突然の訪問者
「……今日は、他のお客様がいましたか?」
ライラは館へ近付く影を見て、首を傾げた。
するとブラムも窓へ寄り、ライラが指差す影を覗いた。
「……いや、いねえはずだがよ」
「じゃあ、あれは……うちの使用人ですか?」
「そうは見えねえな。かといって、不審者でもねえ。あんなに堂々と歩いてくりゃあよ?」
「そう、ですよね?」
ライラはさらに首を傾げた。
館へ近付く人影は、歩みをさらに進めていた。
ブラムの言う通り、不審者ではない気がした。
フードを目深に被っているが、どことなく品のある足取りだったからだ。
とはいえ、警戒しないわけにはいかない。
ライラが言うより先に、ブラムが男の使用人たちを集めた。
使用人たちは、ライラの周りと、玄関の前に固められた。
「ずいぶん物々しいねえ」
ペノがヘラリと笑いながら言った。
「そんなに警戒する相手かい?」
「警戒しないわけないですよ」
「そうかなあ? ボクはずいぶん素敵なお客さんだと思うけどね」
「……素敵な?」
ライラは眉根を寄せ、窓の外を見た。
館を向かってくる人影は、玄関前まで迫っていた。
素敵かどうか、ライラには見定められなかった。
しかしやはり、不審者とは思えなかった。
そもそも、ライラの屋敷を取り囲む白い壁には、立派な門があるのだ。
門には当然、門衛がいる。
その門衛が通行を許したのだから、少なくとも身元がはっきりしている人間のはずだった。
「……あれ?」
ライラはハッとして、玄関へ駆けた。
ライラを囲む使用人たちも、慌ててライラに付き従った。
「ああん? どうしたんだ、ライラ」
「あの人は、アルサファさんです」
「……アルサファ? テロアの……アレか?」
「そうです。でも……どうしたのでしょう? こんな時間に……?」
ライラは首を傾げたまま、玄関の前に立った。
同時に、玄関が四度、外から叩かれた。
その叩く音も、どこか品があり、静かにひびいた。
「開けてください」
ライラは使用人たちに声をかけた。
使用人たちは未だ戸惑っていたが、ライラに頷いて、玄関の扉を開けた。
扉の外。
フードを目深に被っている、若い女がいた。
「アルサファさん」
ライラが声を投げかける。
アルサファが顔を上げた。
フードの内から、アルサファの瞳が覗き見えた。
「突然の訪問、大変申し訳ありません」
「いいえ。突然と分かっていていらっしゃったのですから、理由がおありなのでしょう?」
「……はい。宜しければ、少しばかりお時間を」
「構いません。どうぞ入ってください」
ライラは奥の応接室を指して、アルサファを招いた。
フードの内から見えるアルサファの瞳が、数瞬揺れた。
警戒しているのだろうか。
そう思ったが、どうも違うようだった。
アルサファの瞳は、なにかを探しているようにも見えた。
「回りくどいことは得意ではありません」
使用人の用意させた茶菓子をアルサファにすすめ、ライラは口を開いた。
アルサファもまた、ライラと同じ思いであったらしく、深く頷いた。
「自分も、長くお邪魔するつもりはありません」
「では、用件を伺っても」
「はい、ランファ様」
アルサファが丁寧に頭を下げた。
ところが、ライラはほんの少し違和感を覚えた。
アルサファの言葉が、どことなくぎこちないのだ。
心の内になにかを隠して、ライラと向かい合っているようだった。




