目
「……もしかして、クナド商会ですか」
ブラムが戻ってきた後、ライラは小声をこぼした。
しかし、アルサファは首を横に振った。
「じゃあ……クナド商会の周りの商人さん?」
「いいえ、違います」
「もしかしてカウナ……は、違いそうですね」
「マーウライがそんなことするはずがねえな。誰にもお前のことを詮索しねえようにさせてたんだ」
ブラムが片眉を上げて言った。
確かにそうだとライラは頷く。
カウナのマーウライは、ライラの特殊性を隠してくれていた。
少なくとも、マーウライが生きているうちは余計な心配をする必要はないだろう。
ならば、それ以前のどこかの街だろうか?
「……それなら、アイゼでしょうか」
カウナの前は、アイゼの街にいた。
アイゼとカウナの間に、いくつかの村に立ち寄ったこともあるが、恐らく問題ないだろう。
むしろライラのことを聖女だのなんだのと崇めていたくらいだ。
ところがアルサファは、カウナでもアイゼでもないと答えた。
じっとライラの目を見て、ほんの少し、息をこぼした。
「ライラ様。メノス村を訪ねてきたのは、ファロウの者です」
「……ファ、ファロウの……??」
「そうです。自分たちは幾人かの人の手を借り、ファロウの者がライラ様を調べているのだと知りました」
アルサファがそう言った直後、ライラはブラムに視線を移した。
ブラムもまた、焦りの色を瞳に滲ませていた。
ファロウの誰かが、ライラのことを探っている。
となればもう、この街に留まることはできない。
今すぐに逃げ出さなければ、面倒なことになるだろう。
「ですが、ライラ様。今すぐ逃げることはしないほうがいいと思います」
ライラの心を見透かしたように、アルサファが言った。
ライラは目を見開き、アルサファに首を傾げてみせた。
「ど、どうしてですか」
「相手が悪いということです」
「相手が……悪い?」
「そうです。ライラ様のことを探っている者は、ファロウで最も面倒な人間です」
「……面倒な相手だから、逃げないほうがいい?」
「いいえ。逃げるなら、慎重に逃げる必要があるということです」
アルサファはそこまで言うと、応接室の隅に目を送った。
応接室には、いくつものランプが置かれていた。
ランプを集めるのは、今でもつづいているライラの趣味のひとつだった。
その趣味をファロウの多くの者が知っていた。
ライラへの贈り物に、ランプを選ぶ者までいるほどだ。
アルサファの視線。
応接室にあるいくつかのランプの中の、ひときわ美しいランプへ向けられていた。
「あの、ランプ」
睨むように、アルサファが言った。
ライラは首を傾げ、アルサファの視線と同じ方へ目を向けた。
「あのランプがどうかしましたか」
「とても綺麗なランプですね」
「え? え、ええ。私が買ったものではありませんけどね」
「そのようですね。目が、付いていますから」
「……目?」
ライラは眉根を寄せ、立ち上がった。
そうしてアルサファが見つめるランプの前へ向かった。
その美しいランプは、リイシェンが贈ってくれたものだった。
美しい装飾だけでなく、光の高さも丁度良いので気に入っていた。
しかし、アルサファの言う「目」などは、どこにも描かれていなかった。




