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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十六章 聖魔のはじまり(前編)
232/252

まだ抗っているのだと


     ◆


   ◆


 ◆





静かすぎる。

椅子に座って眠っているブラムを見て、ライラは焦っていた。

触っても、揺らしても、叩いても、一向に目を覚まさないからだ。

とにかく、静かに、石のように眠っていた。



「ど、どうしよう、水でもかけようかな」



そう思って持ってきた、木桶いっぱいの水。

静かに眠っているブラムを前にして、ライラはごくりと唾を呑んだ。



「そろそろ目を覚ますよ?」



不意に、ペノの声が聞こえた。

先ほどまでは捜しまわっても見つからなかったのに。



「……これ、眠ってるの?」


「まあね?」


「もしかして、ペノがなにかしました?」


「全然してないよ?」


「……怪しいですね」


「ひどいなあ!」



ペノが両耳を揺らして笑う。

その笑顔を見て、ライラはほっとした。

あまりに力が抜けて、手に持っていた木桶を落とした。

床が広範囲に濡れ、慌てて拭き取っている最中、ブラムが目を覚ました。



「……なんだあ、こりゃあ??」



びしょ濡れの床を見て、ブラムが呆れた声をあげた。

その声を聞いて、ライラはまた、ほっとした。

どうして安堵したのか。

よく分からない。

とにかく、不安で押し潰されそうだった心が、軽くなった。



「……ちょっと、ブラムにかけようとした水をこぼしまして」


「なにい??」


「目が覚めて良かったです」


「たしかに良かったらしいな?? ああ??」


「いちいち喚かないで」


「喚くに決まってんだろ、馬鹿ライラ」


「馬鹿って言わないでったら。もう……ちょっとは心配したのに」



ライラは頬を膨らませる。

その仕草を見て、ブラムがもう一度喚いた。

ほっとした。

喚き声ひとつだけで、心の内がもう一度、少しだけ軽くなった。



それからしばらく。

ブラムがペノを掴まえて、別の部屋へ行った。

どうやらブラムがペノに説教をしているらしい。

時折、隣のライラがいる部屋に、言葉の端々が聞こえてきた。

しかし、いったい何の話をしているのか、ライラにはよく分からなかった。


ブラムの説教が聞こえなくなったのは、陽が傾いてからだった。

暇を持て余して香茶を飲んでいるライラのところへ、ようやくブラムが戻ってきた。



「ずいぶん楽しそうでしたね?」



ライラは片眉を上げ、ペノを見た。

ペノのぐったりとした表情。

どうやらいつものようにノラリクラリとはできなかったらしい。



「まあな。そんでよ、またちょっくら出掛けてくるからよ」


「また外へ行くの? なにか企んでいるんじゃないですよね?」


「なにも企んじゃいねえよ」


「じゃあ、私も行っていいですか?」


「ダメだ。男同士の話があるんだよ」


「誰です? それ?」


「言えねえ」


「やっぱりなにか企んでるんじゃないですか!?」


「るせえ! 俺にも用事ってもんがあるんだよ。ついでにペノも持っていくぞ」


「ペノも行くの??」


「こいつがいたほうが話が早えんだ」



そう言ったブラムが、ペノの両耳を摘まんだ。

ペノが力なく頷いて、「ちょっと出掛けてくるよ」と小さく言った。

見たことがないくらい弱々しいペノ。

ライラはそれ以上口を挟めず、黙って見送った。



「ブラム様がライラ様を蔑ろにすることなんてありませんよ」



夜。ひとりで食事をしているライラに、アテンが言った。

ブラムとペノは、夜になっても帰ってこなかった。



「こういう時期くらい、一緒にいてほしいのですけどね」



ライラは空になった皿をナイフで突きながら、口を尖らせた。

もうすぐ、貴族のソウカンに飼われるような日々がやってくるのだ。

ならば、今だけは平穏に過ごしたい。

家族のような人たちと一緒に過ごしていたいと、ライラは思っていた。



「まだ抗っているのだと思います」



共に食事をしてくれていたアルサファが、慰めるように言った。

「それは分かっています」と、ライラは目を細めた。



「分かってますけど、どうしようもないって、私がもう、決めたんだから」


「そうですね。このアルサファも、ライラ様の決定に従うと決めました」


「……本当はアルサファさんも、ブラムと何かしたいの?」


「分かりません。それがライラ様のためになるか、私には判断できませんでしたので」


「私はアルサファさんが傍にいてくれて嬉しいですよ」


「身に余るお言葉です」



そう答えたアルサファの表情は、少し曇っていた。

本当は、なんとかしたいと思っているのだろう。



(……思うだけなら)



自分もそうしていると、ライラは心の内で苦笑いした。

だがすぐに、無理なのだと、心が悲鳴をあげた。

ブラムも早く諦めてくれないだろうか。

そうすれば、もっと楽になれるのに。

楽になって、今は、なにも感じないようになりたい。

ライラの心は、そうした思いで満ち溢れていた。

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