父の代わり
ソウカンは、待っていたようだった。
ライラが面会を求めると、早々に屋敷の扉を開いてくれた。
「招待状のことですかな」
ライラがなにを言わずとも、ソウカンは微笑むようにして言った。
ライラは小さく頷き、かすかに俯いてみせた。
「私は貴族ではありません」
「もちろん知っています」
ソウカンが頷いた。
しかしライラを拒絶したようではない。
むしろライラに同情しているような表情を見せた。
「ファロウの民は、ランファ様を貴族にしたいのだ」
「分かります」
「ランファ様の思いはともかく、ランファ様の周りがそれを望んだ。もうこの流れは覆らないでしょう」
「私が断ればどうなりますか」
「今断っても、ただの謙遜としか思われますまい。そうでなかったとしても、そう思わせるように、周りが演出するでしょう」
ソウカンが小さく笑った。
ランファのための演出に、自らも一枚噛んでいると言いたげだ。
その表情を見て、ライラは心の内の焦りが消えていくのを感じた。
安堵したわけではない。
ただ、諦めに似た思いが、心に満ちた。
「とにかく、晩餐会が不安なのは分かります。この晩餐会はファロウの貴族だけではない、ファロウ周辺の街の貴族たちも招かれていますからな」
「そ、そうなのですか??」
「ええ。ですから私も、初めての晩餐会は不安で不安で仕方なかった。三日前から真面に眠れなかったほどです」
「ソウカン様が……? まさか」
「はは。私も所詮、ただの人というわけです。しかしあの時は、私の父が私の手を握り、安心させてくれました」
「……私にも……安心させてくれる父がいればいいのですが」
「はは。なるほど」
そう言ったソウカンが、ライラに半歩寄った。
ライラは妙な威圧感を覚えたが、ぐっと堪えた。
「ならば私が代わりとなりましょう。ランファ様がなにひとつ困らないよう、すべてお膳立てして差し上げます」
「まさか。そこまでしていただかなくても」
「いえ、そうさせてください。今後もランファ様と良い関係でありつづけるために」
「十分、未来の分まで前倒して、良くしていただいていますよ」
「はは。それは嬉しい。ならばさらに前倒しておきましょうかな」
ソウカンが流れるように言葉を並べた。
まるでこうなると分かっていて、準備をしていたようだった。
いや。
実際そうなのか。
ライラの後ろ盾となりつづけたのは、この時のためでもあっただろう。
(……ソウカン様と、クナド商会の間で、踊らされてるだけなんだなあ、私)
ソウカンを前にして笑顔を見せつつも、ライラは心の奥底で深くため息を吐いた。
老人病を終わらせるため、利用してきたソウカンとクナド商会。
事ここに至って、互いに利用し合ってきたのだと改めて実感してしまう。
そして彼らの思考は今や、ライラの浅い考えよりもさらに深く、広く、蠢いているだろう。
『ソウカンの手の内から逃げておいたほうがいい』
あの日、ペノが言った言葉をライラは思い出した。
たしかにそうだったと、改めて思う。
しかし、もう遅い。
あとは、もう。
流されつづけるだけだ。
(……こんな状態で、ブラム、私を守れるの?)
ライラは、諦めの色を瞳にだけ落とし、振り返った。
共に来ていたブラムが、数歩離れて立っていた。
ライラが振り返ったのを見ると、ブラムは微かに目を細めた。
ブラムの瞳は、力強さに満ちている気がした。
大丈夫だ。
根拠もなく、そう言っている気がした。
「……では、ソウカン様。……お願いしてもよろしいですか」
ブラムの瞳に押され、ライラはソウカンに頭を下げた。
間を置いて、ソウカンが静かに頷いた。
こぶしを握って喜ぶのではないかと思ったが、粛々とライラの言葉を受けた。
「では当日。晩餐会が催される屋敷の前庭へいらしてください。共に会場へ向かいましょう」
「分かりました」
「なにひとつ心配はいりませんぞ」
「……心強いです」
ライラはもう一度頭を下げ、笑顔を見せた。
静かだったソウカンの笑顔も、少しだけ緩んだ。
その緩んだ表情も、妙な威圧感があるなと、ライラは思うのだった。




