リザの契約
指が差す。
いくつもの指が、いくつもの方へ。
私とあなたの目が、指の先を追う。
追った先で、出会えても。
出会えなくても。
リザの夢を見た。
アルサファに出会ったからだと、ライラは思った。
とはいえ、寂しさが埋まったわけではない。
むしろ、今はもういないリザに会いたいという想いが強くなっていた。
「ライラ様」
食堂へ向かう途中。
声が、ライラの背に触れた。
「おはようございます、ライラ様」
「おはよう、アルサファさん」
振り返った先に、アルサファがいた。
昨日はそのままライラの新屋敷に泊まっていったのだ。
リザに似たアルサファと連日会うのは、妙な気分だった。
しかもライラの屋敷で、偽名ではなく「ライラ」と呼んでくれる。
嬉しいような。寂しいような。
複雑な想いがライラの胸の底に揺れた。
「アルサファとお呼びください」
「そう呼びましたよ」
「『さん』は不要です、ライラ様」
「あなたも、私の使用人ではないのですよ。様は不要です」
「そうは参りません。これは契約ですので」
そう答えたアルサファが、ライラに向かって膝を突いた。
ライラは慌ててアルサファへ駆け寄り、アルサファの手を引き上げた。
しかしアルサファは立ち上がろうとはせず、かえって深く頭を下げた。
「昨夜伝えました通り。私は契約の魔法を受けています」
「……そうでしたね。ですけどそれは、私のことを他言しない、という契約なのでは?」
「それもあります。しかしそれだけではありません」
「他にも?」
「他に、ふたつ。その契約をすることで、我が家は存続しているのです」
アルサファが頭を上げた。
ライラはもう一度アルサファの手を引き、起きあがらせた。
今度は抵抗することなく、アルサファが起きあがってくれた。
食堂へ向かいながら、アルサファは契約のことを話した。
契約は、主に三つあった。
ライラの事を他言してはならない。
ライラに対し、忠誠でなければならない。
私欲による散財をしてはならない。
ずいぶん厳しいなと、ライラは思った。
特に三つ目は、ライラには真似できないことだ。
「こんなに面倒な契約と分かって、アルサファは契約魔法を受けたのですか??」
ライラは首を傾げ、アルサファの顔を覗いた。
自分なら絶対に受けたくない契約だった。
しかしアルサファは表情を変えず、頷いた。
「リザの子孫は、皆喜んで契約を受けましたよ」
「えええ……? どうして……??」
「ライラ様が残した莫大な財産を受け継ぐことができるからです」
そう言ったアルサファが、首にかけられたペンダントを見せてくれた。
ペンダントには宝石が填められていた。
契約の魔法が込められた宝石なのだと、アルサファが答えた。
「正直なところ、もう会う可能性がないライラ様のことが契約に含まれていても、大きな束縛はありません。散財についても、さほど厳しいことではありませんよ」
「そ、そうでしょうか」
「そうです。ですから私の祖母も母も喜んで契約を受けました。私も同じです」
「……えっと、女性が財産を受け継いでいるのですか?」
「ええ。リザの遺言で。実直な女性だけが、契約を受ける資格があるのです」
「……リザがそんなことを」
ずいぶん変わった遺言だ。
しかし、リザなら言いそうだとも思った。
「でも、今までは会う可能性がない相手だったでしょうけど、アルサファは大変なことになりましたね」
「どうしてですか?」
「だって、私と初めて会ったのに、無理やり忠誠を誓わなければならない気持ちになったのでしょう?」
「そんなことはありません」
「どうして言い切れるのです?」
「私は元々、祖母から聞かされていたライラ様に興味がありました。いつかはお会いしたいと思っていました。このようなことがあって、こうして会うことになったのは複雑な想いですが」
アルサファが小さく頭を下げた。
そうして再び膝を突こうとした。
ライラは慌ててアルサファの腕を掴み、膝を突かないよう止めた。
「そ、それならいいのですが」
「ええ。なにもお気遣いはいりません、ライラ様」
「……なんだか時間が巻き戻ったみたいだなあ」
「ふふ、リザに似ていますか? でしたら、使用人の服を着ましょうか」
「混乱しちゃうからやめてえ!」
ライラは悲鳴をあげ、アルサファの腕を握る。
アルサファがほんの少し驚いた顔を見せた。
その驚いた顔も、小さく笑った顔も、似ているかもしれないなと想うのだった。




