抜け落ちる
ぺウランとレイニー、そしてアルサファとの会食から数十日。
ライラは依然として、様々な有力者との会食を重ねていた。
変化があるとすれば、街の外の有力者と会う回数が増えたことか。
面倒事がどんどん増えていくなと、ライラは辟易していた。
クナドの支店長は、当然現状を喜んでいた。
出資分を取り戻すほどの金が、集まってきているらしい。
「そりゃあ、まあ。お金のほとんどはライラが出してるもんね」
ペノが呆れ顔で囁いた。
たしかにそうかもと、ライラも同意した。
「でも最近は私もお金を使ってませんけどね」
「ファロウの貴族たちが出資を始めたからねえ」
「どうして急にみんな、お金を出し始めたのでしょう?」
「そりゃあ、そうだよ。ソウカンの下とはいえ、ライラやクナド商会、有象無象の商人たちが寄り集まってね、新区域なんか作っちゃって、影響力をどんどん強めてるんだから」
「勝手に街が大きくなって、やったーって、私なら思いますけどね」
「みんなね、能天気なライラとは違うんだ。予想以上にライラの人気が上がって、ようやく焦ってきたわけ。しかも新区域だけじゃなく、ファロウ中の下水工事とか美化活動までされちゃってるんだから。ライラの自腹でね。そんな太っ腹ライラを、街の貴族たちが黙って見てるわけにはいかないでしょ?」
「ソウカン様は気にしてなさそうですけど」
「ソウカンだけは別。当たり前でしょ。ライラの後ろ盾なんだから。ライラの人気はソウカンの人気でもあるわけ」
「みんな、アレコレ考えてるんですね」
「ふんわりとしか考えてないのはライラだけだよ?」
「そんなことないですけど」
「そう? たとえば?」
「え? ……えっと、うん、と……え、っと……」
「まあ、そういうことだよねえ」
ペノがさらに呆れ顔を見せた。
ライラは納得できなかったが、たしかにアレコレ考えているかと問われたら、答えは否だと思った。
自分のために、街の雰囲気が良くなればいいと思っていただけなのだ。
なにか問題が起きれば、何も考えずすぐ逃げようとすら思っている。
「ライラ」
眉根を寄せるライラの耳に、ブラムの声が届いた。
ブラムの声は、窓の外からだった。
見ると、ライラに向かって手招きしているブラムの姿があった。
「どうかしたの?」
ライラは外に出て、ブラムのところへ歩いていった。
手招きしていたブラムが、顔をしかめながら首を横に振った。
「招待状が届いたぞ」
「そうなの? 誰からですか?」
「貴族どもだ」
「貴族? 会食のつづきでしょうか?」
「んなわけねえだろ。こいつあ晩餐会の招待状だ。貴族だけのな」
「晩餐会なら……会食みたいなものではないですか」
「貴族だけのって言ったろ。馬鹿ライラ」
ブラムが大きくため息を吐いた。
ライラは馬鹿と罵ったブラムを叩いた後、小首を傾げた。
貴族だけの晩餐会。
それに呼ばれたということは?
(……私が貴族だと、認められたことになるの?)
そう脳裏に過ぎった瞬間、寒気が背筋を駆け抜けた。
望まない方向へ進みだしている気がした。
もちろん分かっていて、手を引かれて、ここまで来た。
しかし、自らの手では制御できない場所まで進んでしまったのではないか。
最悪、逃げることも出来なくなったのではないか。
ライラの手から、甘い目論見がずるりとこぼれて抜け落ちた感覚がした。
「……ソウカン様のところへ行きます」
「ソウカンの? なんでだよ」
「私ひとりでは、こんなこと抱えられません。出来ることなら、一歩引きたいです」
「そうも行かねえだろ。何度も言われて分かってるとは思うがよ。お前が似非貴族になるのはクナド商会が望んでるこった。ここでビビッてひっくり返しちゃあ、クナド商会がお前に手を貸した意味がなくなるんだぜ」
「べ、別にビビったわけじゃ……」
「ビビったんだろ」
「……ビビッてなんか」
「ああん?」
「…………ビビっちゃいました」
「分かってらあ」
肩を落としたライラに、ブラムの声が抜けた。
とんと、ライラの頭の上にブラムの手。
「心配すんな。なにがあっても俺が守ってやらあ。いつもそうしてきてやったろ」
「……ブラムを振り回しちゃって、申し訳ないです」
「馬鹿ライラ。お前が振り回さなかったことがあんのかよ」
「少しはありますよ。あと、馬鹿って言わないで!」
ライラは、自身の頭に乗ったブラムの手を握る。
振り払おうと思ったが、ブラムの手は動かなかった。
重くも、強くも感じなかったが、動かせなかった。




