リュファの瞳
ソウカンの屋敷へは、ブラムとアルサファが同行した。
アルサファが同席したほうが話も早いだろうと、ブラムが提案したのだ。
たしかにそうかもと、ライラはアルサファの同行を認めた。
いや、それだけではないか。
どことなくリザに似ているアルサファは、傍にいるだけでライラの心を落ち着かせてくれる。
ソウカンと会うこの時、アルサファの存在はライラにとって大きなものだった。
「お待ちしておりました」
屋敷へ着くや、ソウカンの使用人がライラを出迎えた。
ライラはその迎えを受けて、館の中へ入った。
もちろん、事前に面会の約束などしていなかった。
なのに出迎えがあったということは、ランプの魔法が本物だという証だ。
「まるでご実家のようですね」
アルサファはソウカンの館を見回しながら言った。
「実家? 誰のですか?」
「ライラ様の、ということです。揃えられている調度品がよく似ています」
「あ……ああ、うん、そう、ですね」
ライラは苦笑いし、頷いた。
ソウカンの館は、以前訪れた時よりもライラの邸宅に雰囲気が似ていた。
あの時は異様と思いつつも、居心地の良さを感じる余裕があった。
今は違う。
ただただ異常で、不快感が心に満ちていた。
「よく来てくださいましたな」
応接室に通されたライラたちを、ソウカンの笑顔が迎えた。
ソウカンの笑顔に、曇りはなかった。
むしろ今まで以上に晴れやかで、瞳から光が溢れているようだった。
ブラムとアルサファが顔をしかめても、ソウカンの態度に変わりはなかった。
ライラに近寄ってきたソウカンは、躊躇いなくライラの手を取り、歯を見せて笑った。
「ソウカン様、お話があります」
手を握ってくるソウカンに、ライラは声を通した。
我ながら冷ややかな声だと、ライラは驚いた。
自分で思っている以上に、自らの胸に怒りが溢れているのだと、今更ながら気が付いた。
「存じておりますよ、ランファ様」
「そうでしたか」
「そちらのアルサファ様のことも、よく存じております」
「ということは……前置きは要りませんね」
「これから貴族となるのですから、そうはいきません。……と言いたいところですが、はは。まあ、今日は良いでしょう。私もそういったことは好きではありませんのでな」
ソウカンが笑顔で頷き、ライラに着席するよう促した。
ライラは促されるまま、席に着いた。
そのすぐ後ろに、ブラムとアルサファが付いた。
ふたりともソウカンをじっと見据え、何があっても対処してみせると言わんばかりの気迫を吐いていた。
ソウカンとライラの間に、卓があった。
卓には、赤と、緑と、黒の、三つの宝石が置かれていた。
そのうちの黒い宝石だけが小さく瞬いていた。
ライラは妙に思いはしたが、気持ちを切り替え、ソウカンの目を見た。
「ソウカン様。単刀直入にお伺いしますが」
「なんなりと」
「私の邸宅にある、魔法のランプのことをご存じですか」
「ほう、魔法のランプ!」
ソウカンが驚くような仕草をした。
しかしすぐにライラとブラムを見て、小さく笑った。
「はは。あれは『リュファの瞳』というものです」
さらりと、ソウカンが答えた。
隠しも誤魔化しもするつもりはないらしい。
あまりに堂々としているので、ライラはかえって怖気づいた。
「……リュファの、瞳?」
「そうです。魔法の効果については、すでに知っているようですな」
「……言い訳は、しないのですか」
「しません。しかし、そうですな、謝罪はしましょう。ランファ様には悪いことをした。そう思っています」
「私の家の中を、魔法で覗いていたと、認めるのですね?」
「認めましょう。許されないことをした」
そう言ったソウカンが、深く頭を下げた。
その謝罪の姿も、堂々としたものだった。
形だけの謝罪だと分かっていても、有無を言わせない重みが、ソウカンから発せられていた。
「許されないと分かっていて、実行したのですか? リイシェン様も、このことを知っているのですか?」
「分かっているし、リイシェンも知っています」
「……いったいどうして、ですか」
「どうして、とは?」
「どうしてここまでしたのですか、ということです。ソウカン様なら、ここまでしなくても目的を果たせたでしょう? ソウカン様の指先ひとつ動かすだけで、私と、クナド商会の野望なんて押し潰せたはずです」
言いながら、押し潰される自らの姿を想像をした。
簡単なことだったはずだ。
ソウカンと顔を合わせ、改めてそう実感した。
ところがソウカンは、眉ひとつ動かさず、小さく笑った。




