黄金の時
新区域の中央通り。
大群衆を招くように、巨大な門が建設されていた。
門には女神の像が据え付けられている。
それが自らを模した像だとライラが知ったのは、完成してから数か月経ってからだった。
「……いまさら外せませんよね、アレ」
巨大な門を潜り抜ける馬車の中、ライラはため息を吐いた。
支店長が「まさか」と声をあげ、首を横に振った。
「ファロウの象徴となる予定なのです。もう覆せません」
「こういうことするなら、先に言ってほしいのですが」
「先に言えばお断りになるでしょう?」
「それはそうですよ」
「ですから言わなかったわけです」
支店長が得意げに言う。
ライラはがくりと項垂れ、窓の外の、女神の像を横目に見た。
言われてみれば自分にそっくりだなと、ライラは思った。
そう思うほどに、背筋が寒くなる。
このままでは、平穏な生活がどんどん遠くなっていく。
「さて。そろそろ会食の場所です。この日のために、最高の屋敷を用意しました」
そう言った支店長が、窓の外を指差した。
純白の壁が取り囲む、広大な庭園。
庭園の中には、いくつもの塔と、美しい館が建てられていた。
馬車が庭園に入っていくと、澄んだ音が馬車の下の道から鳴りひびいた。
「これは……ロズの葉の音ですか」
「よくお分かりで。館に繋がる道の下に、ロズの葉を仕込んだ箱が埋められています」
「まるで別世界に来たかのようですね」
「その通り。この屋敷は、ランファ様のために造ったものでもあります。別邸としてお使いいただいて構いません」
「……冗談でしょう?」
「本当です。すでにランファ様のための使用人も大勢雇っております。クナド商会からの贈り物だと思って、どうかお受け取りください」
「……この分の見返りを私に求めていそうですね」
「それはそれ。今後も良き関係を築き、さらに上を目指すため。すべては計画通りです」
「……分かりました。じゃあ、今は喜んで受け取っておきますね」
「ありがとうございます、ランファ様」
支店長が深々と頭を下げた。
その支店長の頭の上に、ペノがぴょんと飛び乗った。
愉快そうに両耳を振り回している。
ライラは面倒に過ぎるという思いに満ちて、ペノを摘まみ上げ、座席の端へ放り投げた。
美しい庭園の、ロズの小道を抜けていく。
庭園を囲む壁同様に、館もまた真っ白な外壁であった。
館からは四つの塔が伸びていた。
まるで王宮のようだと思っていると、心を見透かしたかのように支店長が微笑んだ。
「この屋敷の建設は、ソウカン様の許しを得ています」
「……まあ、貴族さまが許さなければ、こんなもの建てられませんよね」
「おかげで民衆は、ランファ様のことを貴族の一員だと認めるでしょう」
「そうでしょうね」
「楽しくなってきたでしょう?」
「んー。全然楽しくないですねえ」
ライラは本音と共に、困り顔を支店長とガンカへ向けた。
苦笑いした二人が肩をすくめ、館の前で止まった馬車から下りた。
ライラも馬車から下りると、同時に馬から下りたブラムと目が合った。
ブラムは涼しげな表情だったが、瞳がやや虚ろだった。
ライラの思いと同じで、贅沢に過ぎるこの状況に辟易しているらしい。
とはいえライラとは違い、しっかりと平静を装っていた。
さすがは外面だけ良い男だと、ライラは眉をひそめてみせた。
館に入ると、ふたりの男と、ひとりの女がライラの前へやってきた。
男たちは、ぺウランとレイニーの商人だった。
商人たちがライラに恭しく礼をしたので、ライラも丁寧に礼を返した。
商人たちと共に現れた女は、テロアの有力者の使者だった。
使者の女もまた、ライラに向かって恭しく礼をした。
その姿に、ライラはほんの少し戸惑った。
どことなく、懐かしい姿だったからだ。




