三百五十年、護られてきた
「……だけど、あなたたち子孫に私のことを伝えているからって……たった二度会っただけで私がライラだと分かるはずが……」
「分かります」
「……どうしてです?」
「ライラ様のことを他言できないからです」
「……え?」
ライラは首を傾げた。
アルサファがなにを言っているのか、理解ができなかった。
ところがすぐ、ライラの後ろで咳払いがひびいた。
振り返ると、呆れ顔のブラムがライラを見下ろしていた。
「まあ、馬鹿ライラだからよ。分かんねえよな」
「はい?」
「アルサファはよ。これまで、ライラかもしれねえ奴に、ライラのことを話そうと何度か試みてきたってこった」
「でも、それは契約魔法で話せませんよね」
「そりゃそうさ。だが、本人には話せるだろうがよ。他言できねえだけだからな」
そう言ったブラムが、ライラとアルサファを指差した。
間を置いて、ライラはなるほどと納得した。
アルサファは、ランファがライラだと確信して、ここへ来たわけではないのだ。
これまで、ライラかもしれない者に片っ端から声をかけてきたのだろう。
そうして今ようやく、ライラのことを話せる本人と出会ったのだ。
「そ、そこまでして、私に会いに……?」
あまりに手間がかかることをしてきたアルサファに、ライラは思わず呆れ顔を見せた。
まったくの無駄骨となる可能性もあるからだ。
しかしアルサファは首を横に振った。
「どうしても、ライラ様に会う必要がありました」
「……私に、ですか?」
メノス村に、なにか忘れ物でもしただろうか?
ライラはなんとなく、メノス村の自分の邸宅を思い浮かべた。
この世界に来て、最初の贅沢生活をしたあの場所。
三百五十年経っていても、鮮明に思い出せる。
「……忘れ物、ではありませんよ」
「あ、やっぱりそうですよね」
「ここまで来たのは、ライラ様にどうしてもお知らせしなければならないことがあったからです」
「……知らせること、ですか? メノス村から?」
「はい」
アルサファが頷き、小さく息を飲んだ。
釣られて、ライラも息を飲む。
わずかな間を置いて、アルサファが声を落とした。
「……メノス村に、ライラ様のことを尋ねに来た者がいました」
小さく落ちた声。
ゴトリと、大きな音をたてた気がした。
メノス村に?
ライラのことを?
今――?
「……どうして、私のことを」
「分かりません。ですが、ライラ様のことを調べに来た者は、メノス村と、テロアの街を徹底的に調べて回ったようです」
「アルサファも……なにか聞かれたの?」
「聞かれました。ですが自分たちは、契約の魔法があるために何も話してはいません」
力強く、アルサファが言う。
その言葉が、再びリザの姿に重なった。
淡々と、しかし密接に尽くしてくれたリザ。
時を越えても助けてくれたのだと、ライラは目頭が熱くなった。
「……そ、それで……その、私のことを調べて回っていた人は、どこの誰なのです?」
気を取り直し、尋ねる。
アルサファの目が、微かに細くなった。
「お答えする前に、ライラ様には少し、覚悟してもらう必要があります」
「……どういうことでしょうか」
「おそらく、動揺されるかと」
「……身近な人なのですか」
ライラは、ぐるりと辺りを見回した。
応接室には、ライラとブラム、そしてアルサファしかいない。
念のため、ブラムに応接室の外を見てもらった。
使用人がひとり応接室の外で待機していたので、離れてもらうことにした。




