最強の大魔法、ヘイリグラウスの血涙
「これは、ヘイリグラウスの血涙といいます」
「……ヘイリグラウス?」
「目を合わせただけで相手を殺すことができると云われている大魔獣の名です」
「……そ、そんな、魔獣が」
「つまりこれは、対象は必殺する魔法道具というわけです」
「……ひ、必殺……?」
ライラは声を裏返した。
後ろに控えていたアルサファも、息を震わせた。
その恐怖を加速させるように、ソウカンがニヤリと笑った。
「ライラ様が断れば、この場で、今すぐ、ブラム様かアルサファ様、どちらかを殺します」
「こ、殺……え、え!?」
「ですから、ライラ様には間違えないでいただきたい」
「……じょ、冗談でしょう」
「はは。冗談ではありません」
「そ、そんなこと」
「はは。さて、これ以上の問答は不要です。ライラ様。私は今この瞬間に全てをかけている。二度と訪れないこの好機に、我が人生と我が一族のすべてを」
「……く、狂っていると、思わないのですか」
「思います。だが、それは些細なことです」
そう答えたソウカンが、ヘイリグラウスの血涙に指を乗せた。
すると紅い宝石に光が宿った。
紅い光が蠢き、ライラたちのほうへ揺れながら伸びた。
「突然で申し訳ないが、もう、決断していただきたい」
ソウカンが短く、冷たく言い放った。
思考する暇すら、与えはしない。
そう言いたいようだった。
まさかこれほどの急展開があるとは。
ライラはこの場にいることをひどく後悔した。
「ライラ」
後ろから、ブラムの声を届いた。
「ビビんじゃねえ」
「……ブ、ブラム」
「こんなクソ野郎。手を組む価値なんざねえ。こっちの手が腐っちまうぜ」
「そうです。ライラ様。迷うことなく、その男の手をはらってください」
ブラムにつづいて、アルサファが言った。
ブラムはともかく、アルサファも迷いのない声だった。
死を前にして、恐れの欠片までも踏み砕いたのか。
しかしそれが、ライラをさらに恐れさせた。
本当に、ふたりのうちどちらかが、死ぬかもしれない。
その未来が、瞼の裏に鮮明に映った。
「……死ぬかもしれないのですよ」
「だからなんだ」
「だから! 死ぬかもしれないって言ってるの!」
「だからって、こいつの言いなりになるのかよ」
ブラムが、ソウカンに向かって指を差した。
その指の先で、ソウカンがにやりと笑った。
勝ちを確信した、余裕のある表情だった。
「……ソウカン様、本当に……」
ライラの口から、か細い声が漏れた。
その言葉を祓うように、ソウカンが目を細めた。
問答は要らないと言わんばかりに、長く息を吐きだされた。
すると、ヘイリグラウスの血涙が紅く光った。
その光が、ブラムのほうへ伸びた気がした。
「ま、ま! 待ってください!!」
ライラは慌てて、ブラムの前に立った。
ヘイリグラウスの血涙から伸びた光が、ライラの胸を照らした。
「……の、望まれるように、します!」
「おい!! ライラ!!」
「ソウカン様が、望むようにしてください。そ、それでいいでしょう??」
ブラムの怒号を遮り、ライラは声を捻りだした。
その声を拾い上げたソウカンが、満面の笑みを浮かべた。
人ではない。
魔物のような顔だった。
ソウカンの笑顔の下、ライラは膝を震わせた。
やがて心の底から震え上がり、屈するのだった。




