アルサファ
(……リザ)
かすかに、目を細めた。
使者の女は、メノス村で別れたリザに似ていた。
もちろん、本人ではないとすぐ分かる。
三百年も前のことであるし、雰囲気も少し違っていた。
そうと分かっても、ライラは涙をこぼしそうになった。
ライラの様子を察したのか。
使者の女が首を傾げた。
ライラは咄嗟に笑顔を作り、女に向かって礼を返した。
「アルサファと申します」
使者の女が名乗った。
声も、どことなくリザに似ている気がした。
ぺウランとレイニーの商人たちも名乗ったが、ライラは耳に届かなかった。
アルサファばかり気になって、運ばれてくる料理にすら手を付けられなかった。
「……ランファ様」
見かねたブラムが、ライラに小声で話しかけてきた。
ライラはハッとして、ブラムに振り返る。
するとブラムの困り顔と鋭い目が、ライラに刺さった。
「……ランファ様、……おい、さすがに行儀が悪いぜ」
ブラムがさらに小さく囁いた。
ライラはドキリとして、前に向き直る。
アルサファと、商人たちの戸惑いが見て取れた。
さすがのライラもマズいと思い、適当な言い訳をして取り繕った。
ぺウランとレイニーの商人、そしてアルサファとの会食は、世間話で終始した。
ライラは世間話そのものに興味はなかった。
しかし商売の話よりはマシだと、商人たちの話に耳を傾けた。
それが功を奏したのか。
会食が終わったあとの商人たちは、ライラとの別れを惜しんだようだった。
「テロアの……アルサファは、たいして喋らなかったな」
ライラの邸宅に戻った後。
ブラムが上着を脱ぎ棄てながら首を傾げた。
「私が……見すぎたせいでしょうか?」
「そうかもしれねえな」
「あとでお詫びに行かないと」
「アルサファにだけ、特別に会うのかよ? クナドの支店長の奴がなにを言い出すか分からねえぜ?」
「そうでしょうか?」
「これまでの、ただの金持ちのお嬢様じゃなくなっちまったんだからよ。誰とどこで、何度会うかは気を付けねえといけねえだろうがよ」
「えええ……面倒臭いです」
「面倒臭えのは俺のほうだ。正直そろそろ別の街へ行きたいぜ」
「ボクも賛成!」
ライラの肩にいたペノが、ブラムに同意した。
意外だなと、ライラは思った。
いつもならライラが振り回されているのを見て、面白がっているからだ。
今はまさに、これまでにないほど周囲に振り回されている。
ペノなら、もっとやれと唆してくる、ライラはそう思っていた。
「ペノもこの街に飽きたのですか?」
「ううん? ただ最近は、ライラが力を使っていないのに、お金が流れこんできたりするじゃない?」
「良いことじゃないですか」
「ボクはね。ライラがお金を使って、定期的に失敗して、さらに散財するのを見たいんだよねえ」
「……はいはい、どうせ私は商売の才能がありませんよ」
「ま。この街では、過去最高額を使ったからね。結末がどうなるかは楽しみにしてるよ?」
「失敗する結末を、でしょう?」
「もちろん、そう!」
ペノが愉快そうに笑い、両耳をぴんと立てた。
ライラはペノの耳を思いきり掴み、長い廊下の先へ投げ捨てた。




