明かされる
「それらは些細なことです」
ソウカンが笑いながら、卓上に置かれていた緑色の宝石に触れた。
宝石が数度瞬いた。
その瞬きが魔法によるものだと、ライラは察した。
「この部屋が外から遮断されたようです」と、アルサファがライラに耳打ちした。
「ランファ様、私はあなたに会えた幸運をなにひとつ取りこぼしたくはない」
「……幸運、ですか。私は、普通の人間です。特別なことなんてありませんよ」
「はは。ランファ様。今この場での発言は、絶対に外へは漏れません」
ソウカンが緑色の宝石を指差した。
魔法の力で、外から遮断された応接室。
隠し事などせず、本音で話そうということか。
「……ソウカン様は、どこまで知っているのですか」
ライラは目を細め、ソウカンを見据えた。
ソウカンの口から、なにが吐き出されるか。
最悪を覚悟した。
するとソウカンが微笑んだ。
「少なくとも、三百五十年生きていることは知っております」
さらりと、ソウカンが言った。
しかしライラを魔族と決めつけ、蔑む様ではなかった。
むしろ、些細なことと言わんばかりだ。
「他のことも……?」
「もちろんです。そちらの彼、ブラム様はメノス村からずっと一緒にいるそうですな」
ソウカンの目が、ライラの後ろの、ブラムへ向いた。
ライラは振り返らなかったが、ブラムの表情が容易に想像できた。
澄ました顔から一変、ソウカンを睨みつけていることだろう。
それゆえか、ソウカンがほんの少し眉根を寄せた。
ライラはしばらく、口を閉ざした。
何を言えばいいのか、なにひとつ思い付けなくなっていた。
しかしソウカンがライラに考える暇を与えることはなかった。
「彼は、魔族でしょう」
ぽつりと、ソウカンの重い声が落ちた。
ライラはドキリとして、ソウカンを見た。
ソウカンは、ライラを見ていなかった。
目を伏せ、卓上の宝石を覗いていた。
ソウカンの指が、卓上の黒い宝石へ伸びていった。
黒い宝石は、応接室に入ってから今まで、ずっと瞬いていた。
その瞬きが、ソウカンの指に合わせて、揺れた。
しばらく揺れると、宝石の光が安定してゆっくりと動き、一方を差した。
光が射した先は、ブラムだった。
瞬間。
ライラはみぞおちのあたりが、ぎゅっと絞られた気がした。
(……どうして?)
ライラは息苦しくなりながら、思考を巡らせた。
どうして。
ソウカンはどうして、ブラムのことだけ、魔族と言ったのだろう。
三百年以上生きているライラについては、些細なことの様だったのに。
ライラは人間で、ブラムは魔族だと、分けてしまいたいのか。
分けるべき何かが、あるのだろうか。
ライラはみぞおちのあたりが気持ち悪くなり、吐き気を覚えた。
しかしソウカンは、ライラの思いなど気にせず、小さく笑った。
「やはり、魔族でしたか」
「……そうだとしたら、どうなのですか」
「交渉に使います」
「……私のことも?」
「はは、無論です」
「交渉というより、脅しではないですか」
「言葉と重みが違うだけで、それらは同じものです」
「……その同じもので、どうするのです?」
「こうしたいと、考えています」
警戒するライラを前に、ソウカンが懐から一枚の紙を取りだした。
それは、日報綴だった。
日付は今日。最新の日報綴であるらしい。
ソウカンはその日報綴をライラの前に置いて、広げた。
「本日も、ランファ様のことが書かれています」
ソウカンの指先。
ランファの記事が載っていた。
その記事はいつも通り、ランファを讃えることばかりだった。
「見てのとおりです。ランファ様を聖女のように祀り上げる。それは成功しています」
「……そのようですね」
クナド商会だけでなく、ソウカンもまた、ランファの名声を利用している。
どちらも、己が地位を確立するために。
ランファを聖別することは、両陣営をさらに高みへ登らせる。
ソウカンはランファの名の上で、今やファロウ一の大貴族となっていた。
「……もう十分、ソウカン様は高みへ登られたでしょう。今更私を脅さなくても」
「高みとは?」
「もう、ファロウではソウカン様に肩を並べられる者はいません」
「はは。そのようですな」
ソウカンが笑った。
しかし目が笑っていなかった。
満足していないと、目の奥底がぎらついていた。




