるってことを、意外と理解してねえ。それが分かってりゃあ、もっと上手く生きられるんだがよ」
そう言って、ブラムはライラのほうを見た。
ライラは、眠っていた。
ブラムがかき集めたものに、「お金に困らない力」を使わせたからだ。
今回、ライラの手から溢れでた金貨は、なかなかの量だった。
そのためライラは、魔力を使い過ぎて早々に倒れた。
「それもライラ様の良いところだ」
「どうだかな」
「少なくとも、ブラム。君はそう思っているだろう」
マーウライが片眉を上げた。
ブラムは口の端をかすかに歪ませ、マーウライから目を背けた。
ライラの良いところも、悪いところも、知っているつもりだった。
知っていくことで、いつかは通じ合える。
すべてを清算できる。
そう思っていたときがあったからだ。
しかし、違っていた。
互いに互いを知り合っても、通じ合えないところがある。
むしろ、長い時をかけたことで、大きな壁を感じるところがある。
「……てめえが羨ましいよ」
ため息を吐きだした。
ずいぶんと正直な言葉が吐き出したものだと、瞬時に自嘲する。
マーウライは、ブラムとは違う視点で、ライラを知っている。
良いところも、悪いところも、マーウライの視点で知り得ている。
ライラも、きっとそうだろう。
そしてふたりには、ブラムとライラの間にあるような壁は、おそらくない。
「私は、逆だがな」
「……ああ?」
「お互い、相手を羨んでいるというわけだ」
「……そうかよ」
「そうとも」
そう言ったマーウライが、眠っているライラに目を向けた。
優しく、美しい目だと、ブラムは思った。
その思いを察してか、マーウライが片眉を上げてブラムに視線を移した。
「いや、しかし。せめて今日と明日だけは、私を羨んでほしいな」
不敵な笑みだった。
苛立ちを覚えたが、やはり美しい目だなと、ブラムは思った。
次いで、両手のひらをマーウライに向けた。
「……分かってら。今回、この話を持ち掛けたのは、俺だ」
「潔いな」
「ライラを守るためだ」
「そうだな。そのために我らは明日、互いの心を踏み砕くとしよう」
マーウライが頷き、懐に手を入れた。
懐から取り出されたものは、契約の魔法道具の一種だった。
ブラムはその魔法道具を横目に、眠っているライラを抱き上げた。
数瞬、ライラが目を覚ました。
しかしすぐに、ブラムの腕の中でウトウトしはじめた。
ブラムはライラを寝室へ運び入れた。
後ろから、アルサファも寝室へ入ってきた。
アルサファは、使用人顔負けの手際よさで、ライラがすぐにベッドへ入れるよう整えていった。
そうして整えられたベッドへ、ブラムはライラを横たわらせる。
ベッドに横になったライラが、もぞもぞと身体をくねらせた。
アルサファがライラのために、上からそっと布をかぶせた。
かぶせられた布を、ライラがもぞもぞと抱きかかえ、小さな声でなにかを言っている。
その声は聞き取れなかった。
「……じゃあ、やるか」
もぞもぞと動くライラを見て、ブラムは小さく息を吐いた。
後ろにいたアルサファとマーウライが、無言で頷く。
契約の魔法道具を手にしていたマーウライが、ライラの傍へ寄った。
ブラムはマーウライのために身を引く直前、ライラの手に、少し触れた。
するとライラが、小さく指を動かし、ブラムの手に触れ返した。
「……ライラ」
「……ん、んう」
ライラが寝惚けながら返事した。
ブラムは口元を緩ませ、ライラの細い指を、ほんの少し摘まんだ。
「……なあ、ライラ。まだ……マーウライのことが、好きかよ……?」
聞きながら、ブラムは自らの胸が締め付けられたような気がした。
そんな気がしただけだと、ブラムは小さく首を横に振った。
「……ん、んう、ん……す、好き、だけど……」
「……そうか」
「……う、ん、ん、な……に……」
「……いや、なんでもねえ」
ブラムはライラの細い指を摘まみながら、目を細めた。
そうして、傍へ来ていたマーウライのために、その場を譲った。
マーウライが、ほんの少し、申し訳なさそうに俯いた。
ブラムはマーウライの肩を軽く小突いた。
「さっさと決めちまえ」と、口の端を持ち上げてみせた。
そうすることで、マーウライの覚悟が決まったようだった。
手にしていた契約の魔法道具を、ライラに向けた。
「ライラ様。大事なお話があります」
マーウライの声。
寝惚け眼のライラを小突いた。
その夜。
その場にいた四人、皆が自らの心を誤魔化した。
格好良くもない、呆れた決断だと、ブラムは思った。
ライラも、そう思っただろう。
マーウライとの契約を終えたライラが、ブラムを見ていた。
なにか、訴えるような目だった。
どうしようもねえだろ。
ブラムは苦笑いした。
しかし、目は背けなかった。
ライラもまた目を背けず、苦笑いを返した。




