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どんな時でもお金には困りません!  作者: 遠野月
放浪編 第十六章 聖魔のはじまり(前編)
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華で隠して


晩餐会、三日前。

花屋たちが、手に持つ花よりも華やかな笑顔を振りまいていた。

ライラから依頼されていた準備をするためである。



「晩餐会の会場までの道を、花で飾るって?」



ペノが驚きの声をあげた。

ライラは困り顔をして、小さく頷いた。



「……花を贈る習慣がありますからね」


「それは貴族に贈るんでしょ? 街に飾ってどうするの?」


「……街を花で飾れば、街に住む貴族へ贈ったも同然でしょう?」


「んー? まあ、はっは、それはそうかもね!」



ペノが大声で笑い、ライラの肩でぴょんと跳ねた。

心の底から愉快そうだなと、ライラはもう一度困り顔を見せた。


そんなペノを、冷ややかに見る目があった。

ブラムと、アルサファだった。

ふたりは、ソウカンの屋敷から帰ってこれまで、ずっとしかめ面のままだ。

ふたりの表情を見て、ライラは心の内が、鈍く軋んだ。



「ブラム、いつまでご機嫌斜めなのさ?」



ペノが呆れ顔で笑った。

するとブラムがペノを睨みつけ、奥歯を噛み鳴らした。



「ああ!? 機嫌良くできる要素があんのかよ!?」


「……ブラム」


「ライラ!! お前もなにヘラヘラしてやがんだ!!」


「だ、……だって」


「俺あ、ごめんだぜ!! あんなクソみてえな奴の言いなりになるくらいなら死んだほうがマシってもんだ!!」


「そ、そんなのダメに決まってるでしょう!?」


「るせえ!!」



怒鳴り声をあげたブラムが、部屋から出て行く。

ライラは追いかけようと思ったが、足が動かなかった。

この結果を選んだのは、ライラ自身なのだ。

なにを言ったところで、ブラムが納得してくれるとは思えない。



「……どうすれば良かったっていうの」



ライラは俯き、しゃがみこんだ。

しゃがみ込むと同時に、再び心の内が、鈍く軋む。

その軋みが、痛いと思った。

悪い痛みだなと、ライラは口の端をゆがめる。


しゃがみ込んだライラの傍へ、アルサファが寄ってきた。

アルサファもブラム同様に険しい表情だった。

しかしライラを責めるようではない。



「ライラ様」


「……アルサファさんも怒っているの?」


「怒っています。自分自身に、ですが」


「……どういうことですか」


「私たちが、ライラ様の選択肢を少なくさせた、ということです」


「……どのみち、あの場に私ひとり乗り込んでいくということはあり得なかったです」


「だとしても。私はあの瞬間、ソウカンに刃を向けるべきでした。ブラム様もそうお考えだったはずです」


「そんなことしたら、ふたりとも殺されていましたよ」


「些細なことです」


「……そんなこと、二度と言わないで」



ライラはアルサファを睨んだ。

アルサファが微かに怯み、険しい表情を和らげた。



「大変申し訳ありません」


「……それに、私はアルサファさんとブラムに、人殺しになってほしくないです」


「しかし今回ばかりは」


「私が我慢すれば済むことです」


「ソウカンに手を貸すと言うのですか」


「ソウカン様は別に、悪いことをしようとしているわけじゃないでしょう?」


「それは……そうですが」


「戦争しようとしているわけでもないですし、……大丈夫ですよ」


「ですが、ライラ様の自由が奪われたのですよ」


「ソウカン様の子や孫の代になれば、きっと逃げられます。しばらくの我慢ですよ」



言いながら、それでも少し長いなと、ライラは思った。

不老とはいえ、流れる時間を短く感じるわけではないのだ。

子や孫の代まで待てば、五十年か、百年か。

それほどの時を籠の中で過ごすのは、さぞ退屈だろう。



(……だけど、ブラムとアルサファが死ぬよりマシよね)



この選択は間違っていないと、ライラは信じていた。

たとえ不自由な未来になったとしても、それこそ些細なことのはずだった。



「ライラ様が逃げたいのなら、私は全力を尽くします」



アルサファがライラの目を覗きながら言った。

真っ直ぐな、強い目だった。

きっと本当に、ライラが望めばそうするのだろう。


逃げたくないわけではなかった。

ブラムとアルサファがそう思い、ライラにぶつけてくるたび、心が揺れていた。

しかし同時に、心の内の奥底が、ひどく軋んだ。

逃げた先に、平穏は望めないと分かっていた。

あのソウカンが、ライラをたやすく手放すはずがないからだ。



「……ソウカン様は、普通の貴族じゃありません」


「逃げられないと思いますか」


「逃げられないでしょう。百を超える計画があると言っていたのも、きっと嘘じゃない」


「なにをしても、ソウカンの手のひらの上だと?」


「私たち程度の知恵では、そうだということです」



なにもかもを捨てて逃げたとしても、ソウカンには敵わない。

ライラは心底、ソウカンに屈しつつあった。

クナド商会の力を借りても、きっと敵わない。

クナド商会の力でライラが大貴族になれたとしても、同じだろう。


ソウカンは、エルオーランドの王を志している異常者だ。

天地がひっくり返っても、ライラとソウカンの力の差が変わると想像することはできなかった。



(……なら、もう……)



鬱々とした思い、軋む心から目を背けるようにして、ライラは顔を上げた。



「……とりあえず、今は晩餐会に向けて準備を進めましょう」



ライラは努めて、明るい声を吐いた。

その声は、どこか嘘っぽかった。

察したのか、アルサファが顔をしかめた。



「……ですが、ライラ様」


「……晩餐会が終わってから考えてもいいじゃない? 今は気分を変えたいです。……もし良かったら、アルサファさんも手伝ってくれませんか」


「……分かりました」



アルサファが顔をしかめたまま、頷いた。

それを見て、ライラはぱっとアルサファの手を取った。

手を繋いで、館の外へ駆けて行く。

ふたりの姿を見て、幾人かの使用人が付いてきた。


ライラは付いてきた使用人たちひとりひとりに声をかけ、それぞれにお金を渡していった。

もちろん、こっそりと「お金に困らない力」を使って。

「このお金で人をたくさん雇ってくれませんか」とライラは頭を下げた。



「仕事のなさそうな人を優先に、声をかけてください」


「なにをさせるのですか?」


「花を飾る道と、その周辺。裏通りまで綺麗にしたいのです」


「裏通りまで??」



使用人たちが首を傾げた。

ライラは頷き、屋敷の庭を指差した。

ライラの屋敷の前庭は、とても丁寧に整えられ、綺麗に維持されていた。

その美しさは、ファロウの貴族たちの屋敷より数段上のものだった。



「清潔を維持することを意識させる機会は、増やしていかなければなりません」


「老人病対策ですか」


「それもありますし、やっぱり、綺麗な街は気分が良いでしょう?」


「それはその通りです。ランファ様」



使用人たちの表情が明るくなった。

使用人たちにとって、ファロウで最も美しい屋敷で勤めていることは誇りであるようだった。

そうした誇りがファロウ全体に広がっていけば、二度と老人病など流行らないだろう。


ライラはアルサファと使用人たちを引き連れ、街へ向かった。

その間も、心の内に広がる軋みが、酷くなっていった。


擦り減っている。

ファロウに着いてから。いや、その前から、少しずつ。

心が擦り減りつづけている。

歪んで、噛み合わず、軋んでいる。



(……大丈夫、だいじょうぶ)



明るい表情の使用人たちを見て、再び軋む心から目を背けた。

まだ、まだまだ大丈夫と、思い込んで。

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