野望の炎
「私の望みは、ファロウ程度ではありません」
「まさか、ウォーレン第一位の大貴族になるおつもりですか」
「はは。まさかまさか」
ソウカンが首を横に振った。
さすがにそれはないかと、ライラはホッとした。
ソウカンが、ウォーレンを統べるほどの貴族になるなどと。
想像するだけで恐ろしい。
「私は、エルオーランドを統べる王になりたいのです」
ホッとしていたライラの頭上に、ソウカンの声がガラリと落ちた。
何を言ったのだろう。
この男は。
エルオーランドの、王?
驚き、目を見開くライラの視界。
一瞬、黒く染まった気がした。
暗闇の中。ソウカンの言葉だけズシリと落ちていた。
その言葉のひびき以外、なにもかも見えなくなった気がした。
「……エルオーランドの……?」
「そうです」
瞳の奥をぎらつかせたソウカンが、はっきりと答えた。
エルオーランドは、ウォーレンやユフベロニアなど九つの地方を含んだ、国だ。
神々に祝福された大地とも呼ばれている。
そのため、外国人からも特別な扱いを受けていた。
その祝福の大地エルオーランドに、ソウカンが君臨するというのか。
あまりに壮大で、途方もないことだと、ライラは思った。
「夢物語ではありません」
ライラの心を読んだように、ソウカンが言った。
「聖女となったライラ様を、このソウカンが担ぐ。それで必ず叶います」
「……そんなはず、は」
ない。と、言えるだろうか。
ファロウにおいて、ライラは一瞬のうちに聖女としてもてはやされるようになった。
それはクナド商会というより、ソウカンの力が大きく影響してのことだった。
そのソウカンの力をもってすれば、ウォーレン中にライラの名声を拡げることなど容易いことではないか。
しかも今、エルオーランドは人間と魔族による戦の火がくすぶっている。
その火をソウカンが突けば、一瞬で燃え広がり、エルオーランドの隅から隅までライラの名を轟かせられるのではないか。
想像するだけで、寒気がした。
みぞおちだけでなく、内臓すべてが潰れていくような感覚。
息をすることすら辛い。
ライラは平静を装うことが難しくなり、唇の端をゆがめた。
「……とんでもないことだと、思わないのですか」
「思いません。私には、事を為す計画と、人脈がありますので」
「……エ、エルオーランドをまとめているクローニルが許すと思うのですか」
「はは。そんなものはどうとでもなります」
「そ、そんなもの……って」
「人間と魔族の戦争。それは三百年もつづいている。なのにクローニルは、未だに解決できないのです。そんな奴らに、この私が負けるはずがない」
ソウカンが嘲笑うように言った。
たしかにそうかもしれないと、ライラも思った。
いや、そう思うのはライラだけではないだろう。
エルオーランドに住むすべての人が、辟易していた。
人と魔族の戦いは三百年もつづいている。
なのになぜ、未だくすぶりつづけているのか。
いい加減終わりになってくれないか。
誰もが、そう思っているはずだった。
それなのに、戦いはあちらこちらで起こっている。
終わりそうで、終わらないでいる。
「その戦火を、私と、ライラ様の力で消し去るのです」
ソウカンが力強く言い放った。
そうすることが必ずできると、確信しているようだった。
たしかに、ライラとソウカンの名の下、この戦争を止められたなら。
多くの人々はクローニルより、ふたりへ目を向けるだろう。
ソウカンこそ真の王とし、ライラを真の聖女として讃えるかもしれない。
(……だけど)
そう上手くいくだろうかと、ライラは訝しんだ。
誰もが辟易としているとはいえ、三百年も戦いがつづいているのである。
ソウカンの一代だけで、すべてを治められるだろうか。
「無論、人の身のままでは難しいでしょう」
ライラの考えを読んだソウカンが言った。
「人の一生は短い。魔族ほどの長寿がなければ、成し遂げられないこともあるでしょう」
野心に満ちた目が、ライラと、ブラムに向けられた。
ぞくりと、冷たい汗がライラの背に流れた。
人体実験でもされるのではないか。
そんな悍ましい想像が、ライラの脳裏をよぎった。
しかしソウカンが首を横に振った。
「はは。しかしまあ、不老のような長寿など、儚い夢を望んではいません」
「……そ、そう、なのですか」
「出来ないこともある。それくらいは分かっています。これまで各地で、魔族の協力者がいたのです。しかし魔法こそ使えても、長寿の力を得た者はいなかった。私も例外ではないでしょう」
ソウカンが唇の端を持ちあげた。
ライラは苦笑いして、唾を飲み込んだ。
目の前の男の野望と、内に抱える想いを、理解できる気がしなかった。
ただただ、歪で、触れてはならないものだと思った。




